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第三話 変な人と城上祭

23.そしてそれに気付かされた

 それから城上祭までは、あっという間に過ぎていった。
 何故か毎日顔を出し始めた武正は、自分が「コナカタケノジョーの双子の弟」だと思われている安心感があるのか、あっさりサークルにとけ込んでいった。
 すんなりみんなと仲良くなっていく武正を優美がうらやましく思ったのは一瞬。
 前にも増して明るい笑顔で前と同じく話しかけてくる武正と相原との間に挟まれた優美も、自然に中にとけ込んでそんなことを気にする暇がなくなってしまったから。
 それにしても武正の馴染み方はすごかった。特に優美が驚いたのは、いつの間にか相原と仲良くなってしまったことだ。
 武正は当然のような顔をして、相原の指揮する提供者向け契約書組に紛れ込んだ。
「俺は権利関係には厳しいからねー」
 なんて言って意見をいろいろ出したのを、相原が渋々認めたのがきっかけ。いったん警戒を解いてしまえば相原はすんなりと武正のことを認めた。
 元々相原は誰とでも仲良くできる質のようだから、当たり前と言えば当たり前かもしれない。
 学祭前の三日間の授業はほとんど休講。大学も学外へのアピールのために学生のがんばりを期待している。それに応えるように画商部の面々も忙しく働いた。
 簡単に流れを説明したチラシが二種類。契約書を両面コピーで数部。それなりの見栄えを確保するためにブースの飾り付け。
 当日が近づくにつれて慌ただしくなっていく。
 優美はその様子を眺めながら比較的離れた場所で、アピールボードの仕上げに集中した。
 もっとも忙しそうなのはやはり二宮だ。あちらこちらに指示を飛ばし、自らも忙しく動き回る。次いで忙しそうにしているのは幹部の戸田と相原。さらには二宮と古いつきあいの武正もいつの間にか中枢に入り込んで動いていた。



「おつかれー」
 開催前日、準備したテントの下、描き上げたボードをどう置けば人目を引けるのか散々悩んで結論を出した優美に、武正は笑顔で近づいてきた。
「いいねえ」
「ありがと」
 屈託のない笑顔に優美はこくりとうなずいた。
「そう言ってもらえると安心する」
「優美ちゃん頑張ってたもん」
「努力が常に認められるとは限らないけどね」
「そりゃまあそうだ」
 可愛くないことを言う優美に武正はあっさり同意した。
「でも、優美ちゃんの絵、俺は好きだなー」
「……それはどーも」
「はい、差し入れ」
 しみじみと呟いた後で、すっと武正は上着のポケットからペットボトルを取り出した。
「いいの?」
「うん」
 ありがとうと呟いて、優美はそれを受け取った。紅茶のホットのミニボトル。指先が冷えていたからありがたかった。休憩がてらテントを離れて、近くのベンチに座り込む。
「明日だね」
「そうねえ」
 武正は自分用に反対側のポケットから缶コーヒーを取り出して、プルタブを開けると口をつけた。
「あっという間だったね」
「ええ。すっかり、サークルの一員になったわね」
「俺?」
 紅茶でのどを潤してぽつりと優美が呟くと、武正は自分を指さした。うなずく優美に、そうだねえと彼はのんびり同意する。
「お仕事、忙しいんじゃないの?」
 周りに誰もいないのを確認して優美は問いかける。軽く目を見開いた武正は曖昧にうなずいた。
「大丈夫?」
「だよ。セーブしてるから。学生の本分は勉強だったり学生生活だったりするからさ。ようやく普通の学生生活って感じになってきたかな。これも、優美ちゃんやニノのおかげ」
 思わぬ言葉に反応できない優美を武正はにっこり見つめた。
「せめて祭りの間くらいはね。その後はまあ、どうなるかわからないけど」
「……そう」
「うん。まあでも、こんな毎日出る必要もないだろうし。ほどほどに参加させてもらおうかなとは思ってるよ」
 そこで武正は人に呼ばれて慌てて去っていった。武正の背中を見送りながら優美は紅茶を一口。
「いい雰囲気じゃなーい?」
 その言葉に優美は危うく紅茶を吹き出しそうになった。
 背中からかかった声は相原のもの。恐る恐る振り返ると、やはりそこにいたのは相原だ。
 茂みの後ろにこっそりと座り込んでいる。小柄な彼女だからできる技だ。
「みみみみ、湊さん……!」
「あらかわいい。いい動揺っぷりねー」
「いっ、いつからそこにーっ」
 動揺のあまりどもりながら声を張り上げる。相原はわざとらしく耳を塞ぎながら、さあねえと呟いた。
「さあねえって……」
 優美は何を話しただろうと思い返した。相原に知られてはまずい内容を微妙にかすめていた。
 仕事――その言葉で武正がコナカだと気付かなければいいけれど。
「あら何か聞かれちゃまずいことでも話してた?」
「別にそんなことはッ」
 動揺したらまずい。悟られてしまう――優美はそう思ってお腹に力を入れて否定した。
「ものすごーくいい雰囲気だったから思わず出歯亀しちゃった。告白でもされた?」
「何でそんな話にするんですかっ」
「えーだってー」
 思わず言い返しながら優美は安心した。
 残念そうに「違うのかぁ」なんて、本気で相原は言っている様子だから。
「でもさあ。優美ちーは、小中好きでしょ?」
「はっ?」
「小中も優美ちーが好きと読んでるんだけどなあ」
 再び残念そうな、違うのかぁ。優美はその声を呆然と聞いた。
「いったい何の話を……」
「恋バナ?」
「何でそんな話に……」
「乙女フィルターは何でもお見通しよ?」
「ものすごーい誤解っぷりなんだけど……」
「あらそうおー?」
 ごそりと相原は茂みの間から出てきて、ぱんぱんと葉っぱを払った。動きやすくて汚れてもいい服を着てきているから、こっそりと忍び寄ってきていたものらしい。
「大体、誰があの人を好きだって言うんですか」
「優美ちーが、小中を」
 相原は優美を指さして、それからテントのところで動いている武正を指さした。
「好きでしょ?」
 真っ向からあっさりと言われて優美は絶句する。
「な、いったい、何を!」
「顔が赤いわよ優美ちー」
「だって!」
 与えられた情報を脳が処理しきれない。顔が赤いとしたら、沸騰しそうな脳が原因に違いない。優美はぐっと拳を握りしめて、文句を言おうと口をパクパクさせる。
「どこを、どうとったら、そんな話に」
 言われて相原はふっと微笑んだ。
「だって、優美ちー小中のこと目で追ってるし?」
「そ、ですか?」
「うん――無自覚?」
 首を傾げる相原に返事もせずに、優美は考え込んだ。
 これまでの行動のどこが相原にそう思わせるのだと考えに考えて。相原の言葉がそう的外れでないことに気付いて愕然とする。
「恋する乙女オーラが出てたわよー?」
「そんなの出すわけがない……」
 力なく漏らす優美の頭を何故か相原はぽんぽん叩いた。
「出てた出てた。さっきも後ろ姿を見送ってたし?」
「それは、確かに見てたけど。それが湊さんでも見送ったと思う」
「それならいいんだけど。でも――」
「でも?」
「んー。いや、なんでもないわ。いつまでも休んでたら二宮に怒られるし、いこ?」
 言葉を途中で止められると、優美はなにやら落ち着かない。それなのに相原はかまわず優美をせき立てて、テントに歩き始めた。



 翌日、城上祭開催初日はいい天気だった。見上げた空が高い。
 これまでも十分高まってきた祭りムードがついに弾けて、どこもかしこも浮かれた様子だった。
 オープニングイベントは運動場にしつらえられたステージで行われる。ステージにほど近い位置をキープできたのはイベント後に画商部のアピールタイムが待っているからだった。
 それなりの数の人間がステージ前にいる。
 武正と二宮はぼそぼそと最終打ち合わせをしていた。
「けっこー人がいるわねえ」
 その中でのんびりと呟いたのは相原だ。
「ですねえ」
 ブースの店番は交代制。リーダーの二宮がステージに立ち、相原が「えせコナカの舞台で疑似コナカを体感したい」と言い張れば、残る幹部は戸田しかいない。彼が開始直後の管理を引き受けて、アピールの成果を待っているはずだった。
 優美がステージ間近まで同行したのは、こうなった責任を感じているからだった。
 時が押し迫り、準備に手を取られ始めるとステージまで頭が回らなくて、結局何をどうするのかサークルメンバーの誰も知らない。
「オンステージ楽しみにしてるぜ、小中」
 かけられた声に武正は「歌っちゃうぞう」なんて答えて、それだけはやめろと相原に突っ込まれていたが。
 オープニングは明るい司会コンビの進行で始まり、次は学長の挨拶。真面目な話をぶった切るように司会コンビが紛れ込むと、ステージ右斜め後ろに張られたスクリーンに投影された学長は明らかに苦笑して、早々に話を切り上げた。
 簡単な会場の説明の後で、見所企画の説明。初日のステージの流れの説明にスペシャルゲストステージの紹介、司会コンビは軽快に話を進めていく。
 最後にミスコンについて念入りな説明をして、オープニングは終了のようだった。
「じゃあみんな楽しめよー? 本日十五時からの俺たちのステージもよろしく」
「じゃあ始めるぞ。1・2・3……」
 司会の二人のカウントに合わせて、特大のクラッカーが鳴らされた。それがスタートの合図だとばかりに、ぞろぞろとステージ前から人が移動を始める。
「よし、行くぜナカ」
「おー」
 気合い十分の二宮に対して、すっと眼鏡を外しながら武正は軽く拳を上げる。
「任せたわよー!」
 相原の声を背中に二人は足早にステージに歩み寄った。
 二人が近寄ると、ステージ前がやや慌ただしくなった。ステージを降りた司会からマイクを預かって、彼らは階段を駆け上がる。
「どーもー」
 そしてマイク越しに大きく響いたのは武正の声だ。
「画商部です。合唱部じゃないです。えー、最近できたサークルです。部とかついてるけどサークルです」
 いきなりの大音声に驚いたのか、その声に驚いたのか移動する人の足が緩む。
 ざわりとどこかで「コナカだ」の声が上がったのは当然だろう。ステージスクリーンに武正の顔が大きく映し出されている。
「残念、外れ。こいつは偽者」
「その言い方はちょっとひどいよー」
 後ろからぺしりと二宮が武正の頭を叩くと、武正は顔をしかめて振り返った。打ち合わせを行っていた割には、普段通りのように聞こえる会話。
 間延びした武正の声が一帯に響いた。ざわざわと周囲が騒がしくなり、ほとんどの人間がステージ前から去るのを止めたようだった。
「こう、せめてコナカ二号とかそういう呼び方のほうが」
「――二号の方がひどいと思うけどな」
「え、そう? じゃあコナカに対抗してオオナカで?」
「お前がいいなら止めないけど」
 うんいいよーと武正は応じて、笑顔で正面を見た。
「というわけでみなさまおはよーございます。画商部のオオナカ、カッコ仮ですー」
 底抜けに明るい声で自己紹介して、ぺこりと一礼。
「カッコ仮って何カッコ仮って……」
 ぶつぶつ文句を言いながらも相原は楽しげにステージを見上げている。
「で、こっちは我が友のニノ――二宮。何を思い立ったか、突然新しいサークルを立ち上げた時々アクティブな男です」
「……時々ってなぁ」
 二宮のささやくようなぼやきをマイクが拾って、大きな音にする。二宮は驚いたように身じろぎして、武正がそれを見て遠慮なしに笑った。
「何やってんの、ニノ。とりあえず、えーと、こんな俺たちでうちのサークルの紹介に来ましたー」
 わははははと豪快に笑った後でそれを収めた武正は、妙に間延びした声を出す。「よろしく」と多少憮然とした顔で二宮も頭を下げた。
 そこからは、武正のインタビューに二宮が答える方式で、さくさくと説明が進む。尋ねる武正も応じる二宮も、堂々としていた。
 最後、ことさら目立つようにブースナンバーを告げて、彼らはステージを降りた。

2007.03.19 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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