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はじまりの物語

 教会には町中の人が集まっていた。
 実りの秋が過ぎ去って、世界を雪の白が染めるころに始まるのが冬語り。
 町の教会はそう大きくない。何とか村中の人間が入れるくらいの広さ。たくさん着込んで、毛布も持ち込んで、広くない教会の中でそっと寄り添う。
 教会の中には暖炉がない。でも教会の主である神官のフォア様が、魔法をかけて室内を暖かくしてくれる。
 それよりもフォア様の笑顔の方が暖かいって、私は思うけど。
 冬の間、ほとんど毎晩決まってみんなが教会に集まる。その風習は私が生まれるずーっとずーっと前に始まった。最初のきっかけは、明かりを灯す油代の節約だったとかいうけど、そういう理由でも冬語りがはじまってよかったなって私は思う。
 みんなが欠かさず集まるのは、もうそんな理由からじゃない。
 暖かな淡い光の灯された教会の中。昼間は大声でけんかをしていたような子供たちも、何もなかったような顔をして黙って同じ部屋でフォア様を囲む。
 フォア様は、こんな田舎町にいるのがもったいないくらいとてもすばらしい神官様だと私は思う。知識があって、賢くて、やさしい方。時々ちょっと意地悪だけど、それでもやっぱりフォア様は最後にはやさしい。
「みんな集まったかな」
 やさしい暖かさを周囲に振りまいたフォア様は、自分の席について呟いた。
 最後に扉が開いて閉まってから、ずいぶん経つ。こくりと一つうなずいて、フォア様は「今日は何の話にしようか?」と漏らした。誰かが話をねだることもあるけれど、そうでない場合、フォア様は何も見ずにやがて話し始める。
「そうだなあ。今日は、じゃあ、はじまりの世界の話をしようか」
 今日は誰も何もねだらなくて、だからフォア様はそう切り出した。
 はじまりの世界のはじまりの物語を。





 見渡す限りの闇の中、はじめに現れた光は人と同じ形をしていたんだよ。体全体がほのかに白い光を放っている、それはそういう存在だったんだ。
 何より光り輝いていたところは、黄金色に輝く髪。無に生まれた最初の有。その存在こそが全てのはじまり、原初の三神のはじめの一柱。
 持って生まれた光を統べ、闇さえもその配下に置き、生と死をも司る――最も偉大なる至高なる神、ファザート様だった。
 はじめに現れた至高神様の傍らに第二第三の神が誕生した。それは、勇気を司る武神アブレード様と平和を司る守護神フィリア様。
 何もない空間に出現した神々は、多分寂しかったんだと思うよ。
 だからある時、至高神ファザート様を中心に、神々ははじまりの世界をお創りになった。人が想像するのに苦労するくらいずっとずっとはるか昔にね。
 至高神ファザート様、武神アブレード様、それから守護神フィリア様。これらの神々ははじまりの世界の礎を創られたから、原初の三神と呼ばれる。今でも神々の中心にいらっしゃるくらいだから、それはそれは偉大な神々だよ。
 その偉大なる神々が創りあげた世界は広大で美しく、瑕疵が何一つとしてなかった――そう、伝えられている。
 神々は世界をラファートと名付けた。今でははじまりの世界と呼ばれることが多いけれど、最初はこの世界と同じようにはじまりの世界にも名前があったんだよ。
 ラファートはとても広かった。もちろん私は見たことがないけれど、この世界よりずっと広かったのはわかるだろう?
 偉大なる神々が何もない空間を埋め尽くすほどの世界を創りあげたのだから、どこまでも広いのは当然の話。大地と川、海、それに空や溢れる緑。
 まるで絵画のような光景だったんだろうね。でも、何かが足りないと神々はお考えになったそうだ。
 世界が広すぎると、ある時どなたかがおっしゃったらしい。その言葉になるほどと同意した残る神々は、はじめの生き物として竜を創られたんだよ。
 竜がどういう存在かわかるかい? とにかく大きいんだよ。小さい竜でもこの教会ほどはあるだろうね。もっと大きい竜だってたくさんいるだろうけれど。
 まず最初にその形を定めて、竜を創られたのはファザート様だった。最初に生まれた竜の名をラークロードという。ファザート様の片腕たる、すべての竜の長だよ。
 その後にアブレード様とフィリア様も竜を創られた。その名をレグリドとダグリゾという。ファザート様をアブレード様とフィリア様が補佐されたように、彼らは竜の長を補佐していたと言われているよ。
 体を覆う鱗は黄金色。はじまりの竜とも呼ばれる彼らは、今では黄金竜と呼ばれている。今では他にも様々な竜がいるからね。
 もちろん広大な世界を満たすには、三匹の黄金竜では足りなかった。神々は竜の出来に満足されて、他にも数十匹の黄金竜を創られた。それでも世界を満たすには足りなかったけれど。
 竜は大きくて、魔力も強い。無限に近い力を持つ神々も、さすがに竜をさらに創ることはできなかった。
 何故かは、そうだねえ。私たちだって一日休まず働き続ければ疲れてしまうだろう? 神だって同じってことになるね。休みなくさらなる力を振るえなかったんだよ。
 竜を創るほどの力は戻っていなかった神々は、次に神獣を創られた。聖獣とも呼ばれるね。竜のように決まった姿はなく、様々な形をした獣たち。今、私たちが普通に見るような獣の原型である獣たちだね。
 それから、たくさんの精霊たちを神々はお創りになった。
 はじまりの世界は竜や神獣、神獣たちでずいぶん賑やかになって、まるで楽園のようになった。そこでようやく神々は体を休め、それから長い長い時間が過ぎた。どれくらいの時間なのだか、それはわからない。もしかするとこの世界が生まれて今日になるまでよりも、もっとずっと長いのかもしれないね。
 広大な世界はある程度満たされて、神々は満足されていたはずだった。でもある時、まだまだ自らの創りあげた世界が広いと感じたんだろう。
 巨大な竜に、神獣や精霊たち――それでもまだ足りないと思われたのはどなたなのだろうね。
 神々はとにかくたくさんの生き物で世界を満たそうとお考えになったんだ。そこで、新たに神々は魚や鳥、それに獣たちを創られた。竜や神獣たちに必ず持たせていた魔力を持たないない生き物を、そこではじめて神々は創造されたんだ。
 何故魔力がないかと言えば、魔力を持つ生き物を創るのには、神々もたくさん力を使わないといけなかったからだろうね。同時にたくさんの数の生き物を神々は創られたからでもあったのかもね。
 たくさん生み出された彼らは、魔力がない上に寿命がそれまでの生き物よりも遙かに短かった。だけど、変わりに子孫を生み出す力を与えられた。それはそれで素晴らしいことだよ。神の力の一部を譲ってもらったようなものだから。
 それは同時に世界を満たすという目的にもかなったこと、だったのかな? それまでの世界は神々が生み出した生き物だけでできていた。神々の力なくして、そこに広がりはない。
 魔力のないものは生まれては死んでいくけれど、世代を超えるごとに少しずつ増えていき、結果として神々の希望通りに世界は少しずつ、ますます満ちていった。神々はそんな世界で、さらにしばらく時を過ごしたんだよ。どれほどの時が過ぎたのかは、やはりわからない。
 そうしてどなたが思いつかれたのかわからないけど、ある時、神々は自らの似姿を生み出そうとお考えになった。
 それまで、竜や神獣たちにも神々に似た姿をとることは許されていたんだよ。どうしてだろうねえ。神獣はともかく、巨大な竜の身体は時に不便だったからかもしれないね。
 そんな風に似姿を見たことはあったけれど、それでも彼らの本当の姿は神々とまったく似てはいない。
 子孫を生み出し、自らの似姿を生み出す魔力ないものたちを見て、何かを感じたのかもしれないね。
 だから神々は自らに似た人間を創られた。神々は人間にも子孫を生み出す力を与えてくださったんだよ。似ているだけ、愛着があったのだろうね。神々はその上、人に幾ばくかの魔力まで与えてくださった。他の魔力あるものの力に比べたらほんのわずかの力だけど。
 本当だよ。今でもすべての人間の奥底には魔力が眠っている。遙か昔に偉大なる神々がそう定めたのだから間違いない。意識して扱える人間がわずかだというだけでね。
 神々はもちろん、それまで作り出されたすべてを愛していらっしゃった。だけど、神々にとって自分の似姿の人間は、やっぱり特別だったんだろうねえ。
 神々は人間をまるで自分の子供のように愛された。そして人間は神々を親のように慕った。
 うん、その頃は神々やその眷属――竜や神獣のことだけど――、そして人間や他の生き物はごくごく近しい位置にあったんだ。
 信じられない話だけどね。そう伝え聞くよ。
 さらなる広がりを見せた楽園の日々は、そう長くは続かなかった。それは、神にとっては――そうだね、あまり振り返りたくない過去の話になるんだろうね。
 ある時、楽園のような日々は終わりを迎えた。神々はたくさんの生き物をお創りになって、ゆったりとした速度でだけど世界は変化していった。少しずつ、ほんの少しずつ。
 終わりを招いたのは、黄金竜の一部だった。二番目と三番目に生まれた竜、レグリドとダグリゾと、彼らの意見に同意した者たち。
 やわらかく神に守られ、やさしい感情で回っていた世界に、はじめて生まれた暗く深い感情の名前は嫉妬だった。彼らは人に嫉妬したんだよ、おそらく。
 もやもやとした思いが複雑に絡み合ったんだろうね。隣にいる人の思いを知ることもできないのに、竜の思いを知るなんてもちろん不可能だけど、想像できないわけじゃない。
 そうだね、弟や妹ができたとき、お父さんやお母さんの愛情を疑ったことはないかな? その時の竜たちの思いはそれに似ていたのだと言うと、わかりやすくないかな?
 一番最初に生み出された存在である竜だから、神々の愛情が他の生き物に注がれることに、内心何か思うことがあったのかもしれない。
 それが積もり積もって、神々が人間に向ける愛情の大きさと自らに向けられるそれに差を感じて、見捨てられたような気持ちになったのかもしれない。これが正しいかどうかは、竜に聞くしかないだろうね。
 ともかく偉大な存在である竜だけど、初めて胸の内に溢れた暗い感情に押しつぶされてしまった竜が、それなりにいたらしい。
 内面を反映してか彼らは黄金の鱗を闇色に染めて、神々に反旗を翻した。闇色に染まった竜は暗黒竜と今は呼ばれる。
 その暗黒竜は世界を滅ぼす勢いで神々に迫った。突然のことだから、暗黒竜に滅ぼされた生き物も多かった。
 暗い感情に負けなかった竜の長ラークロードと、長に従う竜たちはもちろんそれに対抗したよ。それまで一度も戦いを経験したことがないのは残った黄金竜も、暗黒竜も一緒だった。
 でも条件が一緒なら、神々の立場に立つ黄金竜が負けるはずがなかった。
 だけど、暗黒竜の行動を身をもって知った神々は、嘆いて諦めた。自らの行動を振り返り、彼らの心情を思ってね。
 その頃神々は確かに人間に深い愛情を注がれていた。それでも、竜たちだって愛していらっしゃったんだ。だからこそ、神々は彼らの裏切りにショックを受けたんだろうね。
 滅ぼされたもののことを思い、嘆かれ、神々は世界のありようを少し変化させた。
 まずは、黄金竜や神獣にも自らの子孫を残す力を与えた。
 その後で、暗黒竜の犠牲になったものが再び世界に戻れるような仕組みを作られた。直接に死者を蘇らせる力を振るうことを、神は望まれなかった。だからその仕組みは転生という。
 すべてを忘れて、真っ新な状態で、未来に一からはじめられるように。転生というのはそういう仕組みだよ。
 誰でも傷つけられたら痛い。どうしてもそうした相手に暗い感情を持ってしまう。ただ蘇らせて、その感情を広めてしまうのを厭われたのかもしれないね。
 そして竜の長に、様々なことを言い含めて、他の生き物にそれを伝えるようにし、そして、神々は暗黒竜の手によって滅ぼされた。
 暗黒竜たちは何も考えずに暴れ始めたわけではなかったんだよ。まず最初に、神々に暗い感情をぶつけていた。その感情は衝撃となって神々を傷つけ、その余波で他の生き物の一部を瞬時に滅ぼした。
 黄金竜が立ちふさがった時には、すでに神々は傷ついていたんだよ。もちろん無限に近い力を持つ神々だから瞬時に滅びることはなく、その時までに様々なことをされたわけだけど。
 もちろん、自らの傷を治すこともできたのだと思う。それをしなかったのはやはり、諦めたからだろうね。
 子孫を残す力を魔力持つものも与えたのは、自ら滅びようと決めていたからでもあったのだろうね。再び魔力を持つものを創り出されることはないと、滅びを前にわかっていらっしゃったはずだから。
 最後の最後に暗黒竜たちの力を弱め遠ざけてから、彼らを憎まないように残るものに言い置いて、神々は世界から姿を消した。
 その影響は甚大だった。世界は神々の手により創られていたから、神々の存在が消えた途端に崩壊をはじめたんだよ。動揺する他のものを叱咤して竜の長が皆をまとめて力を振るわなければ、はじまりの世界のすべてはその時に消えただろうね。
 黄金竜ははじめに神々に創られた。だから神に次ぐ力を持っていて、神々がいなくなった後の世界の一部を留め置くことに成功した。
 広大な世界とは言えなくなったけれど、暗黒竜の手から生き延びたものたちがそのまま暮らせる程度にはその世界は広かったのだというね。
 そうして、この世にははじまりの世界とその世界のかけらが残された。光り輝く世界と、はじまりの世界が生まれる前にも似た闇色がね。
 はじまりの世界を守ることを黄金竜たちは心に誓い、そうして人間やその他の魔力を持たないものたちと少し距離を置いた。近くにいて再び自らの内から暗黒竜が現れないように。
 暗黒竜は神に遠ざけられて、崩壊した世界のかけらの闇に一時潜んだと言われているよ。神々を滅ぼしたことに対して、さらに複雑なことを感じたのではないかと思うけれど、彼らの思いは定かでないね。
 それから長い時を経て、遠ざけられた暗黒竜ははじまりの世界に戻り、黄金竜と暗黒竜はそれから互いに反目していると聞くよ。
 でも、それははじまりの世界の、ここではない世界のお話。





 フォア様は長いながいお話を終えて、ふうと一息ついた。フォア様の語り口はやさしい。でも時々、ほんの少し皮肉めいた響きが混じるのが特徴だった。
 はじまりの世界は遠いとおい過去の話。フォア様ははじまりの世界のことを、毎冬一度はお話しになる。だから、私を含めほとんどの人は何度も聞いたお話だ。
 はじまりの世界のその先、神様がお亡くなりになったはずなのに、何がどうなって今も原初の三神と呼ばれる偉大なる神々がいらっしゃるのかとか、それよりも他にもたくさん神々がいらっしゃることの理由とか、それももちろんフォア様にお聞きしたことがある。
 至高神様の作り出した仕組みは、神様自身にも効果があったこととか。でも偉大なる神々が復活されるまでの間に、他の神々が現れたのだとか。私たちの住む世界は、そうして現れたたくさんの神々が協力して、はじまりの世界のかけらを礎にして創られたのだとか。
 去年も続きを聞いたはずなのに、それを覚えていない小さな子供たちがフォア様にお話の続きをせがむ。子供は少し難しく思うようなお話なのに、フォア様の語りは見事なくらいに子供の心をつかむのだ。
 私も昔、せがむ子供の中にいた。今でも人目を気にしなくていいのならば、その中に混じりたい。
 フォア様の声はやさしくて、いつまでも聞いていたいから。そしてそのお話は、何度聞いても奥深く感じるから。
 でも、いつまでも子供みたいなことはできなくて。私は、困ったような顔で子供たちをなだめるフォア様をただ見ることしかできなかった。

 物書き交流同盟 様の神話祭りに参加した作品です。

2007.02.05 up
関連作→冬語り名残惜しき冬
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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