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降神祭

 太陽はとうの昔に沈んでいた。雲一つない夜だ。
 夜空を彩るのはたくさんの星明かり。輝く星の明かりはきれいだが、辺りを照らすのには足りない。
 月がなく、また静かな夜だった。
 都は、常ならば喧噪に満ちている。一日中どこかで誰かが起き、騒がしくしているのが、今宵ばかりはどこまでも静かだった。
 都の中心には王城がある。広大な敷地を持つ城の一角、正門からほど近い広場には、たくさんの人々が詰めかけていた。
 日頃は限られた人間にのみその門を開く城も、今宵ばかりは違った。
 老いも若きも、富める者も貧しき者も。
 いかに広大な敷地を持つ王城といえど、都に住むすべてを収容するには足りない。故に城の敷地内に入ることが出来なかった人々が、幾重にも城を取り囲むようにしていた。
 広場には整形された石畳が敷き詰められている。そこを照らすのは、所々に浮かぶ魔法光だった。両の手で包める程度の小さな明かりの数は集まった人数の割に少なくか細い。だから、隣にいる人間の顔がようやく見えるくらいの光量がようやくあるくらいだ。
 千人か、二千人か、あるいはもっとなのか――、この暗い中では広場にどれほどの人間が集まっているのか推測さえできなかった。王城を取り囲む人間まで合わせればさらに把握が難しい。
 少なくない人数がいるはずの広場は、そのくせ奇妙な静けさを保っている。
 誰もがこの先に期待を抱き、話すときもそっとささやくようにしている。かすかな身じろぎや衣擦れ音、そしてそれらのささやき声が、周囲に満ちる奇妙な静けさの根源だ。
 広場のもっとも奥まったところには、祭壇が設えられていた。遠くから見えるようにと、祭壇はそれなりの高さを持っている。
 だが、光源がなくてはそれも見えない。暗闇の中、遠目では祭壇の在処さえも判然としなかった。
 そのことに気づいているのかいないのか、祭壇近くでは神官がせわしなく立ち動いていた。
 慎重に距離を測り様々な道具を配置していく者、その様子を確認し指示する者。
 法衣をなびかせて右に左に動く彼らも基本的には無言であった。視線を交わして意思疎通を図り、準備を整えていく。
 やがて場を調え終えると、神官の大半は祭壇から離れた。残った数人が壇上に次々に魔法で明かりを灯す。
 これまでよりもやや強い光で祭壇が照らされ、そこでようやく遠くからでもなんとか祭壇の場所が確認できるようになった。
 明かりを灯した神官が祭壇を去ると、広場はますます静まった。誰もが口をつぐみ、次の動きを待つ。奇妙な静けさが辺りに満ち、緊張感が高まる。
 次に壇上に姿を見せたのは、やはり法衣の男だった。先ほどまで立ち動いていた神官よりも上位であることを示すように、法衣の縁飾りが複雑な文様を刻んでいる。
 途中男は後ろを向いて、新たな人物を壇上に導いた。
 明かりを受けてきらりと輝く髪は銀の色。小柄な少女だ。
 それを見て、極限まで高まった緊張が弾け、広場にどよめきが走った。
 銀糸の髪は聖女である証明。そして聖女は神の代理人、神権の具現者。
 今日集まった理由を思い興奮した人々のどよめきは、彼らの間を走り、うねり、やがて静かに収束する。
 人々の注目を一気に集めた少女は、男に導かれて祭壇の中央に立つ。案内を終えた法衣の男はその場を去り、聖女は一人祭壇に残った。
 彼女は右と左、そして正面に向け三度ゆっくり礼をした。水を打ったかのような静けさ、たくさんの人々の注目に聖女は臆する気配を見せない。
 それからゆっくりと片手を胸に当て、歌い始めた。
 最初はか細い声だった。聞こえるか聞こえないかの声が、少しずつ大きくなっていく。
 小柄な少女が広場を歌声で満たすのはもちろん不可能だ。恐らくは神官が魔法で聖女の歌声を大きくしているのだろう。
 故に優しい歌声は魔法の力により、広場どころか都中に広がっていく。
 柔らかく、包み込むように。誰もが聞き惚れ、ほとんどの者がうっとりと瞳を閉じた。
 誰もが知らない言葉、それでもどこか懐かしく思う言葉。言葉の意味などわからないのに、不思議と込められた想いが何となくわかる。
 その不思議に皆が思いをはせていたはずなのに、誰かがふと「あ」と声を上げた。
 その声にある者は顔をしかめ、ある者は無視した。そして、声を出した者を見た者は、相手の視線の先を見て同じ声を上げた。
 そんな反応がそこかしこで起こり、連鎖して、最後は全員が閉じていた目を開けて祭壇を見ることとなった。
 聖女は変わらぬ様子で歌い続けている。だが、その見た目が先ほどまでと異なっていた。
 ほのかに光っている。
 歌に聴き惚れている間に聖女の周囲が淡い光で彩られていた。そもそも白いであろう彼女の肌がさらに白さを増し、存在感が希薄になっていく。
 少しずつ少しずつ、輪郭をぼやかすがごとく。銀糸の髪が黄金色に光りはじめ、彼女の姿を飲み込んでいく。
 ごくりとのどを鳴らした人間は一体どれほどいたのだろう。誰もが沈黙を守ったまま彼女が光に飲まれるのをただ見るしかなかった。
 歌は、止まらない。
 人々が静かな気持ちでそれを見ることがかなったのは、彼女の優しい歌声が続いているが故だろう。
 光に飲まれた聖女の終わらぬ歌は、次にその頭上に新たな光を呼び込んだ。
 ぽつ、ぽつとそれは闇に浮かび上がる。
 柔らかい光が辺りを照らし、きらめく。歌が続けば続くほど、その光の数は増した。
 都に住んでいても魔法の不思議に直に触れたことがある者はごく少数だ。
 魔法の明かりは都にはありふれているけど、ここまでの数の光がふわりふわりと目の前に浮かぶのを見たことがある者は、この場にいないだろう。
 皆がぽかんと口を開けて、その光を見上げる。数を増やし、明るさを増していく光たちは、首を限界まで上向かせても全体を把握できない。
 それはまるで光の洪水のよう。
 不思議な光で辺りは昼間のような明るさを得て、闇に沈んでいた王城が浮かび上がる。日頃王城に縁がない者は、その偉容にも目を見張った。
 どこまでも数を増やすかのように思われた光たちは、ある時点から収縮し始めた。少しずつ寄り集まり、光量を増していく。
 太陽のようなまばゆさを直視できなくなり、皆が目を閉じたり逸らしたりして、目を守る。
 そのまばゆさはそこまで長く続かなかった。永遠に続くかのように響いていた聖女の歌がぴたりと止まり、光が減じたのを誰もが感じる。
 恐る恐る元のように祭壇の方向を見た彼らは、声を失って動きを止めた。
 もはや太陽ほど明るい光はそこにない。だがそれに似たものがそこにあった。
 光を煮詰めて凝縮したようなまばゆい黄金色。
 人よりも何倍、何十倍と大きい姿を見せるその存在の名を、誰もが知っている。
 聖女は神の代理人、神権の具現者。唯一聖女のみが、ある一定の条件下で神の降臨を願うことができる。
 そしてその場に同席するために、こうもたくさんの人間が集まったのだ。歌に聴き惚れて半ばそれを忘れていた人々は、息をすることさえも忘れそうになる。
 まばゆき金の髪を持つ神は、ゆっくりと瞳を開いた。そちらはどこまでも闇の深い色。感情の籠もらない闇色の瞳が周囲を一瞥する。
 息を詰めて呆然と神を見上げていた人々は、それを受けて慌てて競い合うように膝をつき、頭を垂れた。それはまるで人の波のよう。
「では、新たなる王に祝福を与えよう」
 そんな人々に暖かな響きを持った神の声が降ってくる。それを人々は粛々と聞いた。
 聖女が王を選び、神が王に祝福を与える――それがこの国の仕組み。
 故に神の祝福と聖女の信頼を得て、この夜新たなる王が誕生した。

 物書き交流同盟 様の冬祭り2006聖夜祭に参加した作品です。
 クリスマス、もしくは聖夜に関するシーンを書くお祭りでした。

2006.12.31 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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