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ななみらくる

 こんなことを言うと笑われてしまうと思うけど、家の隣の三階建てのアパートの一階右端の部屋に住むななみさんは魔法使いだ。
 ななみさんはきれい好きなのか、しょっちゅうアパートの玄関先を掃除をしている。
 フリルのついたかわいらしいエプロンを身につけたななみさん自身がとてもかわいらしいので、ふりふりエプロンが実によく似合う。
 ふんわりとした髪はななみさん本人は不満らしくて、くせっ毛だからってのもあって肩よりちょっと長いくらいで切りそろえてある。
 大き目の瞳はとろんと眠そうにゆるんでいて、口元はいつも幸せそうに微笑みを浮かべている。
 小柄な体格。だからななみさんは華奢な印象があるのに、とても大きなほうきをいつも持っている。
 そのとても大きなほうきで玄関を掃いているときは鼻歌を歌いそうなくらいうきうきしているのだ。
 そんなななみさんは、ご近所さんのマスコット。
 朝でも昼でも、雨の日も風の日だって、ななみさんはほとんどいつもアパートの前で掃除をしている。
 ななみさんがいないことのほうが珍しい。いつでもアパートの前にいるからちょっとした有名人。
 呼び捨てでもなく、ちゃん付けでもなく、ななみさんはななみさんで、さん付けでないといけない――そんな決まり事でもあるかのように、小さな子どもからおじいちゃんおばあちゃんまでみんなななみさんのことは「ななみさん」と呼んでいる。
 そんなご近所のふんわりマスコットであるななみさんが魔法使いだ――と、知っている人がどれくらいいるのかはわからない。
 でもななみさんは間違いなく魔法使いなのだ。
 いつもほうきを持っているから、というわけじゃない。
 ななみさんは魔法の呪文を唱えることが出来る、だから魔法使いなのだ。
 いつもアパートの玄関先にいるななみさんは、通る人通る人にあいさつしてくれる。
 そのあいさつがとても独特な呪文なのだ。
 のんびりほうきを使う手を休めて、にっこりと微笑んで。
 独特ののんびりした口ぶりでこういうのだ。
「おはおは、さむさむ、ねむねむねー?」
 それは節が付いていて、まるで歌のように聞こえる。これがななみさんの特別なあいさつで、呪文で、魔法なのだ。
 とてもかわいらしいななみさんが、にっこりと微笑みながらほうきを使う手を止めて小首をかしげて、歌うようにそういったら誰だって眠くなる。
 やわらかくってどこかあたたかい、のんびりした空気を身にまとうななみさんがそういうのを聞いたら、誰だって。
「おはよーございます、さむいですしねむいですねー」
 ななみさんの呪文にあくび混じりに応えるのはいつものこと。
「今日も頑張ってね〜ぇ」
 ななみさんは目尻をさげて、のんびりと言った。それにうなずいて、アパートの前を通り過ぎる。
 春はもう少し先で、今はまだ朝晩冷え込む。
 もう少ししたらななみさんの呪文は春バージョンに移行するんだろう。
 ちゃっちゃ、ちゃっちゃ。
 再びななみさんがほうきで掃除をはじめた音を耳にしながら、あくびをかみ殺す。
「おはおは、ぬくぬく、ねむねむねー?」
 もう少ししたら聞けるはずの春の呪文を楽しみに思いながら、冷たい風に身震いした。

2005.03.21 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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