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第三話 変な人と城上祭

14.容赦なさの実感

 容赦ないとはどういう事だと内心思っていた優美だけど、考えるまでもなくそれが何かすぐにわかった。
 ますます勢いを増すメール攻勢がそれだ。
 稼働率が鰻登りの携帯を握りしめて優美の悟ったことが一つだけあった。
 武正はメールを送っても放置されてるなどと言っていたが、絶対それは自業自得だ。
 怒濤のメール攻撃をされれば誰でも返答するのが嫌になる。少なくとも優美はそうだ。
 女の子はメールがとても好きなものだと言うけれど、優美に限ってはそうではない。二宮もそんなに好きなのではないだろう。
 だとすればきっと同じ結論に達したのだと思う。
 ――相原さんとなら、同じ勢いでメールしあえるんじゃないかしら。
 ふっと思い浮かんだのは一見良案のようだが、実のところ色々な問題がある。
 自分のファンである相原を武正は友人とは認めないだろうし、やたらと敵視している武正があこがれのコナカだなんて相原も認めたくないだろう。
 そこさえクリアできれば二人は同じくらいの勢いでばんばんメールをしあえるいい友人になれるのじゃないかと優美は思うのだけど、現実は厳しい。
「――あの人の方が勝ちそうだけど」
 優美はメールの受信履歴を見て考えを修正する。武正に比べて相原のメール件数は常識的だ。内容に言及すると、武正の方がやや常識度で勝る――気がするが。
「どっちもどっちだけど」
 その辺りを差し引いても合いそうな気がするのだが、いくらそう思ったって、現実として二人に接点がほとんどなく二人が何故か張り切ってメールを送ってくるのは優美なのだった。
 相原のコナカ情報メールと、その本人である武正の日常メールのギャップが面白いから楽しめることは優美にとって幸いだけど、そういう楽しみでもなければとっくに放置していたに違いない。
 どちらも返事に迷いながら、適当なことをちらほらと返すだけでどうやら満足してくれているようで、何故か優美に倍する量のメールをくれる。もう少しお互いペースダウンをしてくれればありがたいとは思う。
 だけど、理想と現実の間には越えられない壁があり、実際のところ二人のメール攻勢が止むことはない。



 数日後、いつもの会議室で渋い顔で優美が携帯を握りしめているのを見て、二宮が苦笑した。
「忠告にも負けず頑張るね、井下さん」
「負けずって……二宮さんが言ったのは気に入った相手には容赦ないからよろしく、だけだったと思いますけど」
 二宮は軽く目を見張って、頭を横に振った。
「違うよ、早く来る方。相原に見つかったら、ナカのメールよりもうるさいよ」
「そっちの方ですか」
「まあ、今日は都合がよかったけどね」
「はい?」
 意味不明の言葉に首を傾げる優美に、二宮はごく自然に近づいてきた。
「突然だけどさ、井下さん、今晩暇?」
「は? 何でですか?」
 他に誰もいないことがわかっているのに優美は思わず周囲を見回してしまった。早めに会議室にやってくるのは大体が優美か二宮だ。相原や戸田も時折早いが、一番早いのは優美になる。
 今日もそれは変わらないし、今のところ誰かが来る気配もない。
 二宮は優美から椅子一つ分離れた席にどかりと腰を下ろした。
「いや、ナカに焼き肉をおごってもらう約束なんだけど、もしよければどうかなと」
「……それは私がひっついていったら迷惑なんじゃ」
「そんな細かいこと、ナカは気にしない」
「私が気にします」
 几帳面だなあと二宮は笑うが、優美は笑う気にもなれない。半分睨むように見た二宮は大仰に両手を振り回した。
「野郎二人で焼き肉も虚しいだろ、ってことなんだけど。駄目かな?」
 今度は伺うような眼差し。優美は嘆息した。
「そういう意図があるならとっくの昔にメールをくれてそうですけど、あの人」
「そんな機転が効く奴じゃないよ。これは俺の一存」
「華が欲しいなら相原さんを誘った方がよほどいいかと思います」
 二宮は最大限に渋い顔をして、優美を見る。
「また無茶言うなあ」
「問題はありですけども」
「大ありだよ。相原はコナカファンのくせにナカをなぜか嫌ってるんだ。それ自体はナカは面白がりそうだけど、君ほど気楽に楽しめないよ」
 それはそうかも、優美は何となく納得してしまった。こくりとうなずいて納得する優美をみて、二宮はにこりと笑みを浮かべる。
「相原さんとあの人が仲良くなれたなら、もう少し何かが改善すると思うんですけど」
「何か、って?」
「――人嫌い、ですか?」
 なるほど、と二宮は一つうなずいた。
「そりゃ、立場が立場だからいろいろあるかもしれないですけども。だからって後ろ向いてたら何も改善しない、って思いませんか? 私もそんなに偉そうなこと、言えた立場じゃないですけど」
 偉そうに言いはじめたものの、自分だって人嫌いではないけれど似たようなものだなんて優美は気付いてしまう。
 次第に勢いがなくなった優美の主張だったけど、二宮は感心したように相づちを打ってくれた。
「それは俺も常々思ってることだし、どうにかしたいとは思うけどね。何も考えてないように見えて、ナカははまると根が深くてなあ」
「そーなんですか?」
 神妙な顔でこくりと二宮はうなずく。
 誰か来ないか気配でも探るように彼はちらりと扉を見て、
「何かにはまりこむとアドバイスを誰かに求めてくるけど――、でも。自分で答えを見つけださなけりゃ納得しないんだあいつは」
 肩をすくめた。
「でも、それは間違ってはないですよね?」
「そりゃ、自分で考えて結論ださなけりゃどうしようもないよな」
 独り言みたいに二宮は「だったら最初から人に相談すんなって話なんだよ」とぼやいて頭を振る。
「ええと、もしかして、私を巻き込むのは……」
 一人で相談を受けるのに嫌気が差したんですか?
 優美が言い切らなかった言葉を二宮は悟ったらしい。にやりと口角を上げて、一つうなずいた。
「それもある、な」
 含みのある言葉に頬が引きつるのを優美は感じた。だけど。
「そんなわけで、井下さんは今日暇かな? 暇ならナカに連絡しとくけど」
 一転にこやかに再び問うてくる二宮を見て気が抜けた。二宮は本来悪い人じゃない。短い付き合いだけど優美はそう信じている。
 そして同じく変わっているが悪い人じゃない武正のことを、優美は嫌いでもない。
「何も予定はないですよ」
「ほんと? よし、じゃあ連絡しとくかなあ」
「――二宮さんは」
 抵抗を諦めて素直に告げる優美を見て、二宮は相好を崩した。優美が気を変えないうちにとでも思っているのか、二宮は早速携帯電話を取り出そうとしている。
 彼がフリップを開いた瞬間に、二宮の様子をじっと見ながら思案に暮れていた優美は口を開いた。
「うん?」
 指は恐らく武正のアドレスを探しているのだろう。二宮は半分上の空で優美に向かって軽く首を傾げた。
「あの人が、ああなのってやっぱりよくないと思いますか?」
「ナカが、ああって、なに?」
 ぴたりと二宮の指が動きを止める。
「その――、人と話すのが好きそうなのに、あえて人と距離を取ってるというか、そんな」
 もごもごと優美は口にする。言いながら自分でよくわからない説明じゃないかと危惧したけれど、携帯の画面から顔を上げて優美を見た二宮は得心がいったと言わんばかりだった。
「よく見てるねぇ」
「そういうわけじゃないですけど」
 感心したような言葉に優美は身を縮める。
「ナカがあーなのがよくないから、改善する一環として君を誘ったんだ、実は」
「私なんかじゃどうにもならないと思いますけど」
「コナカタケノジョーがなんなのかよく知らなくて、その上ナカが興味を持ってる君なら、最適」
「はあ」
「学内でナカと親しく言葉を交わすのが俺くらいってのは、ヤツ的には不健全きわまりないしね」
 井下さんには期待してるから。
 二宮は勝手な思惑を優美に明かしたあと、携帯に再び集中した。数度ボタンを押して、耳に当てる――コール中の姿勢。すっと立ち上がって、自分から離れていく背中を優美は呆然と見てしまった。
「あ、ナカ? 俺俺。そうそう、あのさ、突然だけど晩さ――」
 そう大きい声ではないから以降の言葉は聞こえない。
 電話中に相原がやってきて、彼女に捕まった優美は、決まってしまった今晩の予定が一体何時にどこで待ち合わせなのかさっぱりわからない――などと考えていたのだが。
 二宮が通話を終えて数分後、きっちり武正から確認のメールが入ってきて、思わずくすりと笑ってしまった。

2006.09.05 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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