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見上げた空は滅び色
久々に定時に仕事を終えた。
足早にロッカー室に向かい、荷物を取り出す。忘れ物がないか確認して、タイムカードを押して外に出る。
帰り道の空の明るさは最近経験したことがないもので、違和感を覚えた。
そう言えば、終わりかけとはいえまだ夏だ。日が長いのは夏の特徴の一つ。
しばらくの残業生活ですっかり忘れていた。
「ふぅ」
ため息を一つ、肩にバックを掛ける。帆布の、薄い緑のバック。A4のサイズが入るお気に入りだ。
肩の重みがどっと疲れを呼び込む。
私の会社は田舎にあって、扉を開けて出ると田圃が広がっている。そしてその間にぽつりぽつりと民家の姿がまばらに広がっている。
タイル張りの階段を3段下りて、歩き始める。
駅まではおよそ15分。田圃の奥、民家の向こうに最寄り駅。自転車でもあればもうちょっと快適だっていうのに、ウチの会社は自転車通勤は許されていない。ついでに言うと、マイカー通勤も。
田舎にあって、土地は有り余っているというのに、だ。信じられない規則だと思う。
自然に身を委ね、感性を磨け、というのがウチの上司の方針なのだ。
見回せば、確かに自然は満喫できるかもしれない。田圃もそうだし、そう遠くない位置に山の姿。
四季折々の様々な姿を目の当たりに出来る。自然というのは偉大だ。
だからといって、徒歩15分は結構な距離だと思うんだけど。まして、普段は日も落ちた後に帰るのだ。
日が暮れると、この辺りは闇に包まれる。田圃に明かりなんてないし、民家の明かりはまばらで会社から距離がある。田舎だからとはいえ、帰り道に何かないとも限らない。
せめて自転車でもあればかっ飛ばして行けるっていうのに、あのくそ親父め。
じゃらりと踏んだ小石を思い切りけ飛ばす。勢いよく飛び出したしたそれは放物線を描いて、左の用水路にぼとんと落ちた。
思い出したらむかむか腹が立つ。
肩に食い込むバックの持ち手をぐいと押し上げ、ずんずん、ずんずん。
人が数週間かけてようやくまとめ上げた企画をあっさり没にするなんて何考えてるんだ。
内心愚痴りながら、進む足は休ませない。
そのうち汗が流れ落ちて、未だに猛威を振るう太陽を睨み付けようと顔を上げて、息を飲んだ。
見上げた空が、とても赤黒い。
紺へと変化しつつある空の端に、ゆっくりとその色はわだかまっている。
はっきりした色ではなくて、どこかあやふやな。
――世界が滅びる前の空は、こんな色をしているのかもしれない。
しばらくじっと見つめたけれど段々怖くなって、目をそらして再び歩き始める。
赤黒い色が目に焼き付いたのか、視界にその色が残っているように見えて、それから逃れようと早足で。
靄がかかったかのように視界が赤く染まって見える。夕日の反射なのか赤みがかった視界に、鳥肌が立つ。
夕焼けはもっときれいな色をしてなかっただろうか?
こんな、滅びを連想させる色はしていなかったように思う。
足を止めて、もう一度空を見上げる。空の端っこにその色はまだあった。夕日の赤に雲がかかりその雲がとても黒く見えて。
――雨雲なのかもしれない。だけどこれが滅びの前触れだとしたら、その前にしておくことがあるんじゃないだろうか。
私はくるりと反転して、元来た道を戻る。
夕日に背を向けたらとりあえず普通の空が広がっていて、肩の力を抜く。
視線の先には田舎に不似合いなやけに西洋風な建物。
タイル張りの階段を昇り、ノブに手をかける。
さあ、世界に滅び色が蔓延する前に、あのくそ上司にきっちり企画を認めさせてやろうじゃないか。
2004.09.03 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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