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日曜大工マスター

「俺、日曜大工好きなんだよね」
 そう言った岩井の言葉に、間違いはなかった。



 学祭の出し物が劇に決まったのは、文芸部所属の聡子が脚本をやりたいと言ったのがきっかけ。多少は文句が出たものの、結局は教室で何かするよりは当日の拘束時間が少ないってことが決め手になった。
 聡子が書いてきたのは、よく聞く昔話の要素を微妙な割合で配合した中世風の「赤バラ姫」という話。
 うん、まあ、内容は割愛。そのあまりの出来に私はちょっと気が遠くなりかけた。
 ベッタベタで、どうしようもないとだけ言っておけば充分だ。とにかく登場人物が多くてはちゃめちゃで、どうしようかと思ったわ。
 聡子的にはクラスのほぼ全員が出演できるように気を使ったんだろうなあとは思う。そっちに気を払いすぎて、肝心の内容がいまいちなのはどうかと思うけど。
 喜劇だと一部にウケていたから、感性の違いなのかもしれない。
 とにかく登場人物が多いもんだから、出演者も当然たくさん。人物把握も難しくて、出演者より他の係を先に決めようとなって。
 岩井が言ったのが、その一言だった。
「俺がすげえの作るから、任せな」
 大道具係の希望者は岩井ただ一人。それでも異論が出たのは岩井がクラスで一番人気だったからだ。嫌みもなく明るくて、成績も悪くないし見た目もまあいい。内心、王子様役が一番似合う奴だと考えていた女子は多いと思う。
 聡子も聞いた瞬間に天を仰いでた。
 でも結局は他に誰も立候補しなかったのもあるし本人の熱意もあって、岩井は大道具係に決定。もうとにかくやる気でさ、一人でいいよって言い切った。
 練習の邪魔になったら悪いからって岩井は空き教室の使用許可を取り付けて、そこにお籠もり状態になった。聡子の元にやってきたデザイン画は素人が描いたものだということを差し引いて、ついでに贔屓目で見たらまあそこそこのものだった。
 はちゃめちゃなストーリーにたっぷりの台詞。ほぼ全員の出演者に、衣装係に音響係。
 みんな色んなことにバタバタしてて、お籠もりの岩井のことなんてほとんど意識せずに、およそ半月――かな。



 クラス女子の人気を総なめにする勢いの岩井はステキ笑顔でその日の放課後、下校時刻間近に教室に戻ってきた。
「完成したよ」
 作業をするためのジャージ姿。ペンキだか絵の具だかがポツンポツンと散っていて、ああ頑張ってたんだなーって思った。
「ほんと?」
「やるわね〜、いわっち」
 顔をぱっと上げた聡子が高い声を上げて、監督の湊が感心した声を出した。湊はパンパンと二度ほど手を叩いて周囲の注目を集める。
「じゃ、今日はこれくらいで切り上げて見に行きますかー」
 覚えきれない台詞の順番と、容赦ない湊の駄目出ししにぐったりしていた私たちは、そりゃもう張り切ってうなずいたわ。
「一人でやるじゃねえか」
 友達の感心したような顔に照れ笑いする岩井の作ったものを、早く見たかったしね。
 岩井を先導に、みんなでぞろぞろと空き教室に向かった。
「道具が出来たなら、岩井君も劇の方に出てくれないかしら」
「あんたまだ諦めてないの?」
 聡子が呟くもんだから驚いたわ。
「嫌あよ、もうこれ以上複雑になったらさらにぐだぐだになるじゃない。全員参加は諦めた方がいいと思うけど」
 湊は私と同意見だ。現実的にぶつぶつぼやいてる。
「面白いとは思うけどさー。何で赤バラ姫の兄弟姉妹が十三人もいるのよ。いすぎ」
 激しく同意。
「バリエーションを増やすことによって、萌えの幅も広げようと思ってるの!」
 聡子の主張に私は湊と顔を見合わせてしまった。
「方向性を間違えてる気がすごくするわ」
「いや、そこは正しいかもしれないけど、時間内に収めるのが難しいから。どうしよ、みんなに早口言葉を練習させるべき……?」
 あ、意見が割れた。
「えー、なにそれ。大声で早口言葉って無理、死ぬ」
 そんな言葉を言い交わしているうちは、ある意味幸せだったわ。
 劇の行く末を不安には思ったけど、まだ何とかなるんじゃないかって思ってた。
 なんだかんだ言いつつも私たちはそれなりにやる気だったし、湊がいざとなればまとめてくれそうな気がしたからね。
 ぞろぞろと移動を終了した私たちは、一度教室の前に集合した。
 相変わらず照れたような顔した岩井が全員が集まったのを確認してから、がらっと扉を開ける。
 前の方のクラスメイトから空き教室に入っていく。ゆっくり歩きながら話していたから後ろの方だった私たちは、さらに混雑を嫌って最後に入り込んだ。
 四十人近くいるはずなのに何故か教室内は静かだった。道具が邪魔なのか、全員で入り口近くにたむろしてる。
「前行ってよー。見えないじゃない」
 一番小柄な湊がぶつぶつと言う。それにも同意。私でも見えないもの。
「どうしたの、みんな。そう簡単に壊れないし、近くで触ってもいいよ――あ、向こうの扉近くのはペンキ塗ったばっかだけど」
 最後に教室に入った岩井の言葉でゆっくりと人が動く。そっと腫れ物にでも触るような、そんなゆったりとした速度。
「――えーと」
 人口密度が低くなって、視界が広くなる。同時に岩井の作った物が私たちでも見えるようになった。
 半ば呆然とした聡子の呟きに、「なにあれ」という湊の言葉が重なる。
 うん、アレはなんて言うのかな。
「なにって、大道具っていうか、セット?」
 きょとんとした顔で岩井は答えを返してきた。
「あえて題するならうっそうと繁る森と、きらびやかな夜の宮殿、かな?」
「かな、ってあんた」
「さすがに幅がないから、組み立てたり全体を拝めるのはリハーサルが最初かな」
 岩井の目はどうやらマジだった。そのことに気付いてしまって、どうしようかと思ってしまう。
「いわっちが芸術家だなんて思わなかったわ」
 湊の言葉にはやっぱり激しく同意だった。
 いや、私ゲイジュツなんて代物、ちっとも理解できないけどね。写実的って言うの? そういうのならまだわかる。
 でもちょっとそれから外れると、さっぱり。
「いや、芸術なんて俺わかんないんだけど」
「てゆか、デザイン画と激しく違わない……?」
「いやあ、ちょっと張り切っちゃってさあ」
 岩井は照れ照れと頭をかいた。
 ちょっとなんてレベルじゃないって、それは。
「俺、ネジとか見ると燃えるんだよね」
 幼い日に感動した初めてのネジとの出会い――なんて、どうでもいい情報を垂れ流し始める岩井の後ろで聡子が「私の劇がああああああ」なんてうめいてる。
 私たちの目の前には、どう頑張っても岩井の張り切った成果を認められないといった顔つきのクラスメイト達。
 ネジ好きだってのは認めよう。なんだかびょーんと飛び出してる妙な物体がいくつもネジで留められているようだから。
 それは……多分森なんだろうな。確かに「うっそうと繁る森」を彷彿とさせる色合いだから。微妙にグラデーションが効いてて、それっぽい気はする。
 そりゃ、本物に近い物なんて期待はしてなかったけど。それでもなんて言うかやけにかくかくとしてて、直線的というか……自然ぽさがないのはいかがなもんかと思う。
 「きらびやかな宮殿」の方は森よりもさらに直線的で、やたらメカチックで、やっぱりなんだか色々飛び出てて、デザイン画の中世風がカケラも残っていない。
「だから、休みの日になると何かしら日曜大工の真似事したくなるんだよなー。色々作りすぎて最近は禁止されてたから、今回は久々に楽しめたよ」
 何とも言えない雰囲気の中、ネジとの出会いを語り終えてそうコメントする岩井だけは満足げ。
 聡子が頭を抱えてとうとうしゃがみ込んでしまう。
「そうかあ、好きなのねえ」
 一番近くにいる私が、義務感で適当な相づちを打つ。
 そうね、岩井は「日曜大工が好きだ」って言ったわ。「得意だ」とは一言も言ってない。
 好きこそものの上手なれとは言うけど、下手の横好きとも言う。
 岩井は横好きの方だ。間違いない。芸術的な作品に見えるんだから得意なのかもしれないけど、デザイン画と現物が激しく違うんだから「下手」に分類してもいいはずだ。
 でも誰もが満足げな岩井には何も言えなかった。
 迫力ある大作だしさ、岩井はすんごい笑顔だしさ。クラスの劇の大道具的にはいかがなもんかと思うけど、別の意味ですごい物ではあると思った訳よ。
 一人で短期間で作り上げたんだから、これはすごいと素直に言える気もするし。
 でも、ただでさえめちゃくちゃな劇に、このあり得ないセットは何だろう。聡子が呆然としてるのは、イメージが激しく違うからだろうなあ。
「どう? 小山さん」
「どうって……その、独特の域に達してるわねえ」
 名指しで答えを求められても困るし、頑張った岩井に駄目出しを食らわせるのも気が引ける。
 私の微妙なコメントにそれでも岩井はうれしそうに笑った。



 結局、クラスメイト全員が岩井にはっきりと何か言うことは出来なくて、私たちの「赤バラ姫」は中世風から未来風に変貌を遂げ――。
 微妙な舞台設定と、山ほどの登場人物の劇は予想通り観客から微妙な評価を得ることに成功したのだった。
 つまり、ごく一部の奇特なお客さんにしかうけなかったってことだけどさ。

2006.12.14 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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