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第三話 変な人と城上祭

22.気遣いと誓い

 最後に残ったのは優美と武正、それに二宮と相原だ。
「余計なこと言いそうだから、帰るわ。アピール方法が決まったらまた教えて」
 じっと武正を見た相原は、ふいっと顔を逸らして荷物をまとめた。
「じゃあね」
 相原が帰る姿を見送って、大きく息を吐いたのは武正と二宮。それもほぼ同時だった。
「いっやあ、ドキドキしたねえ」
「それはこっちの台詞だ」
 からっと言い放つ武正を、二宮は睨みつけながら小突いた。
「いきなり歌うとか言うから、どうしようかと思ったじゃないか!」
「どうせならどこまでも偽者っぽくって言ったの、ニノじゃない」
「それは言ったけどな……」
「音程わざと外すのも難しいんだからねー?」
 いやあれは我ながら芸術的に音痴にできたなあと満足げに武正が言うと、どこが芸術的だこらと二宮。
「いいじゃない。とりあえずうまいことニノの思惑にはまったんでしょ?」
「うん、まあ、そうなんだが――悪かったな」
「いいよ。やるならとことんやるよ、俺」
「お前はそういうヤツだよなあ……」
「何今更言ってんの」
 口を挟む隙のない応酬が一区切りすると、武正はうーんとのびをした。
「あ、そうだ優美ちゃん」
 のびのあとふーっと息を吐いて和らいだ表情で、ごく普通に武正が呼びかけてくる。
「え、あ、ええ?」
 動揺のあまり優美はがたりと椅子を揺らしながら身を引いた。彼の様子はいつも通りに見える。
 優美がこの騒ぎの元凶だと知ってから黙り込んで口を開かなくなった、昨夜の武正とは全く違う。その前と何も変わらない彼。
「昨日は、じゃないなあ。今日になってたけど、メールに返事しなくってごめんねー」
「いや、えっと、かまわないけど」
 その明るさが何故か逆に怖くて、優美はドギマギする。どう反応すればいいのか、昨夜とは違う意味で迷った。
「あれからニノと飲んでてさあ。気付いたら朝だったよ」
「平日に飲み明かすなんて危険だよな……」
「うん、まあねえ」
 武正と二宮は揃って苦い笑いを漏らす。
「二日酔い?」
「いや、ほどほどのところでいつの間にか寝てたらしくってさー。気付いたらニノと毛布一つの毛布取り合ってたんだけど。もうどうしようかと」
「それは俺の台詞だ」
 途方に暮れたように呟く武正に対して、二宮は容赦ない。
「何で人の毛布を奪おうとしてくるかな……」
「敷き布団がなかったから寝心地が悪くて、寝相も悪くなったかなあ?」
「朝イチに野郎の顔が目前にあっても面白くも何ともないんだけど」
「それは俺もだし。って、それはいいんだって。慌てて授業に出てほっとしたら返信忘れてて、ごめんねー」
 武正の表情に嘘は見えない。申し訳なさそうに両手を合わせて、心配そうに優美のことを見る。
「別に、謝ることは。私こそ、馬鹿なことを言い始めて、その……」
 もごもごと優美は口を開いた。ごめんなさい、の一言が素直に言えない。
「よく知らないのに、悪かったと思って、その」
「そんなことないよ。かなり的を得てたし」
 途切れとぎれの優美の言葉を遮るように武正は言い、それに二宮が深々とうなずいた。
「そうそう。そんな申し訳なさそうな顔することないから」
「でも」
「いーのいーの。ナカは図星指されてへこんでただけだから」
「ちょっとニノ、何そんなことばらしてるの?」
「ほらね」
「ニーノー!」
 声を張り上げる武正に、二宮は意地悪く笑って見せた。
「事実を言ったまでだ」
「うっわ、信じられない。男同士の熱い友情とか忘れたわけ?」
 眼前で繰り広げられる仲のよい二人の会話に優美は目を丸くした。
 明るくからりとした言い合いは優美の気持ちを軽くする。気を遣わせてしまったのだろう。
 相原といい、この二人といい、さりげなく気遣いされすぎている。至らない自分に落ち込みそうになるものの、さらに気を遣わせるわけにはいかないと優美は微笑んだ。
「仲がいいんですねえ」
「長いつきあいだからね」
 にこりと武正がうなずけば、
「長いからっていいとは限らないけどな」
 二宮がさらっと突っ込む。
「そもそも仲良くなければこんなに付き合い長くなってないと思うんだけど」
「腐れ縁って可能性もあるだろ」
「……ニノ実は俺のこと嫌い?」
「いやそういうわけでも?」
「何でそんな不思議そうな顔なのーっ」
「何となくー?」
 茶目っ気たっぷりに二宮は軽く武正をあしらう。くそうとうなる武正を満足げに見やって、彼は一つうなずいた。
「よし、馬鹿なことを言うのはやめて今日は帰るわ」
「うわ、ちょっと、言い逃げは卑怯だよニノ」
「人を卑怯だというお前の方がよっぽど卑怯だと思うけどねー」
「どこがッ」
「わからないならいいけど。俺ほど寛大で心が広い人間はいないと思うぜ多分」
 言うだけ言って、じゃあなと手を振ると二宮はさっさと去っていった。
 その背中を武正は睨んでいたけれど、声をかけることなく見送った。
「あーあ」
 肩を落として、息を吐いて。武正はだらしなく机に腰掛ける。
「ちょっと、座るなら椅子にしたら?」
 思わず口にする優美を見て、武正は慌てて腰を上げた。
「あー、ごめんつい。でもこんなところで座り込むのも間抜けだよねえ」
「そんなことはないと思うけど」
「あるってば」
 再びあーあなんて言いながら、武正はぽりぽりと頭をかいた。
「ニノは確かに心が広いと思うけど、たまに容赦ないんだよねー。あんまり素直に話しすぎるとすっぱり切られるんだけど」
「そうなの?」
「そうなんですよ。話すと結構すっきりするんだけどね、一から十まで話すのは無理。あっさりと切り捨てられるから、痛いよ」
「――そうは思えないけど。気遣いもできる人だし」
「うんねーまあねー、そーなんだけど」
 優美の言葉に認めがたいけど仕方ないと言いたそうに、もごもごなにやら言いながら武正はうなずく。
「ニノのように迷いなくすっぱり生きられたらいいと時々思うよ。まあそんなわけで、優美ちゃんこれから暇?」
「え?」
「暇だったらおにーさんとお茶しない?」
「何がそんなわけなの?」
 昨日の今日で誘われる意図がわからない。
 文句を言われるのかなと思ったけれど、その割に武正にはそんな素振りが微塵もない。
 話の流れからしても、なにがどう「そんなわけで」なのかがわからなかった。必然的に優美が思わず問い返すと、武正は軽く首を傾げる。
「えー、いや、ニノと対決してのど乾いたし?」
「……わかったわ」
 それで何で一緒にお茶なのか意味不明だけど、ここで断ることはできなかった。
 荷物をまとめて立ち上がりながら、優美は心の中で誓いを立てる。
 今日別れるまでに、必ず謝ろうと。
 先導する武正について行きながら、優美はずっとタイミングを計っていた。彼の話す言葉を聞いて相づちを打ちながら、ずっと。
「どうしたの?」
 素直に謝ると心の中で呪文のように繰り返していた優美の緊張に気付いたのか、武正がふと尋ねる。
 突然のことに驚いて、思わず口をぱくぱくさせてしまう。そんな優美に逆に驚いた顔をする武正を見て、優美は腹を決めた。
「昨日は、失礼なこと言ってごめんなさい」
 ぺこりと一つ、頭を下げる。
 口にしてしまえば簡単なことで、晴れやかな気持ちになる。きちんと謝らないと、今まで通りにすることがどこか苦痛だった。
「言ったのはほとんどニノな気がするし、謝る必要もないと思うけど」
「ええとまあ、そうだけど。二宮さんがあんなことを言った原因は私にあるから」
 軽く口の端を上げて、武正は足を早める。
「まあ、それはそうかもねえ」
 やんわりとした肯定に優美は居たたまれない気持ちになった。突き放されたような気がして足が緩み、自業自得だと自嘲する。
 自然と二人の距離は開いた。
「でもさ――」
 顔半分振り返った武正は驚いたように言葉を止めた。首を傾げて立ち止まり、優美が追いつくのを待つ。
「ニノは基本は単純明快だけど、意外と策士だからね。きっと内心ずっと考えてたことをここぞとばかりに吐きだしたんだよ。優美ちゃんの言葉はきっかけ。勝機をつかんだから言ったんだと思う」
「勝機……?」
「そ。ものすごーくしてやられた気分だよ俺は。優美ちゃんは悪くないよ。主犯はニノだから、うん」
 わざとらしく眉間にしわを寄せた難しい顔を作って、武正は冗談めかしてうなずいた。
 本当に気にしてなさそうな、いつも通りの彼だった。そのことを何度も確認して、優美はほっとする。
「だから別に謝らなくていいから」
「だったら、よかったわ」
「うん。あー、もしかして俺が返事忘れてたから気にしてた? 気にしてた? うわ、ごめんねー」
「私にこそ、謝る必要はないわ」
「でも、そんなに気にしてくれてたなんて。ほんとごめんだー」
 突然に気付いて謝罪を始める武正に、優美は慌てて首をぶんぶん振った。
 気にする必要があったのは自分が悪いからで、気にしてしまったのは自分の責任だ。申し訳なさそうにされても困ってしまう。
「知り合って日が浅いのに突っ込んだこと言った私が悪かったから」
「時間の長さは関係ないよ。指摘してもらえるのも、ありがたい話だし。それに、耳が痛いことを言ってくれる人は親友だって言うでしょ?」
「言うのかしら」
「言うんですよ」
 迷いなく、きっぱりと真顔で武正はうなずいた。驚いて優美は言葉もない。
「――だめ?」
 沈黙に耐えかねたらしい武正が再び口を開いた。大の男がこくりと首を傾げる様が、優美の目には何故かかわいらしく見えた。
 線引きがきっぱりしているらしい彼はどうやら優美を親友にカテゴライズしたいようだった。わざわざ聞く辺りが、いかにも彼らしい。
「駄目じゃ、ないけど」
「けど……?」
 いいのかしら、呟く前に武正が悲しげに眉を下げる。
「――いいわ、いいわよ」
「よしっ」
 哀れみを誘う顔を見せられて、言おうと思った言葉が消えた。こくりと優美がうなずきを返すと、武正は拳を握りしめた。
「じゃあ今日は親友記念だねー。よし行こう」
 浮かれた足取りで武正は再び歩き始める。慌てて優美はその後を追った。
「親友〜親友〜親友記念〜」
 そして適当な節を付けて適当に歌い始める武正に追いついて、うなずいたことを早速後悔した。

2007.02.19 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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