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せいたかさんとおちび魔女

「出直してらっしゃい!」
 リリィが叫ぶ声と共に部屋の中心を起点にして風が巻き起こり、それは玄関先に立っていた男をたやすく吹き飛ばした。
 その勢いはすさまじい。
 男は森の木に激突することを免れないかと思ったが、その寸前に逆の風が吹いて男を受け止め柔らかく彼を大地に下ろす。
「失礼しちゃうわまったく」
 それだけ確認して、彼女はばたんと扉を閉じた。
 肩を怒らせてずんずんこっちに歩いてきて、ため息を付きながら居間に入り込む。
 男を吹き飛ばしたのも、優しく大地に下ろしてやったのも間違いなくリリィの仕業だ。
「人様を訪ねてくるのなら、礼儀くらいわきまえて欲しいわ。そう思わない?」
 俺にそう言い、彼女はぷんぷんしながら乱暴に席につく。
 がたりと椅子が立てた音が予想外に大きくて、自分でもしまったと思ったのだろう。リリィは苦い笑みを浮かべて、ごまかすかようにお茶を再開した。
 上質のラグルド茶。じっくりと蒸らした濃い色のお茶が彼女のお気に入りだ。
 じっくりと香りを楽しみ、ふぅと息を吐く。
「落ち着いたかい?」
「愚問ね」
 カップを手にしたまま彼女はぴしゃりと言う。
 まだお怒りらしい。多少は減じたように見えるから、お気に入りのお茶はその効能を多少は発揮したに違いない。
「世の中バカが多いわね」
「んー」
 どう答えていいもんかって視線を上向けてうなっていると、彼女がカップを置く音が聞こえた。
「考えるまでもないでしょ?」
「君は手厳しいね、リリィ」
「貴方が甘すぎるのよ」
 本当に手厳しい。
 リリィ――フィラリィは、可愛らしい顔のくせに鋭い瞳で俺のことを見た。
 苦笑するしかなくて、肩をすくめると彼女の表情がふっと緩む。
 顔の前で手を組んで、その上に顔を乗せる。弾みで金の巻き毛が柔らかく揺れた。表情から怒りが消え失せて、かわりに鮮やかな笑みが広がる。
「ま、そゆとこ、嫌いじゃないけれどね?」
 視線を逸らしたのは照れがあるからだろうか。
 どうしようもなく愛らしい仕草だ。
「そりゃどうも」
 俺も君のそういうところが嫌いじゃないよ、というのには少しばかり照れがあって面白みのないことしか言えない。
 リリィはあーあとつぶやいた。
「でもほんと、まったく。信じられないったらないわ」
「まあまあ、落ち着いて落ち着いて」
 彼女の言いそうなことは予想が付いた。
 西の森のフィラリィ・アールマイルといえば世界で有数の力を持つと言われる魔女だ。
 森の奥深くに住まいたどり着くのはなかなか困難だが、たどり着いて彼女に気に入られさえすれば安価で魔法の依頼が出来る。
 魔法の対価は一般人には信じられないくらい高額なものだから、西の森のフィラリィ・アールマイルに依頼をしようとやってくる者は案外多い。
 ただ、彼女に気に入られる人間という者はまれだ。
 その珍しい例外の実例がこの俺で、俺だって元は彼女に依頼をした側になる――残念ながら、彼女の力で俺の願いは果たせなかったけれど。
 それでも俺は今もなお彼女と共にいる。
 あまりうれしくない俺と彼女の共通点が、逆にすぐに親しみを覚える原因になったのだと思う。
 リリィは十歳そこそこの可愛らしい少女に見えて、俺はどう頑張っても二十代には満たないひょろりと背の高い青年にしか見えない。
 実年齢はお互いそれより遙かに高いのだ、本当は。
 そのあまりに強大な魔力を持つリリィと、神剣と呼ばれる神の力を封じ込められた剣の所有者になってしまった俺は、理由は違えどもどちらもぴたりと時を止めている。
 時の流れに取り残された俺達が共にいるのは、少なくとも二人でいれば取り残されている気分にならずに済むからだ。
 それはどちらかと言えば後ろ向きな親近感だけど。
 それでも俺達は共にいて、いつかお互いに正しく時を刻もうと思っている。
「フィラリィ・アールマイルがこんな小娘で悪かったわね! 本当の私は――もっとずっとすごいんだからきっと」
「リリィは成長したら美人さんになるだろうな」
「ありがと、セルテス。そう言ってくれるのは貴方だけよ」
 そんなことを言い合いながら午後のお茶を楽しむ。ゆるやかな光が降り注ぐ、ゆったりとしたそんな時間。
 リリィの魔力を押さえ込む方法も、俺が神剣の所有者であることを止める方法も、未だ見つからないけれど、きっと――きっといつか、見つけ出して。
 そしてかつて感じた時の流れに飛び出すための、今はその準備期間に違いない。
 失礼なことを言って西の森の魔女を怒らせた男が、扉をどんどんと叩いている音が聞こえるのを俺も彼女も無視して、ゆったりとした時間を心ゆくまで楽しんだ。

2005.07.16 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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