IndexNovel変な人シリーズ

第三話 変な人と城上祭

24.ステージの功罪

 アピールタイムはある程度の効果を上げた。興味を引かれた人間が次々に訪れたという意味で。だがサークルが求めるお客様は、全体からするとかなり少なかったが。
 その原因は考えるまでもない。「コナカのそっくりさん」に興味を引かれる人間は多くても、画商部そのものに興味を持つ人間がそう多くなかったのだ。
 そもそも本来のターゲットが芸術学部の学生しかいないのだから、割合としては妥当なのかもしれない。
 アピールタイムを終えてブースに戻ってきた武正はそれを知るや早々に逃げ出し、それに二宮は苦笑して相原は機嫌を悪くした。
 ブースに満ちるのは黄色く甲高い女の子の声。次々に現れる彼女たちの大半は興味本位ですぐ追い払えるが、本気でコナカのそっくりさんに会ってみたいという強者は追い払おうにもそう簡単には追い払えない。
 ちょっとくらい、いいじゃない。本人を出してよ。あんた何様ー?
 時折混じるそういう輩に限って、口が悪く態度も悪い。対応に苦慮したのは主に二宮だ。サークル代表だという責任感もあるのだろう、戸田や他の当番と協力してやってきた女の子に丁重にお引き取り願っている。
 その代わりに受付を任された相原は、ほとんどこない問い合わせの合間に、延々とぼやいていた。
「ったく、偽者ごときで何を騒いでいるんだか」
 相原の隣で受付に座る優美はただ苦笑するしかない。本物だから信じた人もいるんじゃないかとはもちろん言えない。
「小中がコナカのことで引いちゃう意味、わかった気はするわ。ありゃあうんざりね」
「そうねえ」
「よく二宮は引っ張り出したもんだわ。確かにまあ、私や二宮がステージでわあわあするより効果はあったんだろうけど――微妙なところもあるわよね」
 インパクトはあったかもしれないけど効果は微妙だわぁと相原は頬杖をついて、ため息を漏らした。
「タチ悪いわ。あれが同じコナカファンかと思うと、むかつく」
 腹に据えかねたような言葉が相原の口から次々と漏れる。微妙に言葉は違うものの、同じことの繰り返し。
「大体、コナカと小中じゃ印象が大分違うっつの。大事なのは中身よ中身――そりゃ、見た目がいいに越したことはないけどさあ」
「そんなに違いますか?」
「違うわよ」
 きっぱりと相原は断言した。真実を知っているだけに優美の心は複雑だ。
 ひっきりなしに訪れるたくさんの女の子。その唯一の目的は武正。みんな偽者だと思ってはいるだろうけど、本当は本物のコナカタケノジョーで。
 彼が本物だと知られたらどうなるのだろうと優美は考えてみる。そう長くないアピールタイムだけでこの騒ぎだ。知られたらきっと、これ以上の騒動になる。武正が人と距離を置く理由がよく理解できた。
 武正が優美に対して気楽だったのは、彼女がコナカタケノジョーのことを全く知らなかったからだろう。
 陰に潜むように、誰に目にも触れないように――武正は一年半と少しの間、城上で過ごしてきたのだろう。なのに、彼を人目につくところに優美が引っ張り出したのだ。その結果、彼は逃げ出した。
 ずんと、心が重くなった。この結果は望んだものじゃない。本人が納得しての行動だったとはいえ、責任は優美にあるのだ。
「気に病むことはないわよ」
 はあと無意識にため息を漏らしたことに自分で驚いた優美に、相原は気遣う声をかける。ねっ、と腕を掴んで、にっこり微笑む。
「外面でしか判断しない輩が嫌で逃げ出したんだから、アイツ」
 それこそ、優美が気に掛けることなのだ。本当のことは言えなくて、優美は曖昧に笑うしかない。うまく笑えていなかったのか、相原は眉を寄せた。
「辛気くさい顔しないの」
「元からだもの」
 可愛くない優美の呟きを、めっと相原は視線で叱ってきた。ぐっと握る腕に力を込めて、「気に病むことなんか全然ない」と重ねて言った。
「もー、そんなんじゃ、ますますお客さんが来なくなっちゃうじゃない」
「ごめんなさい」
「謝るなら……」
 言いかけた相原は何かに気づいたように言葉を止め、ぱっと優美の腕を離した。
「小中を捜してきたら?」
「は?」
「そーよそーよそうそうそう。我ながらグッドアイデアー!」
「み、湊さん?」
 相原の目は真剣そのもの。自然と彼女を窺う優美の視線は恐る恐るといったものになる。口角をにっと持ち上げ強引に優美を立ち上がらせて、有無を言わせず相原は優美の背を押した。
「よしそれがいーわ」
「いや、その、湊さん……」
「小中にはフォローが必要だろうし、それが一番いいわ。どうせお客さんも少ないし、暗い顔でいられても近寄りがたいから、フォローの任務はゆみちーに任せた!」
「でも、ほら……」
 抵抗してはみるものの、続く相原の押しに最終的に優美は折れた。確かに陰鬱な顔でブースにいても邪魔だろうし、武正のことは気になる。
「いいんですか?」
「いいのよ」
 優美の口ぶりが変わったのを見て取って、相原はとびきりの笑顔でうなずいた。いってらっしゃいと手を振るのに見送られて、後ろ髪を引かれつつその場を離れる。
 学祭に沸く敷地内はどこに行ってもたくさんの人だった。道の両脇に様々な露店やブースが設けられ、いつもより道幅が狭い。そこをいつも以上の人が歩くものだから、いくら城上大が充分な敷地に余裕を持って道を作っていても祭りの期間中は歩きにくい。
 なんとなく中央に向かって歩き出した優美はすぐにうんざりした。人が多く気疲れする。だからそっと人の少ない脇道にそれて、嘆息した。
 こんな人ごみの中で求める人が探し出せるとも思えない。よっぽど運がいいか、偶然に助けられなければ無駄足に終わるだけだろう。
 確実なのは連絡を取ること。だが、それをしていいものかどうかわからない。納得の上でしたことだとしても、人前で語ったことを武正が後悔したのならば、一番恨みに思うのは優美に対してだろう。なのに連絡などすれば怒りに拍車がかかりかねない。直接目を見て、反応を見ながら話すのが一番だ。
 落ち込みそうになる自分を叱咤して、優美は顔を上げる。偶然は当てにできない。連絡もできない。次善の策はこれまでに彼と遭遇した場所を巡ることくらいか。
 頭の中に地図を広げつつ、優美は歩き始めた。我ながらいい事を思いついたと自分を褒めてやりながら休まず進む。どこもかしこも普段と様子が違い、回り道を何度もする。調子が良かったのは最初だけで、次第に疲れが回ってきた。
 今まで見かけたどこかにいるのかもしれないと思いついたときはよかった。でも幾箇所も不発に終われば、不安が頭をもたげてくる。優美が頼るのは今まで出会った場所だけど、逆に武正はそこを避けるかもしれない。心当たりをすべて見終えて、どこにもいなければどうしよう。
 不安を覚えて足どりがどんどん鈍くなった。心当たりを周り終えてそこから新しいどこかを見つけ出す気力は沸きそうにない。鈍い足どりで、それでも優美は歩き続ける。いるかもしれないしいないかもしれない、いないかもしれないしいるかもしれない。
 一歩踏むごとにいるいないを心の中で何度も呟いた先、最後に目指したのは武正が教えてくれた秘密基地のところだった。
 ここが一番いそうだと思う、祭りの気配から断絶された取り残されたように静かな場所。奥まった所だし、人目を避けられる。逆にここにいなければ、ここを知る優美を避けているのだと思わずにいられないところ。
 彼は優美よりもよほど学内に通じているだろうから、他にも秘密の場所を持っていて単にそちらが近いからここに来ない可能性も充分にあるかもしれない。
 落ち込みかけた自分をなぐさめるように言い訳を思いつく。そんなだから気持ちが忙しかった。なのに足はその忙しさをさっぱり反映してくれず、亀の歩みの果てに優美はとうとうそこにたどり着いた。
 見つめた先、木の根元に投げ出された腕にどきりとする。
 丁度優美から見て正面の木を背に座り込む人の姿。武正のお気に入りの場所に彼と同じシャツを着て座っているのは本人でしかありえないだろう。それ以外の誰かだったら、人ごみにまぎれて武正を捜してもすぐに見つかると信じて捜索を続けてもいいと思えるほどの偶然。
 優美は恐る恐るさらにゆっくりとそちらに歩く。気付かれないように足音を殺そうと思ってもそううまくはいかない。それでも慎重に優美は歩を進めた。一歩、二歩、三歩。自らの呼吸音さえ気になる。
 投げ出された腕に神経を集中していたから、自分の足元で音がしてそれに反応してびくんと腕が上がった時には驚いた。枝のような物を踏んだと認識するより、そっと木の陰から武正が顔を出すほうが早かった。緊張したような眼差しが優美を射抜いて、その後ふっと緩む。
「優美ちゃんかー」
 拍子抜けしたような言葉に、優美の方こそ拍子抜けした。武正は優美が不安を胸に自分を捜していたことをちっとも気付いておらず、ごく普通にいつもどおりの彼だった。
 怒りも見えないし、恨みを感じていそうでもない。ごく気楽な様子でにっこり笑って、優美を手招くほどだ。ほっとするような釈然としないような気持ちに簡単に名前はつけられない。優美はどうしたものかと迷った末に、彼の招きに応じることにした。右側から回り込むと優美に武正はすっとビニール袋を差し出してその上に座るように促した。優美はそれを受け取って、武正の正面に座り込む。
「休憩時間?」
「ええ、まあ」
 まさかあなたを捜す為に相原にブースを追い出されたなんて優美は言えなかった。苦笑してうなずく表情を誤解したのか武正は顔を暗くする。
「あっちは、どう?」
「ひっきりなしよ」
 嘘は言えなくて優美は正直に答えるしかない。ごめんなさい、と言えなくなる前に勢いで続けた。
「なんで優美ちゃんが謝るの?」
 説明できないわけでもないけれど返答に詰まる優美を見て、武正はうっすらと笑う。彼らしくない、突き放したようなそんな笑み。優実はさらに言葉に詰まった。
「自分の行動の結果だよ、ぜーんぶね」
 武正は自嘲的な笑いを浮かべているだけで、優美を責めるような様子は全くなかった。それでも突き放すような言い方にかけるべき言葉は見つからず、いたたまれなくて優美は身を縮めるしかなかった。
「……原因も結果も、自分の決断の末だし」
 じっと黙って何かを考えていた武正は、やがて静かに口を開いた。
「後悔するとしたら、今日じゃないよ。もっとずっと昔」
「ずっと昔?」
「そう。原因はそこでしょ」
 反射的に何の原因か問おうとしたけれど、口を開く前に止めた。どこか遠くを見ているような武正は、聞き返されることを期待していないと思ったから。
 かわりに彼の視線を何度なく辿る。優美を通り越して、遠い空を見ているようだった。何を考えているんだろうと想像して、そこでようやく原因に思い至った気がした。
「何もかも、そこが前提なんだよなあ」
 話すと言うよりは、自分に言い聞かせるかのように彼の言葉は空に消えていく。遠くに行った視線が不意に戻ってきた。
「ま、仕方ないよね」
 次いで、からりと彼は言い放つ。
「過去は消せないし――。今、一歩踏み出せたのはよかったんじゃないかな」
 優美には想像できない何かを考えて結論づけたのだと思う。うんうんと自分に言い聞かせるように武正はうなずいて、それからにっこりした。
「心配かけて、ごめんね?」
 優美はとんでもないと首を振った。謝られるようなことは何もしていない。
「私のせいだから」
「違うよ、優美ちゃんのおかげ。おかげでちょっと吹っ切れたんだから。ありがとね」
 お礼を言われるようなことだって、優美は全くしていない。とんでもないと身を竦める優美に武正は苦笑する。
「いや、ほんと。サークルのみんなもいい奴らばっかりだしさ。優美ちゃんが後押ししてくれなかったら、その出会いはなかったわけだから」
「でも――」
「ブースに押しかけてきた子達には、うんざりしたけどね」
 優美が言うのに先回りして、武正はちょっとだけと指で指し示す。「利の方が大きいよ」なんて先回りして言われたらそれ以上何も言えなくなって、優美は居心地悪く黙り込むしかなくなったのだった。

2007.05.01 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

<BACK> <INDEX> <NEXT>

感想がありましたらご利用下さい。

お名前:   ※ 簡易感想のみの送信も可能です。
簡易感想: おもしろい
まあまあ
いまいち
つまらない
よくわからない
好みだった
好みじゃない
件名:
コメント:
   ご送信ありがとうございますv

 IndexNovel変な人シリーズ
Copyright 2001-2009 空想家の世界. 弥月未知夜  All rights reserved. Never reproduce or republicate without written permission.