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第三話 変な人と城上祭

16.友情に乾杯を

 日を追うごとに暗くなるのが早くなってきている。
 まだ五時を過ぎたばかりというのに夕闇が迫り、太陽が西へと去りかけて空をほのかに赤く染めている。
 二宮の案内で優美がたどり着いたのは、主要道路から少し奥まったところにある焼き肉屋だった。
 ぽつんと一軒だけ。近くに他に店はなく、平屋建てで、よく見るフランチャイズ店でもない。
「ここだよ」
 二宮の言葉に優美は立ち止まった。
 見かけはそう大きくないから、店の中もそうだろう。元は赤かったであろうのれんは大分くたびれていて、ほとんどピンクに近い色になっている。
 「焼き肉のはら」書いてある名前も聞いたことがないし、地元で昔からやっている店なのだろうなと思う。
「ナカはまだ来てないか」
「みたいですね」
 おかしいな、なんて独りごちながら二宮は携帯を取り出した。
「出ないな……あ、出た。ナカ? 今着いたけど――あ?」
 武正に電話をしたらしい二宮は、素っ頓狂な声を出して耳から携帯を離した。呆然と彼が携帯を見下ろすので、優美は首を傾げた。
「どうしたんですか?」
「切りやがった」
「は?」
 二宮はリダイアルをするべくもう一度携帯に指を走らせた。
「いきなり切るのは失礼だろ……?」
 ぶつぶつ言う二宮が再び携帯を耳にした時だ。
 焼き肉屋の角からひょいと武正が姿を見せた。ちょうど優美の視線の先、二宮の後ろからだ。
「あ」
 声を上げる優美に向けてひらりと手を挙げた武正は、二宮と同じように携帯を耳に当てている。
「……だからー」
 武正の声を聞いて、眉間にしわを寄せた二宮が振り返る。
「今から晩ご飯なんだって。焼き肉、話は後にしてよー」
 先ほどと同じように、二宮に向けても武正はひらりと手を振りつつ、電話相手にごねている。
「今連絡があったんだってば。たまには友達と焼き肉くらい堪能させてよ。カルビが俺を呼んでるの――息抜きは必要なんですよ、ほんと」
 「はぁ」だの「えー」だの「でもー」だの電話相手の言葉に武正は気のない声を上げている。
「そんなに遅くならないから、後でいい? 友達が待ってるし。じゃあね? 切るよ? まだなんかあるならメールして? じゃあね」
 反論は聞かないという態度で武正は携帯電話を耳からもぎ離す。
「うし、よし切った。おっけーおっけー」
「いいのかよお前、それ」
 電源ボタンを二度ほど押して、通話どころか電源さえ落としたらしい。呆れ顔の二宮に武正はこくりとうなずいた。
「だいじょうーぶ。後で俺が何とかすればササノさんは文句ないはずだし」
「強引に電話を切る行為自体が怒りの対象じゃないかと思うんだが」
「気のせい!」
「ま、別にいいけどな」
 二宮は苦笑しながらのれんをくぐりつつ、引き戸に手をかける。
「そういや、お前携帯二つもってたか?」
「は?」
「さっき俺がかけたら切ったろ」
「あー、あれねー。キャッチ」
「そんな契約してるのか」
「便利だよ? まああんまり使わないけどねー。ついたってことがわかったから切っちゃった。ごめんね」
「せめて一言くらいなんか言えっての」
 二宮はぶつぶつ言いながら店員に軽く頭を下げて、奥に向かう。
 入って左側が厨房、右側が畳、中央は土間。畳と土間には三つずつテーブルが設けられている。
「家庭的だねえ」
 武正が言うように、まさに家庭的な店だった。
 計六つのテーブルも、どこかの家からバラバラにもらってきたと言ったら信じてしまいそうな年季の入りよう。統一性というものに欠ける。
 時間が時間だからか、まだ他に客はいない。二宮は「奥使いまーす」と店のおばちゃんに声をかけて、畳席の一番奥を使う心づもり。
 二宮が一番奥に座るので、優美と武正は顔を見合わせて、手前側の隣同士に座った。武正が奥で、土間側。
「味はよそに負けないぜ、ここ。むしろ大勝利だな」
 壁側にあるメニューは黒い重厚な作り。二宮がそれを両側から見えやすいように広げる様は、かつての武正と同じような感じだった。既視感を感じてくすりと笑った後、優美はメニューに目を落とした。
 作りの割に、中は手書きだ。筆ペンで書いた文字は、お世辞にもきれいとはいえない。
「ナカはビール?」
「うん」
「井下さんはウーロン?」
「え、飲まないの優美ちゃん」
「未成年ですから」
 なんだか感心した声を上げられた。笑いながら二宮が声を張り上げる。「おばちゃーん、生二にウーロン一、あと枝豆」
「枝豆は冷凍なんだけどな。肉はうまいから」
「ふーん。お、ビビンバあるね」
「それもおすすめ。でもまずは肉だろ」
「とりあえず、ニノのおすすめを一通り」
 ぽんぽんと言い合う二人の息はぴったり。
「おうよ。井下さんは食べれないのある?」
「ミノはちょっと苦手ですけど、食べられないわけじゃないです」
「了解、じゃあまずは小手調べ」
 二宮はメニューを持ち上げて、店員にあれやこれやと注文した。ミノは一人前、カルビは三人前。他のものは二人前。
「ここのカルビ、特別うまいから。タレに漬けてあるんだけど、もう絶妙」
「おお。いいねえ」
 やってきた飲み物を手に、枝豆を囲んで乾杯の音頭。
「えー、じゃあ我々の友情にかんぱーい」
 優美は武正の言葉に苦笑しつつ、グラスを持ち上げた。
 相原だったら「やっぱりおっさんくさ」と言っただろうなと思える。
「んー。やっぱり疲れたあとのビールはさいこー」
 ぐびぐびと三分の一ほどジョッキを空けた武正はにこやかな笑顔で枝豆に手を伸ばした。
「わ、半解凍だし。でもおいしい」
「冷凍枝豆でもなかなかいけるよな」
「だねー。今度買っておこうかなー。でももう枝豆って季節でもないか。やっぱり夏だよね枝豆は」
 枝豆に手を伸ばすのは三人とも。でも優美より二宮、二宮よりも武正がよく食べている。
 一番最初にやってきたのはタン塩。
 おばちゃんがテーブル中央のコンロに火をつけてくれ、二宮は上に置かれた網の温まり具合を時折確認する。しばらくして頃合いと見たのか、ようやくタンを網の上に置いた。
「いいねえ、タン。うまいよねー」
 舌なめずりせんばかりに武正がうきうきした声を上げる。
「なかなか肉厚。もうちょっと薄いかと思ってたけど」
「ここはどこも外れがないぜ?」
「ニノがこんな隠し球を持ってるなんて。城上にこんなお店があるとは思わなかったなー。ね、優美ちゃん」
「え? え、ええ」
 まさか話を振られるとは思っていなかった優美は、あわててうなずいた。
 家庭的な雰囲気の中で、壁に掛かったメニューがそれに違和感を添えている。盛り上がる二人に紛れ込む自信がなくて、そのメニューを見ていたから反応が遅くなった。
「何見てたの?」
 武正が不思議そうな顔をして、それから優美が見ていた壁を見上げた。
「何かおいしそうなの、あった?」
「そういうわけじゃなくて」
「なくて?」
 そんな風に聞かれても、答えることができなくて優美は困ってしまう。
「ナカー、タン焼けたぞ」
「おおぅ」
 喜び勇んで武正はタンに箸をのばした。まるで救いの声のようだと思いながら見た二宮は、優美に向かって軽くウィンクした。
 救いの声のようではなく、まさしくそのために声をかけてくれたらしかった。
「ほら、井下さんも。焦げるよ」
「あ、はい」
 お礼の意味を込めて軽く会釈すると、気にするなとばかりに肉を勧められた。
「やっぱり肉はいいねー」
「ひとくくりかよ」
「どこか一部位を選ぶことなんて、俺には不可能」
「また大げさなこというし、なあ?」
 真顔で呟く武正に二宮は呆れ顔だ。優美の方は思わず吹き出しそうになって口を押さえたところだった。
「――ほら、ナカ。変なこというと井下さんが困るだろ」
「別に俺変なこと言ってないけど」
「お前は存在自体がおかしいからな」
「うわ、ニノひど!」
 仲のいい二人の間合いにためらいなく引き込まれる。気楽な夕食の場になった。
 タンから始まって、ロースにカルビ、豚トロユッケ。
 会話の量はそう多くない。優美は自ら話のネタを振れなかったし、武正と二宮の二人は肉を食べ出すと静かになる。
 最初の一口だけうるさいのが武正で、それに二宮が突っ込んで、後は要領よく焼きながら黙々と食べる。
 料理が切れる合間がしゃべるタイミングだった。
「井下さん、遠慮してないでどんどん食べるんだぞ?」
「いや、遠慮はしてないんですが……」
「遠慮してたらナカが全部食うからね」
「ちょ、それ何。ニノだって食べてるくせに!」
 俺はお前ほど食べてないと思うぜーと二宮が言うと、それ絶対気のせいだからと武正が応じる。
「どう思う?」
「どんぐりの背比べ、って気がしますけど」
「だよねー。ほらニノも人のこと言えないって優美ちゃんが証明」
 偉そうに武正が胸を張ると、二宮は苦い顔。まずかったかなと思うけど、優美の目には二人とも同じくらい食べているように見えるんだから仕方ない。
 追加のカルビがやってきたことに歓声を上げて、武正が皿に手を伸ばす。
「どう考えたってナカの方が食い意地張ってるのに」
 その様子にぶつぶつぼやく二宮は納得していないらしい。
「確かに、それは事実ですけど。二宮さんは密かによく食べてますよね?」
「――井下さん、俺たちを観察してる暇があるんだったら、遠慮せず食べるんだよ?」
 優美の突っ込みが気に入らなかったらしい二宮の切り返し。
「でも私、もうそんなに食べれないですけど」
 思わずうなずいてしまった優美が我に返ってそう説明すると、二宮は一度目をぱちくりさせた。
「あー、そっか」
「えー。遠慮したら駄目だよ優美ちゃん」
 納得するのが二宮で、主張するのが武正だ。優美は苦笑して、焼き肉奉行よろしく網から肉を優美の皿に運ぼうとする武正を制した。
「遠慮じゃなく、本気で入らないから」
「井下さんがナカと同じくらい食えるわけがないから」
 二人がかりの言葉に「えー」と再びの不満そうな声を武正はあげる。だけれど自分の意志を押し通すつもりもないらしく、優美に差し出した肉を引っ込めて、自らのタレにつけて口に入れた。
「おいしいのに」
「そうだけど。おいしくても限界以上に食べられないわ」
 食べ過ぎると気分が悪くなるもの――、優美が続けると武正はそれもそうかとうなずいた。

2006.11.04 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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