IndexNovel変な人シリーズ

第三話 変な人と城上祭

27.認識するとき

 浅い眠りと目覚めを繰り返した後の朝に、すがすがしさはかけらもない。ベッドの中から手を伸ばして、優美は携帯を手元に持ってくる。
 午前五時半過ぎ、起きるにはあまりにも早すぎる。それもあって携帯を放り出すと優美は布団をきゅっと寄せて寝返りを打った。
 もてあます気持ちの方が大きくて、普段にないくらい寝返りを繰り返している。寝返りの合間に時折意識が飛ぶといった具合だ。
 浅い眠りは夢を伴い、無意識のうちに優美を苛む。意識が浮上する度にのたうち回りたい気持ちをこらえて、寝返りを打つ。
 無限のループに紛れ込んで、そこから抜け出せない――いや、抜け出す方法はあるのだろう。それを悟っていても一歩踏み出せないという方が正解か。
 再びごろりと体勢を変えて、優美は嘆息した。
「あの酔っぱらいめ」
 忌々しく吐き出しても思いは晴れない。
 浅い眠りの間中に昨夜の出来事を飽きるほどに繰り返した。何かあったかと改めて考えると取り立てて何もなかったけれど優美にとっては大事件だったのだ。
 酔っぱらいの戯れ言――そう切って捨てればそれまでなのに、そうできない。その理由は明らかだった。
 何度も寝返りを繰り返した先に、重い頭を振りながら優美は起き上がる。最近動き詰めだったから疲れているし、城上祭が終わり、明けた今日は休校日。もう少し寝ていても罰は当たらないと思うけれど、どうにも寝られそうにない。
 起きて何かをしなければ、思考の堂々巡りで気疲れするだけだ。悟りを得た心地で結論を先送りにする。
 時間を確認するために携帯を持ち上げて、前回の確認から二時間ほど過ぎたことがわかったところまでは優美の計画通りだった。
 が、時間を確認して携帯をテーブルに置こうとした時に、短い平穏は終わりを告げた。
「うわっ」
 昨夜からマナーモードのままで、着信音は鳴らない。明るい液晶画面だけが着信を明らかにする。
「わわわ」
 表示された名前は小中武正。慌てた挙げ句に変なボタンを押したのか、留守番電話メッセージ応答なる文字が画面に浮かぶ。解除しようと焦っていろいろなボタンを押した結果、文字ごと通話が消えて優美は唖然とした。
「き……切っちゃった」
 そんな失礼なことをしてそのままにしているなんてできない。仕方なく優美は電話帳から武正の情報を呼び出した。
 電話は得意じゃないけれど――意を決して通話ボタンを押して、携帯を耳に当てる。
 反応があるまでツーコール。
「あの、ごめんなさい間違えて切っちゃって」
 コール音が終わった瞬間に優美は口早にそう告げた。
「あはは。応答メッセージが流れるなり切れたから、ちょっとびっくりしたよー」
 屈託ない返答に優美はほっとする。機械は苦手でとごまかし笑うと武正はくすくすと笑った。
「もしかして優美ちゃん、寝ぼけてた?」
「そんなことっ!」
 武正の笑いが深くなり、比例して優美の機嫌は悪くなる。寝ぼけるほど寝ていたつもりもないし、それでも寝ぼけていたと武正が言うのならば原因は他ならない彼だ。
 誰のせいだと思ってるのと八つ当たりしたい気持ちを優美はぐっとこらえた。
「朝っぱらから、何の用よ」
 憤りをこらえた反動で常以上に愛想のない声が優美の口から漏れる。不機嫌を悟ったらしい武正はぴたりと止めた。
「あ、えーとあのね優美ちゃん、おはよう?」
「挨拶しにかけたなんて言わないわよね?」
「うん、それはもちろん」
 そうは言うのに武正はなかなか次を言わない。
 優美は軽く息を吐いて、ベッドに舞い戻った。足を床に投げ出したまま背だけころりと布団に投げ出す。
「ところで優美ちゃん、今日はお時間ある?」
「時間?」
「そんなに長いことじゃなくていいんだけど。五分、いや十分――待って、十五分くらい?」
「どんどん伸びてるけど」
「あー、お昼とか一緒に食べたりどーだろう」
「はあ」
 武正の意図が読めなくて、優美の反応は鈍くなる。
「短い時間でいいんだけど。駄目?」
「駄目、じゃ、ないけど」
 彼が今どういう表情をしているのか、ありありとわかってしまった。戸惑いながら呟いた瞬間に「やったー」と明るい声が聞こえて、しまったと思っても遅い。
「どこで待ち合わせしよっかー」
 うきうきと弾む声に今更否は言えない。優美はこっそりと息を吐いた。



 待ち合わせは夏に行ったカフェに十一時半ということなった。
 ゆっくりと準備をしても余裕で間に合う指定時間。なのに優美は間に合うぎりぎりの時間で部屋を飛び出すことになる。
 似合わない逡巡が優美を支配して、何を着ていこうか迷ったからだった。結局のところ、迷ったとも思えないほどいつも通りの姿で出かけたのだけど。
 それもこれも昨日の武正のせいだと優美は心中文句をつけた。
 非常に認めがたいことだけど仕方ない。優美は武正に弱い。それは母性本能のようなものと思いこもうとしても、どうやら無理のようだった。
 人の意見に左右されるようでしゃくなのだけど――優美は走りつつ嘆息した。昨日のドキドキは、どうやらときめきとやらに類似したもののようらしい。
 だから、調子が狂う。
「おはよー」
 胸の中でぶちぶち言いながら待ち合わせ場所にたどり着くと、武正は準備万端でカフェの前に佇んでいた。優美を見て明るい笑顔で挨拶をしてくる。
「走ってこなくても逃げないのに」
「遅れるわけにはいかないわ」
「少々遅れても俺は大丈夫だけど。まだ半じゃないし」
 時間を確認して武正は言う。息を整えながら優美はそう、と応じた。
「ごめんね、呼び出したりしちゃって」
「何でそこで謝るかな。嫌だったら最初から来ないわ」
「そう言ってくれるとうれしいなー」
 満面の笑顔を優美に見せた武正はカフェの扉に歩み寄り手をかけた。
 数ヶ月前と同じ慣れた足取りで奥に向かう彼を追い、同じ机に同じく向かい合わせに座り込む。黒革表紙のメニューを武正はテーブル上に取り出した。
「どれにする?」
 すでに彼自身は心を決めているらしい。見えやすいように置いてくれたメニューを優美は繰った。
「日替わりワンプレートかな」
「よしきたー」
 城上大が休日である影響を受けてか、カフェの客はカウンターに数名いる程度。武正が張り切って手を振り上げると、優美も見覚えのあるエプロン姿の女の子――実香がすぐにやってきた。
「こんにちは、タケさん」
「こんちわー」
 明るい挨拶に武正も明るく返答する。実香は水とテーブルに置いた。
「えっとね、大盛りナポリタンと日替わりワンプレート。あ、サラダも頼んじゃおっかなー」
「サラダの種類は……」
「えっと、シーザーで」
「日替わりワンプレートのお飲み物はどうします?」
「だって」
「ホットミルクティーを」
 武正の視線を受けて優美は口早に答える。実香はこくりとうなずいた。
「かしこまりましたー。ナポリタン大盛りとシーザーサラダ、日替わりワンプレート。日替わりプレートのお飲み物はホットのミルクティー、ご注文は以上でよろしいですか?」
「あ、ごめん、コーラ追加で」
「ではコーラを追加で。お飲み物はお食事と一緒にお持ちしていいですか?」
 優美と武正がうなずくのを確認すると、少々お待ちくださいと言って実香はカウンター奥に下がっていった。
「来てくれてありがとね」
「別に、お礼を言われるようなことはしてないわよ」
 武正が改めて口にするのに冷静に優美は応じた。
「えー、でもありがたいんだから、ほんと。よかった」
「よかったって、何が?」
 心底ほっとしたと言わんばかりの態度が優美は不思議でたまらない。そもそも、こうやって彼に呼び出される自体が疑問だった。
 これまで何度か一緒に食事の機会はあったけれど、それは偶然の重なりの結果。こんな風に積極的にわざわざ待ち合わせることなんて、これまでなかったのだから。
 優美が首を傾げると武正はごまかすように笑った。
「いやー、まあー、ねえー?」
「なに?」
「あー、ほらだから」
 煮え切らない調子で武正はぼそぼそ言う。内心首を傾げつつ、水のグラスを持ち上げグラスの中の氷が涼やかな音を立てるのを楽しみながら、優美は続きを待った。
「ちょっと昨日は軽率だったかなと」
 意を決したらしい武正がついに口にした。グラスに唇をつけた状態で優美はかたまってしまう。
 我に返ってそろそろとグラスを下ろすと、何故かため息が漏れた。
 軽率――確かに昨日は、軽率だったろう。優美は思わず納得してしまう。おかげでひどく悩むことになってしまった。だから気にすることないなんて、すぐに言えない。
 昨日のことを気にして、フォローのつもりで呼び出したのだとしたら、なんて余計なことをする人なんだと心の中でなじる。思わず続いた二度目のため息に武正はぴくりとした。
「あ、あのね」
 どことなくおどおどと武正は口にする。優美は気を取り直してひらひら手を振り、その言葉を止めさせる。
「確かに軽率だったわね」
「反省してます」
「酔って気が大きくなったのかもしれないけど、もうちょっと気をつけた方がいいんじゃないかしら――見られちゃまずい人に見られたら、大変なんじゃないの?」
 声を潜め、優美はそう指摘する。
「えっ。見られちゃまずい人なんて俺、いないよ?」
「そりゃあ、城上にそういう人はいないだろうけど、念には念を入れた方がいいんじゃない?」
「鷹城にもいないし、だから城上に来るなんてないってば」
「鷹城?」
 優美はきょとんと首を傾げる。どうやら会話がかみ合っていないと武正もその言葉で気付いたようだった。
「え、えーと。何の話だった?」
「週刊誌の人とかに見られたら、大変だったんじゃないかなと」
「あー、あー、あああああぁ」
 ぽんと手を打って、武正は優美の言わんとすることを理解したようだった。
 城上にはまさかいないだろうけど、一瞬とはいえ路上でコナカタケノジョーが女の子を抱きしめているなんて知られたら、きっと週刊誌の格好のネタとなる。
 相原はもちろん騒ぐだろうし、祭中にブースに来た女の子達だって騒ぐに違いない。優美は噂の渦中に巻き込まれるのはご遠慮したかった。
「困るでしょ? 仕事が仕事なんだし」
「うーん、そんなの関係ないよって言いたいところなんだけどなー」
 苦い顔で武正はうめく。
「あるでしょう」
「うー」
 優美が言葉を重ねると、武正は頭を抱えた。
 そのまま、実香が二往復して料理を持ってきて、「どうしたんですかタケさん」と問いかけても顔を上げず、うめき続けている。
「顔を上げてよ、もう。ナポリタン置けないー」
 その声にようやく武正は顔を上げる。
「はい、ナポリタンでーす。どうしたのタケさん、奇行はやめておいた方がいいと思うけど」
「奇行って、俺のことをなんだと思ってるんだろ、実香ちゃんは」
「だって、一緒にいたら困るでしょ?」
 問われた優美は事実だったので軽くうなずいた。
「頭を抱えてうなられるのは、ちょっとね」
「ほらー、お姉さんも言ってるでしょ。男ならどーんと構えてなきゃ」
「ううう」
 なにやらまだうめいている武正に向けて、何事もなかったかのように実香はマニュアル通りに「ご注文は以上でよろしいですか」と尋ね、答えも聞かないまま伝票をテーブルに伏せて去っていく。
「何で俺、やりこめられてるんだろ」
「さあ」
「優美ちゃんが冷たい」
 武正はフォークを手に取った。ひたすらフォークにパスタを巻き付けながらぶつぶつなにやらぼやいている彼につきあうのも馬鹿らしくて、優美もランチに手を伸ばした。

2007.06.06 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

<BACK> <INDEX> <NEXT>

感想がありましたらご利用下さい。

お名前:   ※ 簡易感想のみの送信も可能です。
簡易感想: おもしろい
まあまあ
いまいち
つまらない
よくわからない
好みだった
好みじゃない
件名:
コメント:
   ご送信ありがとうございますv

 IndexNovel変な人シリーズ
Copyright 2001-2009 空想家の世界. 弥月未知夜  All rights reserved. Never reproduce or republicate without written permission.