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年を越して

 彼女と初めて迎える記念すべき正月だった。実家に帰ることも考えたけれど、せっかくだから二人で年を越すことにした。
 挨拶には午後から行こうと話している。
 二人暮らしだから、大それた正月の準備をするつもりはなかったけど、それでもそれなりに年末に準備を整えた。
 気分を盛り上げるために、小さな物だけどしめ飾りと鏡餅も用意した。
 さすがにおせちは必要ないかと思ったけど、彼女は小さいお重を用意した。お煮しめになます、さつまいものきんとんや黒豆。買ってきた伊達巻きに紅白かまぼこを加えれば、何かが足りないような気もするけれどそれなりのおせちに見える。
 これらの準備に加えて、大掃除も済ませれば正月気分が否応なく高まった。
 いろんなことがあったねと、二人で一年を振り返ったりしてみてさ。
 一緒に暮らし始めて半年。これまでのつきあいでは見えてこなかった部分がお互い見えてきて、押したり引いたり駆け引きして、妥協点を見つけ出してきた。
 来年はその妥協点を守ることを心がければ喧嘩することなくやっていけるねって言った矢先に年越しそばを食べるタイミングでもめて、まだあと半年は気が抜けなさそうだなと言い合ったり。
 大晦日の夕飯がそばだと言い張る彼女と、夕飯とは別に年が明ける直前に食べるのが年越しそばだと主張する僕とで睨み合って、協議の末に夕飯を軽めにして十時頃に食べようと決めた。
 彼女はかたくなに十時を過ぎて食べると太ると信じているから、そこで僕が折れるしかなかったんだけど。
 無事に年が明けて、寝て起きて。さあ新年初の食事だと思った矢先に罠が待ち受けてるなんて予想外だった。



「なに、これ?」
 彼女が差し出したお椀の中身は真っ白。ごろりとした姿を覗かせるのは里芋。にんじんの赤が白に映えている。
「なにって、お雑煮だけど」
 彼女は自分の分のお椀をこたつに置く。
 お雑煮と言うからには、中には餅が入っているに違いない。
「何で、白いの?」
「お雑煮だからでしょ」
 彼女は真顔で寝ぼけているのかと僕に問いかける。それはそのまんま僕が彼女に言いたいことだった。
「お雑煮は白くないよね?」
「白いわよ」
 彼女はためらいなく言い放った。
 呆然とお椀を見下ろす僕にかまわず彼女は台所とこたつを行き来して、レンジで温めたとっくりを持ってきた。
 ミニおせちに熱燗に祝い箸、それから彼女がお雑煮だと言い張るお椀。準備は終えたとばかりに彼女はこたつに入り込み、お重の隣に何故か立てかけてあった使いかけの鰹節パックを手に取った。
 ためらいのない動作でたっぷりと自分のお椀に鰹節を振りかけて、僕にもそのパックを差し出してくる。
「しかも鰹節かけるの? 何で?」
「なんでって、お雑煮に鰹節はかけるでしょ?」
「――そもそも、何でこれ白いの?」
「何が言いたいわけ?」
 彼女は鰹節パックを置いて、僕を鋭く睨んだ。ぴりっとした緊張に僕は身を震わせた。
「僕の思うお雑煮はおすましに具がたくさん入ったようなやつなんだけど」
 言い終えた瞬間に、彼女が機嫌を損ねたのがわかった。
 彼女が怒るとすぐわかる。いつも優しいはずのまなじりがつりあがって、必ず僕を睨み付けるから。
 一気に暖かさが遠ざかり、冷気が足下から立ち上がるような気がした。
 こたつに足を入れているし、ストーブも大分前から付けている。室温はそう低くないと思う。だから実際は、寒いというわけでは決してないけれど。
「なに言ってるの?」
 目を細めて、僕の正気を疑うように彼女は言う。
「お雑煮と言えば、白味噌よ?」
「これ、味噌?」
 僕はお椀を手にとってぐるりと回した。中の液体はとろりとしている。具を間違えたシチューのようだった。言われてみれば、味噌のような香りがする。
「白い味噌なんてあるんだ」
「知らないの?」
 知らないとうなずくと、彼女は驚いたようだった。
「これがお雑煮じゃないなんて、人生をいくらか損してるわ。待ってて、鰹節もっと持ってくる。たくさんかけて食べるとおいしいから」
 そういう問題じゃないと言う間もなく、彼女は台所にとって返して鰹節パックをいくつか持ってきた。僕のお椀にも大量に鰹節を振りかけて、満足そうににっこりする。
「おすましに餅がお雑煮なんて邪道よ」
「邪道って……」
「おいしいのは認めるけどね」
 僕からすれば、白味噌の方こそが邪道なんだけど。
「ちゃんとこのお雑煮を食べないと年を越したって気がしないの」
「それを言うなら、僕だって」
 僕らはしばらく睨み合って、お互い引かなかった。
 正月早々睨み合っていても仕方がないと、お雑煮や熱燗が冷え切る前に気がつき、僕らは苦笑を交わしてとりあえず食事を開始した。
 彼女の白いお雑煮は確かにおいしくはあったけど、少々しつこい味をしているように思える。
 やはり食べ慣れたものがいいということなのだろう。
 僕らのお雑煮の間に妥協点を見いだすのは不可能で、結論を言えば僕が負けた。料理は彼女の領域だし、いざじゃあどういうのがお雑煮なのと問われると作り方がさっぱりわからなかったからだ。
 元旦には白い雑煮、それが確定。
 ただし二日には僕のお雑煮を作ってもらう約束を取り付けた。元旦に雑煮なしなのは悲しいけど、まあ仕方ない。
 僕は二日も正月の内だと自分に言い聞かせながら、白い雑煮を飲み干した。

 物書き交流同盟 様の冬祭り2007賀正祭に参加した作品です。
 正月、もしくは新年に関する日常シーンを書くお祭りでした。

2007.01.20 up
関連作→扉を開けて
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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