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第三話 変な人と城上祭

17.彼らの力関係

 締めはビビンバだった。
 お肉は入らなくてもご飯ものなら優美も少しは食べることが出来て、三人そろって舌鼓を打った。
 二宮の言ったとおり、どのメニューも外れのない店だった。
 本気で会計は武正持ちで、二宮は優美を外へと誘った。
「ごちそうさまでした」
「いえいえー」
 やがてやってきた武正に軽く頭を下げると、にこにことご機嫌な様子。
「遠慮せずにもっと食べてよかったんだよ」
「遠慮はしてないわよ」
「そうかあ」
 自然と三人で固まって歩き始めた。
 そんなに長く店にいた気はしていないのに、もう八時近い。太陽の光が届かなくなって大分経つからか、日中よりも大分冷え込んできていた。
 全員が大学近くに家がある。同じ鷹城出身なのだ、どう頑張っても実家からは通えない。そうなると自然に大学近くに住まいを求めるものなのだろう。
 寮住まいは優美だけで、武正と二宮は普通のアパート住まいらしい。
 二人は口をそろえて「寮は自由度が低い」と言い切った。小学生の頃からの付き合いがある二人は、どこかで似たところがあるらしかった。
 世間話をちらほらと。大抵は武正がしゃべって、優美と二宮がそれに苦笑する流れ。ゆっくりゆっくりと帰路を進む。
 緩やかな時間の流れを惜しんだらしい武正が寄り道を主張する。二宮が仕方なさそうにそれに応じ、夜道は危険だからと優美を引き留めた。
 学生を当て込んだフランチャイズのコーヒーショップ。店内はそれほど広くない。
「まだ、食べる気なの?」
「デザートデザート。優美ちゃんも食べたらいいのに」
「無茶を言うわ……」
 別々に好きなモノを頼んで、奥まったテーブル席に集合することにした。レジカウンターは二つのうち一つしか開いていない。
 レディーファースト。一番前に優美が並んで注文したあと商品を受け取って席を着き、その後を追ってきたのが武正だ。
 彼の抱えるトレーの上にはデザートどころかサラダまである。
「そのサラダは?」
 痛いところを突かれたといった顔で武正の目線が宙を泳いだ。
「お腹をさっぱりさせるための――えーと、薬?」
「またお前はアホなことを言って」
「アホは止めてよ、ニノ」
 最後にやってきた呆れ顔の二宮に武正は口を尖らせた。
「じゃあバカ?」
 どっちがいい? 首をかしげてからかう口調の二宮を武正は睨み付けた。
「どっちも面白くないんだけど」
「面白いって言われたら俺はお前の正気を疑うが」
 しれっと答えながら二宮は椅子に腰掛けた。憮然として武正はトレーの上のサラダを食べ始める。
「相変わらず食い意地張ってるよなあ」
「そんなことないよ」
「いや、そんなことあるって。ねえ、そうだろ井下さん」
「え、あ、ええ」
「ずがーんっ」
 迷うまでもない問いかけだったから、優美は遠慮がちにうなずいた。弾む会話に口を挟む糸口をつかめない優美を、二宮はタイミングよくその中に引き込む。
 気配りの人である二宮は、武正がショックを受けた様子を表現するのを呆れ顔で見やった。
「優美ちゃんまでひどいことを言う」
「事実だと思うけど」
 いじけた声を上げた武正は、きっぱりとした優美の答えにやけ食いを決め込んだらしい。
「井下さんも容赦ないなあ」
「二宮さんには負けますが」
 サラダを猛スピードで食べ終えて、優美からすると大きすぎるように思えるスコーンを武正は手で割り始める。それを見ながら二宮と優美はのんびりと言い交わした。
 ひとかけらスコーンを口に運んだ武正が顔を上げる。
「優美ちゃんも一口いく? おいしいよ」
 切り替えは早いらしく、さっぱりした問いかけ。優美の答えを聞く前に、武正は一口大に割ったスコーンを紙ナプキンに乗せて優美に差し出した。
 断られることを想定しない動作にほのかに笑って、優美はそれを受け取った。
「ニノもどう?」
「俺は遠慮しとく」
 そ、と軽く呟いて武正は引いた。優美に視線を移し替えると、にこやかに身を乗り出す。
「さ、どーんと食べちゃって」
「どーんって量でもなさそうだけどな」
「もっと割るっ?」
「突っ込みをまじめに受け取るなよ」
 二宮が大げさにため息をついて、武正はむっとした。どうやら二人の中では二宮の方が強いらしかった。
 一口大のスコーンを半分くらい食べて「おいしい」なんて言ってみると、武正はすぐに笑顔に戻った。
「でしょー。ニノもうらやましいだろ」
「まあある意味うらやましいな」
「でももう分けない!」
「そんなものは期待しない」
 二宮の苦笑や呆れの度合いは時を追うごとに大きくなっていく。頬杖をついて武正に流し目をくれて、もう一度彼はため息を漏らした。
「なあ、ナカ。たまには俺の相談に乗ってもらっていいか?」
 それから、その言葉。
 聞いた武正は驚いたように動きを固めた。
「えええ?」
 小さい声で漏らしてから、彼がやったことと言えば手に持ったままだったスコーンを皿に置いて、飲み物をすすることだった。
 最後に手をそっと下ろして、相談を聞こうという体勢。
「俺にアドバイスできるようなことならいいけど」
「お前ならなんとかしてくれると思うんだ」
 二宮が相談を持ちかけるなんて場面に居合わせなければならなくなった優美は、居心地悪くなってしまう。
 困惑しながら、とりあえず手にしたカップをもてあそぶ。何故か二宮はそんな優美に「なあ」なんて同意を求めた。
「何の話ですか……?」
 戸惑い半分、不審感も半分。
 武正もきょとんとして優美と二宮を見比べている。
「どういうこと?」
「ウチのサークルの話はまだ覚えてるよな?」
「そこまでトリ頭のつもりはないけど」
「それはよかった」
 何気なく始まった話に、優美ははっとして思わず二宮の表情を伺った。
 もしかして、二宮は。
 焼き肉屋に行く道すがら優美が話した馬鹿なことをそのまま話すつもりじゃないだろうか。
 思わず止めようと口を開きかけ、だが二宮が彼女に向けてわずかに首を横に振るのに気付いて止める。
 武正と付き合いが長い分、いい方法を考えてくれるはずだと思っていたのだ。まさかそのまま話すようなことはしないだろうと思い直す。
 まさかさっきの今言い出すとは思ってもみなかったから、動揺してしまった。まだ熱いカフェラテを喉に流し込み、優美はこっそりお腹で息をした。
「学祭でアピールタイムをもらったのはいいんだけど、いったいどうやったらアピールできるかと思ってな」
「アピールねえ」
 優美が気持ちを落ち着けている間に、何食わぬ顔で二宮は「相談」を開始した。
 付き合いが長い分、武正にうなずかせる何かの秘策を持っているのかと優美は期待する。
「どれくらいの長さ?」
「十五分。ナカ、去年オープニングイベント見たか?」
「見たけど。オープニングイベントに紛れ込む算段なわけ?」
「いや、そこから次のプログラムまでの空き時間を半分。例年人がわんさか移動するタイミングらしいが」
「んー、あー。確かにそうだったかも。映画の後みたいだよ。テロップまで見る人と見ない人で移動開始が大分違うよね」
 目を細めて記憶を掘り起こしているらしい。武正の視線はどこか空を睨んでいる。
「オープニング見物をする人はまあ、それなりの人数だったかな。そろそろ終わるなって感じに移動を始めるヤツもいれば、人混みを嫌って待ってるヤツらもいたね。ちなみに俺は最後までじっくり楽しむ方」
 テーマ曲の後に何かお楽しみのエンディングカットがあったら悔しいから、と武正はあくまでも映画でたとえてくる。
「お前の意見は聞いてないんだけど。いや聞いたんだけど、方向性が微妙に違うような」
「えー、そう?」
「多分な。そんな中、目立ってみんなに意識させるにはどうしたらいいと思う?」
 武正は腕を組んで、背もたれに体重をかけた。四本の椅子の足が二本宙に浮く。腕を組んだまま武正はゆらゆら椅子を揺らした。
「オープニングイベントとか言ってもさ、興味ない人は全く来ないよね。ニノも去年、見てないんでしょ」
 去年の城上祭を知らない優美がきょとんとしているのを見て武正は言った。二宮はばつの悪そうな顔で一つうなずく。
「面白い! って言えるようなものでもないしね、オープニングは。多少は真面目だし――」
「そうだな」
「その中でターゲットの芸学の人間に興味を持たせて、噂させないとお客さんは増えないだろうね」
「どうしたらいいと思う?」
 聞かれて武正は椅子のゆらゆらを止めた。ストレッチをするかのように腕を組みながらぐるりと首を回す。
「うーん、思いつかないなー」
 そうぽつり。よほど真剣に考えているのか武正は首を何度もひねっている。
「そうか」
 応じた二宮は落胆することもなくあっさりしたものだ。予想の範囲内だったのだろう。
 その場に満ちた沈黙は居心地の悪いものではなかった。それぞれ何かを考えているような沈黙。
 優美は二宮の意図を探ろうと彼を見たが、すぐに無駄だと諦めカップを口に運びながらゆったりすることにした。 
「なあ、ナカ――」
 しばらくして、最初に切り出したのは二宮だった。
「うん?」
 友人の真剣な表情に不思議そうに武正は首をかしげる。二宮は二度三度口籠もった。
 武正はきょとんとした顔をしつつも先を促そうとはせずに、残りのスコーンを少しずつ削りながら待ちの姿勢。
「お前さ、城上に」
 ようやく二宮が口を開いた時には、すでに武正はスコーンを食べきったあとだった。
「城上に?」
 言いにくそうな二宮に、武正は繰り返す。
「コナカタケノジョーのそっくりさんがいるって噂、」
「はあっ?」
「振りまいてみないか?」
 言葉の途中で素っ頓狂な声を上げた武正は、続く言葉に眉を寄せた。
「……何言ってんの、ニノ。正気?」
「案外」
 喉を潤すべく持ち上げたカップをおろして、武正はぐっと身を乗り出した。半分睨むように見据えられた二宮はけろりとうなずく。
 乗り出したのと同じくらいの勢いで身を引いた武正は、ハッと息を吐いた。それは少なくとも優美の知る武正の行動じゃない。
 一気に空気が張り詰めたような気がして、優美は密やかに身を震わせた。二宮の発言の原因は自分だ――そう思うと、胸に苦い物がよぎる。
 二宮は軽く手を挙げて武正向けて振った。一瞬優美に視線を向けたのは、おそらくは何も言うなという意思表示。
 武正と二宮とを順に見ながら、結局状況を打開する言葉を思いつけずに優美は大人しく二宮の忠告に従った。
「俺はね、お前は今のまんまじゃいけないと思うわけ」
 横に座る武正の雰囲気は激悪。その姿を目の前に、直接の原因たる二宮は普段通りだった。
 間接的な原因である優美は状況を見ているしかなくて、おろおろ視線を巡らせながら沈黙を守る。
「コナカなんてヤツ、この世に確として存在してないんだぜ。作られたモノ、虚像――ああ、いい言葉は思いつかないけど、アレは非現実だ」
「そんなこと、俺もわかってる」
「ほんとにか? 存在もしない男のことで、現実のお前が萎縮しててどうするよ」
 いたたまれなかった。
 長い付き合いの二人の、本音全開の真剣な話。二人ともに先ほどまでの柔らかさが抜け落ちている。案外、これまでは優美に気を遣ってくれていたのかもしれない。
 そう考えると、余計いたたまれない。そっと席を外すことも考えたけれど、それもまた失礼なように思える。
「別に、萎縮してるわけじゃ――」
「嘘言うなよ」
 ずばりと言い切る二宮に武正がぐっと詰まった。思いも寄らぬ鋭さに優美も身を固くしてしまう。
 二宮ははーっとため息を漏らして、困ったように頭をかいた。
「この三年、お前はずっとそうだ」
「そんなことは」
「あるだろ」
 きっぱりと二宮は断じた。言い切られて否定の言葉も持てないのか、武正は黙っている。
 口ぶりに反して、二宮が浮かべるのは苦笑だった。
「馬鹿正直に、誰にでも真実語るのはやめたらどうだ? 生きていくためには、多少のホラは必要なんだよ。コナカなんてヤツはそもそも存在しねえの。そんなまやかしのもののために、現実のお前が割を食う必要、ないんじゃないか?」
 噛み含めるような二宮の口調には大分柔らかさが戻っている。
「いっそ打って出ればいいだろ? 信じる、信じないは受け取り手の勝手だ。お前が本物じゃないふりでもして、へらっとわらっとけば済むだろ」
「あのねえ、ニノ。そういう問題じゃないと思うんだけど」
 武正はなだめるように反論を開始した。
 でも――なだめるようにしているんじゃない、優美はすぐに気がついてしまった。どこがどう、とは言い難い。今の言い方はいつもの彼に似て、でも何かが違うと気付いてしまった。
 なぜ気付いたのかもよくわからない。だけど、確実に何か違う。
 ――彼は、そう……どこか弱気なのだ。
「そんな様子で、この先何年も過ごす気か?」
 苦笑混じりの一言に、再び武正は沈黙する。
「何でわざわざ、城上に入学したんだよ。少しでも自分らしくあるため、だろ?」
 武正の視線がテーブルに落ちた。確実に彼を追い詰めているようなのに、二宮の言葉はむしろ温かい。
「こんなところにコナカタケノジョーがいるわけないって思われてるのは、わかってるんだろ?」
「それはまあ、そうだけど」
「後ろめたさなんか捨てちまえ」
「無茶言うよね、ニノは」
 武正は再び顔を上げた。口ぶりからやや浮上した様子がうかがえて、優美はほっとした。
「後ろめたく思う必要はないだろ。それを言うなら、お前全国の何千だか何万だかの人、だましてるようなもんだろ」
 返事に詰まったのは、自覚している証明だろう。武正の反応に二宮はにやりとする。
「コナカタケノジョーなんて男は存在しない。あれはお前の一部だが、全部じゃない。一部を抜き出して拡大した作りものだろが」
 力強い二宮の言葉は、もちろん人の耳を考えて低く抑えられている。それでだって、ひどく印象に残る声であり言葉だった。
「明らかに仮面をかぶった道化だろアレは」
「そういう言い方はさすがにないと思うけど」
「事実だ」
 がーん、と馬鹿げた呟きを漏らす武正にもはや心配の必要はないらしい。
 二宮はそれなりには緊張していたらしく、くつろぐように椅子の背にもたれて腕を組んだ。
「いっそコナカのそっくりさんがいるって大々的にアピールしてみろよ。誰もそれが本物だなんて、馬鹿馬鹿しくっておもわねえよ。な、井下さん」
「え、あ、はい。――ええ」
 自分が持ちかけた話がこれ以上ない説得力を持って落ち着くところに落ち着いた――ような気がする。
 よくもあんな思いつきをそれなりにいいようにまとめたものだ。優美は二宮の評価をさらに高く改めた。敵に回したらちょっと怖そうだと注釈をつけて。
「優美ちゃんまで味方につけるなんて卑怯なッ。結局それ、ニノがサークルのアピールに使いたいだけじゃない?」
「これ以上ないいい客寄せパンダになってくれることを期待したのは否定しないな」
「そこは違うって言うべきポイントじゃないのかー?」
 やはり、二人の力関係では二宮が優位なのだろう。武正が騒ぐのをあしらうように二宮は軽く笑う。
「あ、そうだ。卑怯だっていうのも修正してくれ。今のは、そもそも井下さんのアイデアだから」
「へっ?」
 驚いたような声を上げた武正が、ゆっくりと優美を見る。優美は居心地悪く身を縮めて、恐る恐るうなずいた。
 最初、彼が二宮にしたように睨まれたらどうしようと思ったが。
 武正はただただ驚いているだけのようだった。
「今言ったのは、俺と彼女の意見ってわけ。心配してるんだよ、お前がこのままなのはよくないって」
 それだけであらかたの経緯は悟ったらしい。武正は優美と二宮を見比べるようにしたあと、ふんわりと笑った。
「ちょっと、考えてみる」
 まるで苦笑いのようだったけど、悪い感触じゃないようにその時の優美には思えた。

2006.11.21 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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