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新しい呼び名

 人の噂は七十五日とは、昔の人もよく言ったものだと優美は思う。
 学祭直後はコナカ関連の問い合わせが多かったが、時間が経つにつれ減ってきて、年末年始を挟んだあとそれはさっぱりなくなった。
 あてがわれた会議室には幹部連に加えて数人のメンバーが顔をつきあわせている。学祭での問い合わせへのフォローがあらかた終わり、絵の提供契約を何件か締結しこれからレンタル先の確保をどうするかが一番の議題。
 さらなる提供契約を増やしたいのも山々だが、一例でもレンタルの実績を作りたいのも本音なので最近の活動はそちらがメインになっている。
 とりあえず城上大周辺の手近な商店を中心に営業しているのだが、結果は今ひとつ。景気の上昇を感じ取りにくい小規模店舗が、どれほどの効果があるのか判別しがたい大学生が主催する事業に手を出しづらいということもあるのだろうか。
 三崎教授のアドバイスに従って、営業をロールプレイングで数度練習してみたが、知り合い相手の営業シミュレーションを気恥ずかしく思う者が多く成果は少ない。
「ある程度は、強引に行かないとな」
 二宮の言葉にシャープペンシルをカチカチしながら相原はうなずいた。
「あと、ねばり強くないとね。一度駄目って言われて引いてるようじゃいつまで経っても駄目かも」
「そうだな」
 とりあえず一件貸借契約を、それが現在の目標だった。提供元を確保できているのだから、提供先を一つでも見つけて弾みをつけたい。
 それらしくキャンペーンと銘打ったチラシは優美がメインで作成した。今ご契約の方には当初三ヶ月レンタル料半額キャンペーン――色々なところでよく見る形式のそれは、多少は契約の後押しをするだろう。
「あとさあ、思うんだけど」
 外向けの営業がうまくいかない近頃の会合は反省会がメインでテンションが低く、なかなか建設的な話が出ない。
 だからなのか、リーダーである二宮と幹部連の一人である相原の掛け合いの割合が会合の半分ほどを占めてしまう。シャーペンをカチカチするのを止めて、相原はちょっと真面目な顔を作った。
「今年度もあと二ヶ月でしょ、だから来年度でいいんだけど、そろそろサークル名変えない? 時期的には悪くないでしょ」
「あー、そうだな」
「画商部なんて、名前から引かれることもあると思うのよ。絵ってほら、結構高いイメージあるじゃない?」
 右隣の相原から優美は同意を求められて反応に困った。
「ものによると思うけど」
「年末にデパートに行った時に、版画みたいな――リトミック?」
「ええと、それはリトグラフじゃないかと」
 自信がなさそうに呟く相原の間違いをさりげなく修正すると、彼女はそんな感じっと力強くうなずく。
「そのリトグラフっぽいのの展示販売っていうの? それを冷やかしで覗いてみたんだけど、ああいうのって高いのねえ。びっくりしちゃった」
「それで?」
 話がそれる気配を感じたのか二宮が鋭く相原の言葉を遮る。彼女はちょっと唇を尖らせたものの、何もなかったふりで言葉を続けた。
「画商、なんて名前つけてたら、何となく高いイメージない? だから早めに変えようよ。定着しきっちゃう前にさ」
「学祭で定着した感はあると思うけどねー」
「こらそこ今更なこと言わない!」
 優美の左隣で頬杖をついて話を聞いていた武正が呟くと、相原は噛みつくように叫んだ。大体あんたがコナカの弟とか言ったのが大インパクトで存在ごとガッツリ定着したようなもんじゃないのと文句が続くと、それこそ今更だよねと武正は応じる。
「悪かったよ、名前を付けたのも俺だしナカを引き込んだのも俺。原因は俺だからヒートアップすんな相原」
「私が悪いのっ?」
「だから俺が悪いって言ってるだろが」
 呆れた気配を押し隠した宥める口調に相原ははっきりと唇を尖らせる。
「言い出したからには何かいい案があるんだよな?」
 だけど二宮がそう口にすると、一瞬で表情が変わる。
「絵画レンタル、略して絵レンとかどう?」
「略すとさっぱり意味不明だな」
 勢いづいて口にした相原は鋭い戸田の切り返しとうなずく二宮の姿をみてうなった。
「優美ちーはどう思うっ?」
「え、私?」
「そう! こういう時はやっぱり優美ちーだと思うの」
 相原はどうも優美を妙に買いかぶっている。サークルの中心にいる相原に気に入られてしまった優美も今ではすっかり中心メンバーの一員になってしまっていて、ここぞとばかりに注目されてしまう。
 期待に満ちた眼差しで見られても困るのだが、相原の視線は少しも揺れない。
「絵画レンタルってのは、ちょっと響き重くない?」
 助け船を出すつもりか武正が口を挟む。
「重いってどこが」
「絵画ってなんてーか敷居高い感じしないー? せっかく学生起業的なノリなんだから横文字っぽくして若さをアピールしたらどうかなー」
「ウチがターゲットにしてるご近所の個人商店の経営者の年齢層がどれくらいだと思ってんのよ」
 優美を助けられた事実に満足げに微笑んで、武正は余裕でさあと首をひねる。
「統計とってないからわからないけど、俺が行ったところの平均で言うと家の親くらいの年代が多いかなあ」
「あんまり行きたくないとかバイトが忙しいとか言い訳して何軒かしか行ってないじゃないあんた」
 否定されたことが不満なのか相原はブツブツ文句を言う。
「実際忙しいんだって。こうやって会議には出て意見出してるんだからいいじゃない」
「その努力は認めるけど……」
「それに相原ちゃんの言い方からすると、俺の推測も間違ってないんでしょ? 横文字苦手な人間でもわかるような簡単な単語使ったら問題ないって」
「まあそうだけどさ」
 渋々相原は言葉の矛を引っ込める。
「相原の案をベースにするんなら、ピクチャーレンタルとか、か?」
「翻訳しただけだな」
 言葉が止んだ隙にさらりと二宮が口にし、周囲の様子を伺う。戸田が素早く突っ込むと「悪いかよ」を二宮。
「もうちょっとひねってもいいかなー」
「ひねったらそれこそ意味不明になるんじゃない?」
「いや、まんまよりはひねってあった方が目を引くんじゃないか?」
「親父ギャグ的なノリがあれば面白いんじゃねえ?」
 武正の言葉を皮切りに、メンバーから次々に意見が上がってくる。一通り聞いたあと、二宮が具体的な案を募る。
 絵画レンタル、ピクチャーレンタル、イラストレンタル、貸しイラストに、貸し絵画。単語を入れ替えた物も含めて相原がボードに書き出していく。
「他には何か、ないか?」
 二宮はホワイトボードを確認しつつ全員に問う。殊更ゆっくりと言ったのは、自分自身考えつつ言ったからだろうか。
 優美は隣に戻ってきた相原が自ら記した文字を見て首をひねるのを見ながら自分も首をひねってみる。
 新しいことを考えるのは難しい。わかりやすいのは一番だけどあまりに月並みな名前もどうかと思うから、やはりもう少しひねった方がいいんじゃないだろうか。
「ねえ、どう思う?」
 くいっと武正の服の裾をつまんで、優美は彼に問いかける。
「どうって?」
「ひねりがもうちょっと足りない気がしないかしら」
「そうだねえ」
 武正はボードをざっくりと見てあっさり首肯した。
「何かいいアイデアはないの?」
 優美はそれに勢いづいてさらに続けた。アドバイスするだけして、武正は何の意見も出していない。それは優美も同様なのだが、武正は自分で作詞作曲する才能を持っているのだ――ネーミングのセンスも持っているんじゃないだろうかと何となく思えたのだ。
 口にしない優美の心に気付いたのか気付いていないのか、勢いのある彼女の言葉に武正は軽く目を開く。
「それって期待されてるのかしら俺」
「……そんな訳じゃないけど」
「えー。頼りにしてるって言ってくれたら俺すっごい頑張るのに」
 サークルの命名をどう頑張るのだと思う優美の横から相原がにょいっと顔を出し、手が前を横切る。
「優美ちーに関係になく頑張りなさいよー」
 その手は優美の前をきれいに回避して、武正に突っ込みを入れる。
「大体動機が不純すぎるわよ小中め。優美ちーにいいところを見せたいからサークルに参加して、優美ちーのそばにいたいから会議だけにはマメに参加するとか――目の前でイチャイチャするんじゃないっての」
 あまりの言葉に優美は頭を抱えて撃沈した。
「イチャついてはないんだけどなぁ」
 武正が冷静さを保っているのが優美には不思議でたまらない。彼は恥ずかしくないのだろうか……恥ずかしくないから平然としているのだろうが、何となく納得がいかない。
「自覚がないのが余計むかつくわー」
「個人的な感情でナカに当たるな」
「だってさー」
 見かねたらしい二宮が口を挟むと相原はいじける口ぶりになった。彼女は喧嘩になるんだったら近寄るなと二宮に引っ張られていく。
「――相原ちゃんこそニノとイチャついてるように見えるの、俺だけかなあ」
 独り言のように武正がぽつりと漏らす。興味を引かれて顔を上げた優美は二宮に文句をつける相原の姿を見て妙に納得してしまった。



 会議は明確な結論のでないまま時間が過ぎて終わり、次回へ持ち越しとなった。
 不参加のメンバーにも話を通さなければならないし、もう少し考える時間を持てば新たな意見も出るだろうと二宮がまとめると特に異論もなかった。
 次々に会議室から人が去り、いつものメンバーが残る。未だ不満げにブツブツ言う相原と、文句を呆れた顔で聞く二宮と、さらに輪をかけた呆れ顔で二人を見る戸田。
「帰ろうか?」
 一緒になる時は大抵連れだって帰る。優美が左に声をかけると、武正は真剣な顔でなにやら考えているところだった。
 会議の最後は何も言わずに、ずっと静かにしていた。
 付き合いの長い二宮は武正がこうなるといつも「またはじまった」とぼやくのだが、今のところは相原の文句に耳を傾けるので忙しいようだ。
「――どうしたの?」
 彼が何かにひらめきを得て一人考え込むのは、数ヶ月の付き合いで優美が悟れる程度にはままある話だ。
 その大半がくだらない思いつきでも、残る少しに価値があるから対応に困る。考え始めると長いから放っていきたいのは山々だが、置いていくとあとで泣き付かれる可能性があるのだ。いい年してそれはどうだと本当は思うのだが、だから放っておくのもためらわれる。
 さあ気付くか否か。優美は諦めずに数度声をかける。よほど気付かないようなら、目の前にメモを置いて帰ればいい。
 しばらく気付かないなら集中しているということで、集中しているのならば価値があることでも考えていると決めつけてあとで文句を言っても聞かなければいい。
「ねえ、聞いてる? 帰るわよ?」
 五度目の声かけで、武正はようやく優美の言葉に気付いてハッと顔を上げた。
「気付いた?」
「うわあごめん」
 彼は大仰に優美の前で両手を合わせた。
「期待に応えるべく、すごい真剣に考えてた!」
「……期待って」
「画商部の新たな名前!」
 半分呆れた優美が「ずっと?」と問うと、返るのは力強いうなずき。
「もう会議、終わったけど……」
 そう指摘すると、武正は慌てて周囲を見回してうわ本当だと叫んだ。あまりに大きな声だったから相原が文句を言う口を止め、どうしたのか尋ねてくるくらい。
「しまった、脳内会議を繰り広げる前に先に言っておくべきだったかな」
「――脳内会議ってお前……」
 近寄ってきた二宮が呆れた声を出す。
「そんなにいいのが思いつけたのか?」
「だから考えてたんだよニノ」
 呆れた口ぶりを気にもかけず、武正はふふんと胸を張る。
「レンタピクトってどう?」
「レンタピクトぉ?」
 武正の言葉に相原が素っ頓狂な声を上げる。
「レンタルピクチャーの略?」
 優美が問いかけると、彼はそんな感じと軽くうなずいた。
「レンタサイクルってふと思い出して、レンタピクチャーとかも考えたけど、ちょっと語呂が悪いから、ピクチャーをピクトって略してレンタピクトならまあいけるかなあって。でも微妙に意味不明だしひねりすぎかなぁ」
「意味不明なのはいつものことだろ」
「うわニノ毒舌ー」
「事実だからな。ひねってあるって言っても、想像がつく範囲だし、悪くないんじゃないか?」
「落として持ち上げるの止めてよ、心臓に悪いから」
「持ち上げたつもりはないぞ」
「じゃあ落としっぱ? 落としっぱなわけ?」
 騒ぐ武正を放置して、その名前が気に入ったらしい二宮はブツブツと名前を繰り返し、相原にメモしておくように依頼する。
「レンタピクト、ねえ」
「案外いいかもしれないぞ。まんま英訳より、センスはいいんじゃないか?」
「妙にひねってある分、名前が定着するのに時間はかかりそうだけどな」
「他のヤツからもっといい案が出るかもしれないから、様子見だな。次か、その次くらいに多数決取ろうぜ」
 幹部連は言葉を交わしながら三人連れだって会議室を出て行ってしまう。
 残されたのは二人きり。
 必死に考えたのにそれってありーと騒ぐ武正を見て、優美は溜息を漏らした。
「いい名前だと、思うわよ? ええと――期待通りだし?」
 ためらいながらそう声をかけると、瞬時に彼は騒ぐのを止める。ほんとっと笑顔になる武正の変わり様を見るとなにやらいいように動かされている気がするのだが、追求するのも面倒なので優美はこくりと一つうなずいた。



 他のメンバーから目立った意見も出ず、二週間後の会議での多数決の結果をもって、新年度から画商部はレンタピクトと名を変えて再出発をすることとなる。

2008.02.01 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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