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進化した男

 知らない人間にわかりやすく伝えようと思ったら、長岡はスキンヘッドの男――そう伝えるのが一番無難だ。だから長岡の友人は、決まって長岡のことを「スキンヘッドの男だ」と人に言う。
 丸坊主、と言えば見るからに機嫌が悪くなる。禿だ、と言えば睨まれる上に下手をすれば怒鳴られる。スキンヘッドだと言われるのは、とりあえず諦めた節があるからだった。
「断じて、禿じゃない!」
 というのが長岡本人の主張で、その主張をされればされるだけ怪しいのだが。
 フルネームは長岡優人。二十九歳。来月で三十路に突入する。二十歳過ぎてスキンヘッドの男は皆無とは言わないが、同年代にはあまりいないだろう。。
 年齢的にはそろそろ落ち着いていい頃合いだが、落ち着いた雰囲気とはかけ離れている。半導体の製造工場に勤めていて背広とは縁がなく、それ故にか、通勤中も学生時代と比べてもそう変わりのないラフな身なり。
 割に長岡は大柄だ。自称百八十七センチ、八十五キロ。多少サバを読んでいる疑惑はあるが、それなりに背は高く、太ってもいない。
 顔の作りもまあまあ。各パーツはそれなりにバランスよく顔に収まっている。つり目気味のところが難点だが、許容範囲内。ただ、そこまで悪くない顔立ちも、スキンヘッドがすべてぶちこわしにしていると彼を見るものは思う。
 名前ほど優しげには見えないが、とはいえ触れれば火傷するような危険な男でもない。ごく普通と言い切るには難があるが、まあまあ普通の男だった。
 長岡は父の影響で小学生の頃から野球に熱中していた。当時から丸坊主。小中高と野球部で、髪型はその影響からくるものだ、そう説明されればああなるほどと思いはするのだが。
 それにしたって、二十歳を過ぎてもスキンヘッドはなかろう。周りの友人を見回しても明らかに長岡は浮いている。部活仲間も丸坊主を卒業して、今ではすっかり普通の髪型だ。
「俺は、進化した男なんだ」
 長岡は重ねて主張する。一つ一つの言葉を丁寧に、聞く者に言い聞かせるようにだ。
 つるりと輝く頭、それなりに整った顔、割と大柄な体。もちろん長岡と全く同じ顔かたちをしている人間なんていないだろうが、パーツごとに見れば似た人間は世界のどこかに確実にいるだろう。
 彼自身の主張する「進化」なるものの片鱗は、何度長岡を上から下までじっくりと眺めても見受けられない。
 しかし、進化とは――頭の方が少し弱いのかと疑ってしまうような発言である。実際、長岡は学校の成績はさほどよくなかった。体育の成績だけが突出していたクチだ。
「ほら、あれだあれ。だ……だー何とかの法則。進化論? たぶんそれ。俺のこれも進化なんだよ」
 彼はつるりとした頭をぺしんと叩き、説明を始めた。
 長岡が野球に目覚めたのは物心つくかつかないかの頃だった。気付いた時には父とよくキャッチボールで遊んでいたものだ。プロ野球の試合なんて数えるほどしか見たことがないけれど、草野球や高校野球の地方大会に連れ回された記憶も残っている。
 残念ながら長岡にそこまでの才能はなかったけれど、ある種の英才教育だったのかもしれない。
 小学校四年生でクラブ活動が許されると、迷わず彼はソフトボール部に入った。それと同時に初めて丸坊主にしたのは、高校球児の影響だったように思う。頭を剃り上げるだけで、野球がうまくなったような気がしたものだ。
 中学高校とそれを貫き、高校の卒業間際には髪を伸ばそうかと長岡も思ったのだ。
「だけどな、その時には俺は進化してしまっていたんだ……」
 そう呟く長岡の顔には陰が落ちていた。気持ち、背が縮んだようにも見える。ため息の後、少しの間肩を落として。
 それから彼はぐっと顔を上げた。
「小四っていくつだっけ。えーと……十歳か? 七年間剃り続けた影響で、髪が生えなくなってたんだなあこれが。人体の神秘を見たね、俺は。だってそうだろ? 毎日剃らなくていいように体が進化したとしか思えない」
 気を取り直したように長岡は説明を続ける。最後には自分の言葉にうんうんうなずきさえして、今度は頭をつるりと撫でる。
「高三っていや、十七……いや八か? 禿げるには若すぎるだろ」
 だからつまり進化したって訳だ。禿げたとはとても思えない――自分に言い聞かせるように長岡の言葉は続く。
 必死に言いつのる彼を見たら、例え事実であろうとも「長岡は禿げている」などとは冗談でも言えなくなる。言わなければ昔からそうだったんだから気付かないだろうにと、誰もが思っているのだが。
 とはいえ彼の主張通りに「進化した男」などと言ってもおそらく彼を知らない誰にも理解できまい。
 だからやはり長岡のことを人に話す時は、誰もが「長岡はスキンヘッドの男だ」と言うのだった。

2007.01.23 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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