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ばかっぷる☆れべるまっくす  SIDE 孝明

 ぴろりろりーん。
 間の抜けたレトロな電子音が響くと、久行は弾かれるように携帯に手を伸ばすんだよ。
 見るからに情けない顔で、頬を緩めて目尻下げて。
 彼女が出来たからって浮かれすぎだっつーの。
 うらやましさ半分で睨み付けたって、俺のことなんて目に入らないようだ。
 久行と一緒に町をぶらつくなんて数ヶ月ぶりじゃないだろうか。今年受験だからって塾に入ってこっち、とんと遊んだ記憶がない。
 もうすぐ夏だし正念場なんだろうし、ますます遊ぶ暇はなくなるんだろうけど、久行が俺と遊ばなくなった要因は塾ではなくそこで彼女が出来たらしいからってのが、なんかむかつく。
 大体なんだその素早い動きは。
 俺がメールしたところで、打つのが面倒くさいから電話で返すとか、もっと悪ければ次の日に学校で返事するとかそういうヤツだったろうお前。
 素早く返信作業にかかるなんて、お前いつの間にかメール星人にでも改造されたのか?
 俺の横を変わらず歩きながら、器用にかちかち返事を打っている久行を見ると、改造されたってのもあながち間違いじゃない気がしてくる。
 誰に改造って、そりゃ、久行の彼女に。
 聖華高っていや、鷹城市内で一番レベル高いところ。有名なデザイナーがデザインしたとかいう制服は非常に可愛らしい。
 抜群に可愛いと惚れた弱みかなんかで言ってのける久行は、彼女のメールを無視することなんて出来ないと見える。
「友達とデート、だってさ」
「あっそ」
 それが実は浮気じゃなければいいな。
 返信を終えた久行に冷たく言ってみせてもあんまり気にした素振りはない。
 レトロな電子音が再び聞こえた。久行が好きなふっるいゲームの効果音。
 年の離れた兄貴がしまい込んでいたファミコンなんていう遺物が久行はたいそうお気に入りだ。
 だった、って方が正しい。
 学校帰りに中古屋によって、数百円で手に入るファミコンカセットを漁る生活はもはや遠い昔の話のようだ。
「そっちだってデートの癖にって返ってきた」
「誤解甚だしいな」
 男同士でデートって怖いだろそれ。
 苦笑して久行はうなずいた。
「その辺の感覚が違うんだよなあ、志野と」
「どんな内容で返事したらそんな返事が返ってくるんだよ」
 気持ち悪いから「俺もデートだ」なんてまさか書いているはずがない。
 久行は眉間にしわを寄せて、ためらってから俺に携帯を差し出してきた。
 ぴろりろりーんと音が鳴って、画面の左上にメールマークが点灯する。
 返事が早いぜ、女子高生。ありえねえ。
 久行は俺に見せた携帯を素早く引っ込めた。
 再びかちかち返事を打ち始める。
 久々に遊ぼうって時に、彼女とメールしまくりなんてそれ俺どうすればいいんだよ。
 あいにく俺には頻繁にメールしあうような彼女がいない。
 ああ悪いか、むしろ彼女なんていう未知の存在なんていねえよ。
 だからやっかみも込めて久行を横目で睨んで、ふらふらを進む。
 ゲーセンでも寄って、憂さ晴らしに暴れるかねえ。久々に久行と対戦ってのも熱い。
 とはいえ、彼女とメールなんてされてたらそんなこと出来ないだろうけど。
 うだうだ考えてると、再び目の前ににょきりと携帯画面が現れた。
 仕様として久行が好きなゲームが入っている濃い青の機体。彼女と色違いでペアなんだそうだ。
 彼女の好み――見た目が可愛い、と久行の好み――中に好きなゲームが入ってる、が見事に共存した奇跡の携帯電話。

「from : 原崎志野
 subject : き
 今日は彼女とデートなのでーす」

「っていうから、浮気かーって送ったんだよ」
「お前わざわざ彼女にそんなの送ったわけ?」
 まあな、なんて久行がうなずく。
「親友の……えーと、美優ちゃん?」
 自信がなさげにつぶやく久行に答える言葉なんて当然持ってない。
 知るかよお前の彼女の親友の名前なんぞ。
「その子とデートだって言うから。それなら俺とデートしろと言いたい」
「わるうございましたねえ、今日のデート相手が俺で」
 嫌みを込めて言うと、久行は本気で嫌そうに顔をしかめる。
 俺だってお前がデート相手だなんて思いたくねえよ。
 それなら姉貴と二人で出かけた方がはるかにましだ。もちろん本物の彼女がいたら姉貴なんかに用はないけど。
 画面の端でまたメールマークが点滅し、次いで電子音。
 嫌そうな顔が嘘みたいに表情を緩ませて久行は素早く返信を開始する。
 今年受験だってのに彼女にうつつを抜かしてていいのかお前なんて、なんか悔しいから言ってやらねえ。
 見てろよお前、来年の今頃俺は大学でバラ色のキャンバスライフをー!
 こっそり心に誓っていると再び目の前に携帯の画面が現れた。

「from :原崎志野
 subject : ふ
 えー、二人きりでおでかけはデートだよー」

「恐ろしい基準だと思わないか?」
 学祭の時なんかにクラスの女子と買い物言ってデートで浮気、とか言われちゃう可能性がありそうだな?
「何にやにやしてるんだよ孝明」
「いや、まあ、がんばれ?」
 ぴろりろりーん。
 さっきから何度目かの電子音。慣れたもんで久行はさっと携帯を手元に戻すとかちかちはじめる。
 久行の彼女の親友も絶対暇をもてあましてるんだろうなあ。
 一緒にいるってのにこの頻度でメールってあり得ないってマジで。
「ちょっと聞いていいか?」
 久行がキーを叩くのを止めたのを確認して、俺は口を開く。
「そんだけメールしてて飽きないのか?」
「結構面白いぜ?」
 よく言うよコイツ。散々俺には不義理しておいて。

「from :原崎志野
 subject : び
 二人っきりでおでかけはデートだと決まってるのでそっちも浮気ですよ、きーっ」

「ほら可愛いだろ?」
 悪い、全然理解出来ないよ俺には。
 満面の笑みに言うことはためらわれる。どの辺が可愛いのかさっぱり出来ない。
「それはいいとして、なんだその一文字の用件」
 び、ってなんだびって。
 普通そこには「明日の待ち合わせ」とかそんな用件が入れるだろ?
 話を逸らすのと興味が半分ずつ。俺の言葉を聞いた久行はちらりと携帯を見た。

「for :原崎志野
 subject : だ
 だっから違うって言ってるだろー」

 見えてしまった久行の返信でさえ一文字件名。
 それから見上げた久行は笑顔とそうでない何かが混じった、苦笑に近い表情。
 いくつかのキーを叩いて久行は俺にまた携帯を見せた。
 受信メール一覧。
 上から順番に……。
「びふてき?」
 件名を上から順に読めばそうなる。
「俺がビーフステーキが好きだからだろうな」
 苦笑のまま久行。
 いやおまえそれ、わけわかんねえから。
「志野は恥ずかしがりなんだ」
 絶対それとビフテキはつながらねえからどう考えても。
 久行は納得がいってない様子の俺に、苦笑を深めてまたキーをいくつか打ってそれを差し出した。
 今度は送信メールの一覧で。
 上から読んだら……
「おまえ……」
 馬鹿か? って言葉だけはあまりに不躾なので止めておいた。
 メールは受信も送信も、新しいモノが順に上に表示される。
 久行も彼女も、わざわざ一文字ずつ伝えたい言葉を逆にして件名にして送ったと見える。
 彼女の方は「びふてき」で。
 久行の方は「だいすき」。
「なんでそんなことを……」
 かすれる声で尋ねると久行はさすがに恥ずかしそうに視線を逸らす。
 そりゃ恥ずかしいだろうとも。
 あり得ないくらい恥ずかしいだろう、わざわざ数件のメールを費やして彼女と愛を語るなんて恥ずかしすぎるだろなあああ?
 そりゃ、親友の馬鹿メールネタを吹聴するような男じゃないけどな俺は。信用してくれたことはうれしい気もするけど、痛い、そのメール俺の目には痛い。
 俺も久行から視線をはずして、空を見た。雲一つないいい天気だ。
「そりゃまあ、ノリと勢いで」
「……ああ、そう」
 ノリと勢いで大好きという返事がビフテキでもいいのかよお前。実はビフテキには愛がこもってるのか?
 俺には理解出来なかった。
 一生理解したくないっていうのが正解かもしれない。
 侮れないな聖華高。さすが市内一の進学校だ、久行をこんなに改造してしまう生徒がいるとは。
 可愛い制服には要注意かもしれない。

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2005.07.06 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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