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年越しを君と共に

「あれ、あんた出るの?」
 言われて敬太は振り返った。
「言ってなかったか?」
「私は聞いてない」
 振り返った先には姉の姿がある。ジャージ下にトレーナー。見た感じ明らかに数枚重ね着している、色気も素っ気もない姿。
 いかに自宅だからと言ってそれはないんじゃないだろうか。せめてジャージはやめろと言いたい。

「デートか。なんて恨めしい。どこいくのさ」
「みーこそれ日本語間違ってる」
「お姉様とお呼び」
「初詣に行くんだよ。うらやましいとか言う前に、もうちょっと服とかどうかした方がいいんじゃないか?」
 姉の主張を無視して告げると、姉は顔をしかめた。
「そりゃあ、除夜の鐘から初詣コースだろうけどさ。御津賀神社?」
「くんなよ!」
「行かないわよ、寒いし」
「そんなだから駄目なんだよみーこは」
「だからおねーさまとお呼びって言ってるでしょー」
「お姉様だなんてガラじゃないだろ」
「失礼だよねえ、あんた」
「そゆわけで行ってくる。よいお年を」
「気をつけてね」
 敬太が手をひらっとすると呆れ顔で姉は応じた。その声を背中に家を出る。
 直後にがちゃりと音がしたのは、素早く鍵を閉めたんだろう――防犯対策だろうが、帰ってくるなと閉め出された気分だ。
 まあいいけど、と頭を振って勢いよく歩き始めた。

 冬の空はどこまでも冷たく、吐く息は当然白い。マフラーをきつく締め直して、自然と早足になる。
 大晦日の町並みはいつもよりちょっと違って見える。今夜12時を越えたら、新しい年がやってくる――それだけできっと特別な夜なのだ。
 携帯を取りだして、メール画面を起動して、受信画面で一番新しいメールを開いて返信メール作成画面を開く。
 そこまでやったところで敬太は舌打ちした。
 それだけでも手袋で操作がしにくい。仕方なしに右手の手袋を外す。

『うっす。
今出た。20分くらいで着く。すぐ出てこいよ?』

 メールを送信してから手袋をつけ直す。それにしても寒い。

『了解。
準備万端だよー』

 返事はすぐに返ってきた。
 ジャケットに両手を突っ込むようにしながら歩いても、徐々に全身に寒さがしみてくる。アスファルトがスニーカーの靴底越しに冷たさを伝えてくる。
 この時期の全校朝礼で30分以上校庭に立たされるよりは歩いている分冷たさはましなのかも知れないが、冷たいのは冷たい。

 23時過ぎ。この時間でも通り過ぎるほとんどの家に明かりが灯っているのは、みんな年末の特別番組でも見ながら年明けを待っているからだろう。
 敬太だって出掛けるまで家で文句を言いながらテレビを見ていた。
 家でのチャンネル争いが熾烈なのだ。6人家族、祖父母、両親に姉と自分。姉はもう1人いるのだが、今日はまだ帰ってきていない。
 6人だけでもチャンネル争いは、ある。年末に限って言えば年配組が紅白狙いな上に姉もあえて言うなら紅白だと言うので多勢に無勢だ――敬太の好みとしては、紅白も嫌とは言わないけれど有名カードの格闘技も捨てがたい。
 リモコンを持って、合間合間にチャンネルを変えるだけで文句が出たくらいだ。
 大体、今時家に一台しかテレビがないのが間違っている。
 そんなことを思いながら歩いていると、思ったよりもやや早く目的地である彼女の家に着いた。
 再び手袋を外してメールを打つ。

『着いた
すぐ出てこい』

 かじかんだ手も手袋と同じくボタンが押しにくくて、ぶっきらぼうになってしまうのは手袋が恋しいからで。
 メールして手袋をつけて、手をすり合わせているとややして待ち人が出てくる。
「いってきまーす。よいお年をー」
 家の中に声を掛けながら出てきた姿に手を上げる。
「よう、華絵」
「やあけーた。寒いね」
 華絵は白のコートと手袋。首はコートの白いふさふさしたの。フリースの帽子がいまいち浮いているけれど、寒さ対策としては有効なのかもしれない。
「おそば食べた?」
「出る前にな」
 他愛もない会話を交わしながら、ゆっくり歩き始める。

「あ、そうだ。けーたにちょっと早いお年玉をあげよう」
「は?」
 いきなりの発言に驚いてまじまじと華絵の顔を見つめると、彼女はにやっと笑ってポケットから手を取りだした。
「はいこれ。あったかいよ」
「カイロかよ」
 言いながらもありがたいので、敬太は受け取ってそれを両手で包み込む。
「生き返るー」
「大げさだなあ。華絵様お恵みをと言えばもう一個あげよう」
「いらねえ」
「まあ、かわいくないですこと」
 わざとらしく言う華絵を軽く睨み付けながら敬太は右ポケットにカイロと手を同時に突っ込んで、一転にやりと笑う。
「いらないだろ?」
 空いた左手で華絵の右手をとると、彼女はびっくり眼で敬太を見た。
「こうすれば俺は暖かいな」
「くさっ。はずっ。それに寒いって私はー」
 言いながらも柔らかく手を握り返してくれる。
 お互い手袋越しなのがちょっと残念だし、確かにポケットの中よりも外が寒いけれど。
 それよりも心が暖かいからいいじゃないかと自分でも恥ずかしいようなことを考えながら、敬太はゆっくりと歩き続ける。
 そのうち除夜の鐘が響きはじめて、二人は手を繋いだまま走り始めた。

2005.01.01 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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