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希望の灯

 俺は寒い北へ向けて旅立った。死にに行くようなものだと反対されたが、自ら希望しての旅路だ。
 辺りは多少の変化こそあれ白い地面に白い木々、見上げると灰色の空しかない。行き帰りで一月にも満たない旅とはいえ、数日すると後悔が沸いてきた。代わり映えのない景色の中、寒さに凍えながら一人歩くのは気が狂いそうな苦行だった。
 だが、後悔よりも怒りが強かった。意識が飛びそうになる度に、俺は怒りの炎を燃やしてしのいできた。まだ、こんなところでは死ねない。もうすぐたどり着くはずだ。ひたすら自分にそう言い聞かせて、足を前後に動かす。
 十日と半日ほど似たような景色が延々続いた後に目新しいものが見えた時は、疲れの果てに幻覚でも見たのかと思った。
 それは最初、小さな灯火に見えた。白い木々の間をすり抜けて、かすかに光る。
 俺は勢いづいて、足を早めてそれに近づいた。その度に光は少しずつ大きさを増し、やがて光の正体は小屋から漏れる灯りなのだと気付く。小汚い小屋だったが、それは二重の意味で俺に希望をもたらすものだった。
 ここが旅の目的地。北の賢者の住処のはずだ。
 俺は小屋の前までたどり着き、扉を数度叩く。しばらくしてゆっくりと扉が開いた。
「北の賢者様に助けを請いに来ました」
 俺は言いながら深く頭を下げた。これまでの苦労が報われると信じて。だが。
「なんでワシが知らない人間を助けなきゃならんのだ」
 第一声からして、北の賢者の実際は噂と違うとわかりそうなもんだった。俺は気が遠くなりそうになるのをこらえて顔を上げ、そう言ってのけた人物を失礼にならない程度に観察した。
 背は俺の胸ほどの小男で、年輪を重ねたような深いしわが顔中にある。頭も髭も真っ白。身につけたのは清潔とは言い難い古びた焦げ茶色のローブ。にこりともせずに俺を見据えていて、歓迎されてないのは先の発言からして明らかだった。
 姿形は漏れ聞く噂に違い無く、だからこの人が北の賢者様なのだろうが――それでも俺はこれは何かの間違いじゃないのかと疑った。
 誰も声高に語らないが国の北にある山脈に賢者が住んでいるのは有名な話で、誰も行こうとしないだけでその住処のおおよその位置も語り継がれている。最北にあるイスラの村から歩きでおおよそ十日。そびえる山脈の真ん中に北の賢者が住んでいる――と。
 俺の故郷のイスラからここまで十日と半日。多少の誤差はあるとはいえ、ここは賢者の家のはずだ。こんな辺鄙なところに居を構える辺りがいかにもそれらしい。北の賢者に西の魔女、東の魔人に南の聖獣――世に名高い魔法の使い手は誰もが実在が時々疑われるくらいには辺鄙な場所に住んでいる。
「やれやれだわい」
 しわだらけの顔に嫌々だというあからさまな表情を浮かべながら、じいさんは仕方なさそうに俺を小屋に招いてくれた。
 作りつけのよくなさそうな小屋なのに、外から中に入り込むと暖かさがじわりとしみこんできた。扉が閉まるとこれでもかと吹き付けてきていた風が止んで、暖かさが確かなものとなる。
「開けるんじゃなかった」
 嫌みたらしく言いながらじいさんは俺の横を通って部屋の中に進む。見たところ大きくなさそうな小屋だったが、それでも二部屋はあるらしい。入ったすぐそこは居間のような作りで暖かさの正体は部屋の半ばにある暖炉だった。他にはテーブルが一つと、椅子が二つ。部屋の隅っこには書物と着替えの山。じいさんは荷物置き場のようになっていた椅子の一つから荷物を振り落とした。
「座れ。茶の一杯くらいは出してやろう」
 振り落とした荷物を片づけようともせずにじいさんは俺に椅子をつきだした。
 勧めに従った俺はいったい何を振り落としたのかと床を眺めた。俺には読めそうのない難解な文字の書かれた書物やら、手袋やら帽子と埃の塊だ。小難しそうな本はすり切れていて、書かれた文字もかすれている。
 気むずかしげなじいさんが北の賢者だとだめ押しされた気がして、俺はこっそり落胆した。俺の心など知らぬげにじいさんは暖炉に近づくとやかんからポットに熱い湯を注いで、言ったとおりに俺に熱い茶を出してくれる。
「飲め」
 差し出されたカップもじいさんのローブと同じく清潔かどうかわからない薄汚れたものだ。カップ自体は古びていてもいいものなんだろうが、茶渋か何かがこびりついていて手にするのも躊躇する。
 だから口をつけにくく、俺は中身を冷やすふりでとりあえず誤魔化す。歓迎しないからこんなものを出すのかとじいさんの持つカップを見たら俺に出されたもの以上に汚れていたので、仕方ないものだと諦める。部屋の隅に山積みにされたあれこれや、固まりのようになった埃を見ればこのじいさんが片づけに頓着しない人間だと予測できることだし。
 じいさんが茶を飲むのを確認して、俺は渋々カップに口を付けた。それは、これまでに飲んだことの無いような苦い茶だった。思わず吹き出しそうになったのをこらえた自分を誉めたくなるほどの苦さで、目に涙がにじむ。げほげほとやっている俺を不審げに見ながら、じいさんは平然とカップの中身を空けている。じいさん、少々味覚の方がやられているらしい。
「ごちそうさまです」
 せき込んだあとに冷静を装って口にすると、鷹揚なうなずきが返った
「知らない人間とはいえ、放り出すのも忍びない。今日くらいは泊めてやろう」
「ありがとうございます」
 これまで火をたき、上着を掻き合わせるようにして夜をしのいできた俺にその言葉はある意味ありがたい。じいさんは俺の寝床用に毛布を出し、夕食にシチューを出してくれる。苦いとはいえ温かいお茶に、ほどほどにうまいシチュー。
 満たされた俺は、だが本来の目的を忘れた訳じゃなかった。
「賢者様」
「忙しい」
「そうおっしゃらず、聞いて下さい」
 俺はひたすら頭を下げた。じいさんは大仰な溜息をついて「聞くだけならな」と応じた。俺は勢い込んで、目的の全てをじいさんにぶちまける。
 イスラでは実りの季節の収穫が年々低下していたが、この秋はさらに少なかったこと。だから税の軽減を都の貴族に訴えたが何とかなるだろうと断られたこと。
 少ない収穫から税として納めると、冬を何とか越せるくらいしか残らなかったこと。今後さらに収穫が減るようならば、村人が幾人も飢えて死んでしまうのではないかという予想。
 今後のことを考えて、この付近が少しでも暖かくなる魔法をと願い出ても聞いたこともないくらい高額な報酬を求められたこと。
 だから、北の賢者の助力が請いたいこと。
「堕落し続ける貴族に気候なんぞ操れるはずもない。払いきれない金額を提示して諦めさせるのも当然だな」
 じいさんは聞き終えるとフンと鼻を鳴らした。
「賢者様なら可能ということですか?」
「可能だが、人の手にそれは余る。つまり、代償が必要って訳だ。だからして、知らん人間ためにそんなことはしない。それに、お前の村は中央に背く覚悟があるのか?」
 問いかけに咄嗟に答えが出なかった。
 この国は魔法使いが治めていて、魔法を使えるのは王族と貴族だけということになっている。で、俺たち庶民が魔法の恩恵にあずかるためには対価が必要なのだ。だからといって、中央の支配の外にいて国民の間に密やかに噂される東西南北の魔法の使い手にすがるのは、中央からすれば裏切り行為。魔法の力を望むなら金を積めというのが貴族の主張だった。
「生き抜くためです。声高に語らないまでも、賢者様の話が伝わるのはこういう時のためでないかと思いますし。出来る限りのお礼はするつもりです」
 それに、イスラは国の端。領主は寒い土地を嫌ってロクにやってこない。だから賢者の関与を疑われる可能性は限りなく低い。
 俺が続けると、じいさんは再び鼻を鳴らした。
「都合の悪い時だけ頼られても、救う気なんぞ起きるわけがあるまい」
 冷たく響く言葉に俺は再び言葉を失った。
 もしかして、過去に何かがあったのか――?
 そう気付いても初対面の俺は聞けないし想像することしかできないが、拒否の姿勢を貫くじいさんの行動には意味があるのかもしれない。
「一冬越せるのなら、その間にどうにかしろ」
 話は終わりだとばかりにじいさんが本に手をかける。最初の勢いを失った俺はすごすごと毛布で作った寝床に入り込んだ。
 ふんぞり返った貴族から高い対価を要求されたら、収穫が減って最後に困るのはお前らだぞと怒りを覚えることが出来た。
 言外に何かを臭わせて、都合の悪い時だけ頼るなと言われたら――何も言えなくなる。出来る限り礼をするつもりだけど、それが賢者の求めるだけ出来るかもわからない。
 横になった俺はあれこれと考える。もう一度都に行き、貴族に頭を下げ続ければ何とかなるだろうか。だが北の賢者は貴族には気候を操れないと言い切った。それでも努力する意味はあるのか?
 どうにかとなどと言われても考えつかず、暖かい小屋の中で横になった俺は疲れもあって睡魔に襲われてしまい――そして。



 目覚めたら、見覚えのある故郷の自分の寝床にいた。夢じゃないかと思ったが、頬をつねると痛い。着ているものもそのまま、荷物もきちんとある。
 来た道と同じだけ歩いて帰らなけりゃならなかったはずが、あのじいさん、知らない人間を助ける義理はないと言った割に、何かの魔法を使ってくれたとみえる。
「もしかしてもう一度行ったら知った人間扱いしてくれるとかねぇかなあ」
 口にしてみれば案外悪くない推測と思えた。
 願ってもない親切をしてくれたじいさんの行動を思うと、完全に希望の灯が消えた訳じゃない。仮に駄目でもイスラから遠いが他の方向を狙うのも手も残されている。
 だがまあとりあえず、村の皆に帰ったことと北の賢者の言葉を伝えなきゃならないか。
 そう思った俺は身支度を調え、寝床から這い出した。

 ものかき交流同盟 様の秋祭りに参加した作品です。

2008.02.05 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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