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第三話 変な人と城上祭

15.向かう道筋で

『場所はニノがわかってるから、現地集合ねー』
 との武正のメールに従って、優美は会合が終わった後も会議室に居残った。それ自体はさして珍しくもないこと。
「それでね」
 いつものごとく隣に座っていた相原による、強烈なコナカプッシュトーク。
 この相原をどう切り抜ければ二宮と一緒に行動できるのだろうかと、優美は途方に暮れかけた。
 相原は二宮が好きなのだ――なんて、余計な情報を得ているためになおさら行動に移しがたい。知らなければ気にもしなかっただろうけど、知っているのに「じゃあ私は二宮さんと焼き肉に行きますから」なんて言えるわけがない。
 まして、相原が何故か毛嫌いしている武正と一緒になどとは、余計に言えない。
「相原ー」
「ん? なによ二宮」
 助け船を出してくれたのは数人と話し込んでいたはずの二宮だった。見れば二宮と話していたメンバーはすでに部屋を出ようとしている。
 相原が振り返るまでに三歩、二宮は前進して手に持っていたコピー用紙を相原の頭に振り下ろした。
「った、何すんのよ!」
「こんなものが痛いかよ」
「そういう問題じゃないでしょー?」
 肩を怒らせて二宮を威嚇する相原を見ていると、彼女自身に聞いたとはいえ優美は相原が彼を好きなのだとはとても思えない。
 やれやれと頭を振りながら二宮はコピー用紙を引いて、指の先を時計に向ける。
「相原、時間」
「は?」
「今日、バイトじゃないのか?」
 しばし間をおいて、相原は「あっ」と声を上げる。
「うわ、しまった、やばっ」
 がさごそと机の上の荷物を乱暴にカバンに詰め込んで相原は立ち上がった。
「ありがと、二宮! 危うく遅刻するところだったわー!」
「時間忘れるほどの濃厚トークを井下さんにかますな。迷惑だろ」
「それについての異議は明日申し立てるわ!」
 呆れた口ぶりの二宮に抗議しながら相原は部屋を慌ただしく出ていく。相当焦っている様子のバタバタという足音を見送るかのように二宮は扉を見つめていたが、足音が消えた直後に嘆息した。
「まったく、あいつにも困ったもんだ」
 呆れたような口ぶりの中に、しょうがないけどなという言葉が潜んでいるように優美は思えて苦笑しつつやんわりとうなずく。
「まあでも、そこが相原さんのいいところだと思いますし」
「あれがあってこそ相原だろうが、迷惑な事実は微塵も変わりないのが難点だな」
 半分独り言のように「もう少し落ち着けってんだ」と二宮は漏らして、ゆるりと頭を振った。
「ま、とにかく。案内するから行こうか、井下さん」
「あ、はい」



 城上祭に向けて大分詳細が詰まってきましたね、という優美の言葉を皮切りに二人は歩き始めた。
 あれもこれもまだ残っているとか、そうだ井下さんに聞きたいことがとか、二宮の語りは優美のすぐ後に始まってほとんど途切れることがない。
 それだけ真剣に活動しようとしているんだなあと感心しながら、優美は相づちを打つだけで済んだ。
 時折尋ねられるあれこれについては返事を保留して、友人にでも情報収集することにする。
「ま、でも。最初より大分前進した気はするな」
「ですよね」
 どこに行くか詳しく知らされているわけではないけれど、そう遠いわけでもないらしい。
 城上の繁華街、二丁目に向かうでもなく少し違う方向に歩く二宮に優美はついていく。焼き肉屋があったかしらと首をひねってみたものの、余り興味のない店によく行かない方向では思いつくわけもない。
「問題は」
「問題?」
 二宮がため息をつくものだから優美は馬鹿みたいにオウム返しした。
 優美の中では画商部はいい滑り出しを見せている。他ならぬ二宮の手腕と、相原の明るさ、話がわき道にそれかけたら冷静に突っ込む戸田。幹部がいい連帯感を見せている。
 それぞれのグループの意見もまとまってきたし、あとはそれらをとりまとめれば一応祭りには間に合うと思うのだが。
「一つ重大な問題を棚に置いたままなんだ」
「なにかありましたっけ?」
「……ステージ」
 本気で分からなくて首をひねる優美に呆れたのか、本当に困っているが故なのか、二宮の言葉は嘆息混じり。
「あー、そういえばそんなものもありましたか。ええと人がちょうど引ける時間に、十分、でしたっけ?」
「十五分だね」
「そうでしたっけ……」
 優美は虚空を睨むようにしながら記憶を辿り、やがて思い当たった。覚えが悪いような気がしたのは、それを聞いた後すぐに二宮に名を呼ばれからだ。
 いきなりのことに驚いてすっかり忘れていたらしい。
「たいした演出ができるわけでもないし、先延ばしにしてるんだけど。そろそろ誰が出るかくらいは決めておかないとね」
 突然言われても困るだろ? 同意を求められて、優美は大きくうなずいた。いきなり指名されるのはつい先日経験済みだ。
「人前に出たい人なんているのかしら――あ」
「ん?」
「相原さんは?」
 そういえば相原は、前におもしろいことを言っていなかったか。
「二宮さんとコンビを組んでどうのって、言ってなかったですっけ」
 優美は思い出したまま口にする。ちらりと横の二宮を見ると、最大限に渋い顔をしているのが見えたのでしまったと思ったが。
「面白いと、思いますけど」
 半ばフォローのつもりで言ってみても、二宮の機嫌は上昇しないようだった。とたんに重くなった空気の改善方法が何も思いつけなくて、優美は黙って前を見て足を動かすことに集中しようとする。
 相原はムードメーカーだと優美は思う。ぶっ飛んだことを言うことはあるが……それはもう身をもって体験しているが、それが憎めないキャラクターなのだ。
 冗談でもコナカに会いたいから漫才コンビを組もうなんて二宮に言うくらいだ、その修行とでも言ってみたら案外あっさりと――。
「あれ」
「……井下さん?」
 突然立ち止まった優美を二宮が振り返ってきた。怒りが長続きしないのか、ただ不思議そうな顔。
 首をかしげる二宮を制するように片手をあげながら、優美は眉間にしわを寄せて考え込んだ。
 今、ふと、とんでもないことを思いついた気がする。脳裏に一瞬きらめいて消えそうになった思いつきを、優美は必死にかき集めた。
 そうしながら一歩二歩、二宮に向けて進む。
「どうかした?」
「良さそうなアイデアを、思いついたんですけど」
 自分でも歯切れが悪いと思う口ぶりに優美は苦笑する。言いにくく、二宮の顔を直視する自信がなくて優美はまっすぐに前を見た。
 アスファルトの道路、左右には壁に囲まれた家に時折電柱。「ここは鷹城だ」なんて誰かが言い出したらそのまま信じてしまえそうなどこにでもある風景。
 はっきりしない色の空に同様の雲が所々浮いている。
「井下さん?」
 何を思いついたのかを問いたげな二宮の声に、さすがに顔をそらし続けるわけにはいかなくなって優美は一瞬だけ彼を見た。
「あの人はどうですか?」
 さらりと呟くと、二宮が息を飲んだのがわかった。
「それ、危険だってわかってる? 井下さん」
「このままじゃあ絶対、よくないですよ」
 とがめるような言葉を遮るべく、優美は自分にも言い聞かせるようにそう口にする。
「嘘をつくのは本意じゃないですけど、城上大にコナカタケノジョーとやらのそっくりさんがいると――その、逆にアピールしたら、まさか本物とは思われないんじゃないですか?」
 二宮の反応が返ってこない。
 おそるおそる優美は隣の様子を窺った。どうやら、二宮は絶句しているようだった。
「ぶっ」
 優美と目があった瞬間に一気に吹き出して、くつくつと笑い始めた。どうやら笑いのツボにはまったらしい。
「無茶、言う……なあ、井下さんッ」
 笑い声の合間に苦しそうな声が途切れ途切れにそう告げる。
「――そーですね」
 優美は素直にそれにうなずいた。そして二宮の笑いが収まり始めたタイミングを見計らって、
「でも、それも改善する一環だと思いますけど」
 何気ない口ぶりを心がけて言ってみせると、二宮はぴたりと笑うのをやめた。
「ナカが、それに乗ればね」
 思案深げな表情で二宮は首肯する。それきり彼は黙り込んでしまった。
 意外と悪くない感触のようだった。
 優美は彼の優秀さを信じている。彼女の馬鹿な提案でもそれなりに考えて結論を出してくれるだろう。
 何より彼は武正の親友で長いつきあいなのだから、たぶん武正にとってもっともいい方法を模索してくれるはずだ。
 さすがに、大勢の前に出ろなんてそう簡単には言わないと思うけどね――自分が突拍子もないことを言った自覚が、優美にもある。
 そういう荒療治もあるのだと二宮が意識してくれれば、対応策に幅が広がるだろう。
 そんな風に思いながらそれから優美は黙って二宮の横にひっついて歩いた。

2006.10.14 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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