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第三話 変な人と城上祭
19.悩みを打ち明けて
人に相談すること、それは優美が苦手とすることの一つだ。弱みを見せたくないという見栄もあるし、気恥ずかしいというのもある。
今後も顔を合わせるのが間違いない相原に相談を持ちかけるなんて、普段の優美からするとあり得ない。
でも、確かに一人で悩んで行き詰まっているのは彼女の指摘通りで、諸手を挙げて相談に乗る体勢を作ってくれる彼女に話を持ちかけやすかったことが優美の口を開かせた。
もちろんすべて、隠すことなく話すのは不可能な話だった。
コナカが城上にとでも言ったが最後、相談するどころではなくなってしまう気もするし。
自然と優美の話はいろんな箇所を誤魔化しながらになり、ぽつりぽつりとしたものになった。
たどたどしいとも言える言葉を、相原はコーヒーを飲みながら口を挟まずに聞いてくれる。
「それで、その……」
机の上で組んだ手をもじもじさせて言い淀む優美を、相原は優しく見返した。
軽く首を傾げて「んー?」とにっこりする。
大丈夫だと言われているような気がして、優美はぐっと手をきつく握り合わせた。
「親しくなって間もないのに、深く突っ込んだこと言ってしまって、良かったかなあと思いまして」
優美は相原をどこかすがる眼差しで見つめる。
「そうねえ」
相原はコーヒーカップを置いて、話す体勢を作った。
「その場にいた訳じゃないから、確実にそうとは言い切れないけど……。大丈夫じゃないかしら?」
「そう思いますか?」
「絶対とは言えないけど、優美ちーの話を聞く限りはね」
優美はこくりと一つうなずいた。今話したのは、肝心なポイントを伏せた上に、優美の主観が混じった言葉だ。
それはわかっているけど、それでも誰かに「大丈夫」と言ってもらえると安心はする。
「優美ちーに痛いところ突かれた、ってのは事実なんじゃないかな。人間怒ると何言い出すかわからないからね。それでちょっと距離置こうって腹じゃないかしら」
「そうでしょうか」
「そうよー」
安心はしたものの、自信はこれっぽっちも湧かない。優美の言葉に相原はからりと笑った。
「連絡手段は主にメールなんでしょ? メールはねえ、便利だけど言葉の使い方一つで誤解を生みやすいから。下手な返事を出せないって思ったんじゃない? 電話はありだろうけど、メールしたのって遅い時間だったんでしょ?」
はっきり記憶していなくて、優美は慌てて携帯を取りだした。十二時ちょっと過ぎ。
「……私、真夜中にメールしてました」
「あはは。遅いのは間違いないけど、メールだから許容範囲じゃないかしら。折り返し掛けるには遅い時間だから遠慮したんじゃない? 日中は授業かと思って遠慮してるのよ」
「そうでしょうか……?」
「そう思った方が気楽じゃない?」
期待と不安が入り交じった問いかけに、相原はあっさり気休めの意を告げる。うつむいて口をつぐむ優美の肩を相原はぽんと叩いた。
「知り合って間もなくても、頻繁にメールをくれたような人なんでしょ?」
「ええ、まあ……相原さんよりもある意味すごかったです」
「どーゆー意味かしら?」
茶目っ気たっぷりに相原は優美を軽く睨む。
「ま、いいけどね。少なくとも私は気に入った相手にしかメールは入れないわよ。どうでもいい相手にするんなら、事務的になるし」
「そう、なんですか?」
「そうよ。向こうが気軽にぽんぽん送ってきてたんでしょ? 優美ちーは私が気に入るくらいなんだから、その人も絶対気に入ってるはずだわ。だから自信を持つといいのよ」
私が言うんだから間違いないわ、そう相原が妙に自信たっぷりに言うものだから優美は笑ってしまった。
「わかった?」
「たぶん」
慎重に同意する優美を見てだったらよしと相原は笑い――そしてまた、いつも通り熱の籠もったコナカトークを開始した。
それを聞くのも、相談に乗ってもらったお礼と思えばそこまで苦ではない。
いつもながらどこまでも続きそうな話に、相原はどれだけ話すネタを持っているのだろうと不思議に思う。
相原の話すコナカと優美の知る武正とに違いがあるように思えるのは、昨日二宮が話したようにコナカがある意味作られたものであることを意味するのだろう。
コナカと武正に優美も差異を感じるのだ。さらには優美よりも武正に近しい二宮の判断なのだから、「コナカのそっくりさんがいる」と城上祭でアピールするのはやはり悪いアイデアでないのだと思う。
――武正がうなずきさえすれば。
そこだけが問題で、これ以上優美が口を挟めない話になるのだけど。
十分ほど続いた相原の語りは、携帯の着信音で遮られた。彼女は面白いようにぴたりと言葉を止めて、ゆっくりとカバンから携帯を取り出す。
余裕を持った態度で相手の名前を確認するからきっと着信音はコナカの曲で、少しでも聞いていたいという思いがあるのだろう。
「ごめんね、優美ちー……なに?」
優美に断って、相原は通話ボタンを押して話を始める。
その間に優美はすっかり冷えてしまった紅茶を飲み干した。次の授業がだいぶ近づいてきている。電話が終わったら解散しなければならない頃合いだ。
ちょうどよく相原の会話を中断してくれて助かった――そう優美が思っているとも知らず、通話を終えた相原は申し訳なさそうに両手を合わせた。
「ごめん、ちょっと呼び出されたわ。またあとで――かな?」
「あとで、ですね」
「うん、よし」
連れだって会計を済ませて、店を出たところで別れる。相原はよっぽど急な呼び出しだったのか、小走りに駆けていく。
何となく後ろ姿を見送ってから、優美も足早に次の授業に向かいはじめた。
2006.12.31 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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