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夏の夕暮れに

 夏の太陽が去りつつあるとはいえ、まだまだ暑い。
 早足で進みながら、華絵はうんざりとした。日中も嫌になるくらい暑かったから、夜になったからってそう簡単に涼しくならないだろう。
 もしかしたら、今晩は熱帯夜なのかも知れない――そう考えるとさらに嫌になって華絵はため息を一つ。
 華絵は夏が嫌いじゃない。日が落ちるのが遅いだけでなんだか得をした気分になれるから。
 とはいえ日中は暑く、今もまだ暑さがひいてはいない。
 待ち合わせをしていなければ、こうも足早に進まなくて良かっただろう。準備に時間がかかってしまったことに少しだけ後悔する。
 ふと手に振動を感じて、華絵は慌てて握りしめていた二つ折りの携帯を開いた。メールの着信が一件。
 人混みの中で着信音に気付かない可能性を考えて握りしめていた事に意味はあったらしい。

 メールの主は待ち合わせ相手。

『Re:ごめーん
わかった。待ってる。早くしろよ?』

「うあー」
 何だその返事三段活用は。
 文字のそこかしこから怒りがかいま見えるのは罪悪感のせいだろうか?
 時計は6時半を少し過ぎたところ。
 歩きながら返信するのは諦めて、華絵はさらに足を早める。
 暮れゆく町並み。だが人がやけに多いのは華絵がここにいる理由と同じだろう。
 お盆の夏祭り。古くから脈々と続く祭だそうだ。
 鷹城市の山間に位置する神社を起点として夜店がずらりと並ぶ。
 徐々に増える人の姿に、熱気を感じる。
 髪を上げてきたのは正解かも知れない。下ろしていたらきっと首筋に張り付いて不快感を感じただろう。
 通りに提灯が提げられて、祭りの空気が高まってくる。
 人の数もどこから沸いたんだと言うくらいに増えてきた。

 そしてまた手の中に振動。

『No title
10秒以内にこなけりゃなんかおごれ』

「うーわー」
 遅れたのは悪いと認めるけど何だその無理な注文は。それとも返信がないことに怒りを募らせたんだろうか。
 華絵は忌々しそうに文面を見つめて、電源をぶちっと切ってやった。
「もーかえろーかなー」
 そうは言いつつも歩き続け、角を曲がるとそこには夜店がたくさん並んでいる。
 ついでに人の数も半端じゃない。
 大きく肩を落としながらため息を吐き出し、気合いを入れ直す。
 せっかくおしゃれしたんだから、楽しんで帰らなければもったいない。
 人混みをかき分けるように、辺りを見渡して。
 求める姿を見つけるのにそう時間はかからなかった。
 携帯をいらいらといじっていて、その姿に華絵は思わず笑いを漏らした。
 とうとう電話をかけることにしたらしい。相手は――つまり自分の携帯は電源を切ってあるからつながらなくて、そりゃもう余計にいらいらするだろう。
 こんな人まみれなところで15分待ちぼうけ。苦痛だったかも知れないけどそれはちょっと気が短すぎじゃないだろうか。
 自分が悪いのを棚に上げて、肩を震わせながらそーっと近付く。
 まだ気付かない。
 じりじりその距離を寄せて、下から覗き込むように顔を見上げるとようやく気付いて彼は驚いて身を引いた。
「危ないよ」
 身を引いた先には壁があって、後ろ頭をぶつけて彼はしゃがみ込む。
「うわー、大丈夫ー?」
「その前に何か言うこと無いのかっ?」
 後ろ頭を押さえながらそう言って顔を上げた彼は、そこではじめて華絵の全身を見て口を開けたまま固まった。
「かわいーでしょ?」
 華絵が見せつけるようにくるりと一回転してやると、彼は少しの間をおいてかくりとうなずき。
 その様子に華絵はそこそこ満足した。
「祭りに行くって言ったら隣のねーちゃんが浴衣貸してあげるっつってねー。そんで着付けてたら遅くなったの。ごめんね?」
「だったらそう伝えてくれればいいじゃないか」
「えー。驚かすのが目的なんじゃない。まさか浴衣着てくるとは思わなかったでしょ?」
「持ってないって言ってたしな」
 華絵はにっこりと微笑んで、立ち上がった彼に向けて言葉を紡ぐ。
「けーた君とのデートのためにおしゃれしたんだからねー?」
 何とも言えない珍妙な顔で黙り込む敬太に腕を絡めて。
「そういうわけで、デートであるからして私にリンゴ飴をおごってくれますね?」
「ちょっと待て、それは逆じゃないのか?」
 しらじらしく丁寧な口振りで告げた言葉に抗議する彼にはかまわずに、華絵は夜店に向かって歩き始める。
「おー、ベビーカステラあるよベビーカステラ! 私好きなんだよねー」
「聞けよー」
「彼女が自分のためにおしゃれしたせいで遅れたのに、お詫びに何かおごれと言うのー?」
「おまえもーちょっと可愛らしく謝るとかできないわけ?」
「ちゃーんとお詫びメールは入れたでしょ。こっちだって急いできてるのに十秒以内に来いって何よそれ」
 横目で睨み付けてやると、敬太は口を引きつらせた。
「えーと、華絵もしかして怒ってる? こっそり怒ってる?」
「さー、どーかなー。あ、リンゴ飴だよけーた。ほれいけー」
「うーわー、俺いつかお前に愛想尽かしそー」
 そんなことをぶつぶつ言いながら、結局彼は華絵に背中を押されて屋台に進み、素直にリンゴ飴を一本だけ買っている。
「ほれ。これでいいんだな?」
「おー。ありがとー。でもけーた、そんな風に甘いコトしてるといつか私に痛い目にあうよ?」
 喜々として華絵は飴を受け取って、そんな風に忠告してみると。
 敬太は目をすーっと細めて、彼女から視線を逸らして嘆息した。
「それを自分で忠告するのは、なんでなんだろうな」
「んー、だってほら。私に対して過剰に期待されても困るから、ひどい女だぞーってアピールしておいたほうがいいかなって?」
「それ意味がわからねー」
 呆れた様子を隠そうとしない敬太に、華絵は再び腕を絡めた。
「遅れたのはほんとごめんねー。それでもリンゴ飴買ってくれるからけーた好きよー?」
 そしてちょっと見上げるようにして、こっそり呟いてみたら彼はますます呆れた顔をして。
「華絵、お前それ食べ物につられて言ってるようにしか聞こえねー」
「気のせい気のせい」
 敬太の不満げな声を華絵は上機嫌で否定して、楽しんで帰るべくはりきって夜店を覗き始めた。

2004.08.14 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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