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2Bはお祭り騒ぎ

 大変です姉さん。
 どれくらい大変ってもう、すごく。
 おもちゃ箱をひっくり返したように騒がしい教室の中にいるのは女の子ばかり。
「あー、こんな中途半端な時期だがー」
 そのクラス――2年B組の担任が間延びした声で話を切り出す間も、女の子達はざわざわと騒ぐのを止めようとはしませんでした。
 教卓の前に立つ僕は手に汗を握りました。手に汗どころか額にも汗が流れている気がしたものです。七月初日、まだ梅雨は明けていないとはいえ晴れの今日は日差しが強かったわけですが、決して暑さが原因の汗ではありません。
 第一、あの教室は空調がよく効いていて、窓一つ開いていませんでしたし。
「家庭の事情で今日から我が校に通うことになった宮賀一夏さんだ」
 正しくは家庭の事情と言うよりは姉さんの事情だなあと思いながらも、ほらと促された僕はゆっくりと頭を下げました。ウィッグはしっかりと止まっていてずれる気配もなく、顔を上げて見た誰もが僕の頭より顔に注目していました。
「よろしくお願いします」
 高くしようと意識した声は裏返ったようにみっともなかったですが、聞き苦しくなかったと信じたいところ。
「他にもホラ、自己紹介があるだろ?」
 たくさん喋ってボロが出るのは僕としては何としても避けたいことですので、大げさに頭を振って固辞しました。


 指定された机に座った僕がまず考えたのは、いかにして目立たずに時を過ごすかです。ここは女子校、僕は男。二卵性双生児であるにもかかわらず姉さんと僕はよく似ていますが、性別の違いは誤魔化しようがありません。
 そりゃあ僕は体格も良くないですし、声変わり後も声が低い訳じゃないですけど、それでもあるものはあってないものはないわけですから。
 だから目立たないように最大限に顔を伏せて身を縮めるように僕はホームルームを過ごしました。ですが、終わった瞬間に取り囲まれました。
 夏休み前なんて半端な時期に転校してきた人間に、興味を持つなと言う方が無理な話なのかもしれません。
 こんなに女の子に囲まれるのは男してうれしい状況な気もしますが、正直女装の身の上では悲しいばかりでした。
 甲高い声が聞くのは僕の来歴や趣味、好きな食べ物などなどなど。とりあえず僕の知る限りの姉さんの情報をオブラートに来るんでお伝えしてみました。
 何故この学校に来ることになったかを除いて、ですけど。
 一番悲しいのはスリーサイズを聞かれたことでしょうか。
 スリーサイズ!
 僕自身がそんなものを測ったことがあるわけありませんし、姉さんのサイズもさすがに知りません。身体測定の記録など僕に興味があるわけがなく、かろうじて覚えているのはウエストくらい。
 僕自身のウエストサイズを言うわけにもいかず、とりあえずごまかし笑ったら何故か哀れみの眼差しを注がれました。
「おいでませ貧乳クラブ!」
「え?」
 彼女が見つめるのは、どうも僕の胸元のようです。姉さんのサイズに合わせてあるはずの、上げ底のその位置。
 その視線が生暖かいと感じるのは穿った見方でしょうか?
「大丈夫、世の中にはたくさんの人間がいるんだから。貧乳にだって生きる道はあるわ。正直に生きるのも人生にとって大事なことだと思う」
 女の子の考えていることは僕にはさっぱりです。
 ぽんと肩を叩かれてにっこり微笑まれても困るばかりでした。確かに微笑んだ女の子は主張するように見るからにあれでしたが。
「ノンノン、すーちゃーん」
「ちょっ、なっ」
 それからすぐにそのあれな彼女の脇の下からぬくっと手が出てきて、当人も驚いたようですが僕も驚きました。
 その手はその、あの、あれな彼女のあれをこう……。
「あんたいきなりなにすんのよ、れい!」
「すーちゃん、大事なのはマッサージですよ」
「だからって、さわ……さわ……っ」
「こうねえ、持ち上げるようにねえ」
 姉さん、あそこは危険です。
「女同士だからってやっていいことと悪いことがあるでしょーッ」
 やばいです。大変です。鼻血が出そうです。
 幻滅もしそうです。
 何故僕がこんな苦行に耐えなければならないのでしょうか。姉さんはちょうどいいとか笑ってましたが、全然良くないです。



 家に帰った僕は、同じく帰ってきた姉さんに今日の出来事を語って聞かせました。
 もちろん制服を脱いで普段着に着替えた後です。姉さんは本来僕のものである制服でくつろいだまま目を細めました。
「とりあえず、アンタのこと殴っていい?」
「え、殴っ? なんでですか!」
「何貧乳認定されてんのよ」
 殴る気満々で拳を握りつつ、姉さんは苛立たしげな声を上げます。
「この豊満なバストが目に入らんか!」
「入りません」
「冷静に答えるな!」
 本気ではないものの、姉さんの拳が僕を襲います。
「物理的に入りませんし」
「そーゆー意味じゃないわよ涼二!」
 ギリギリと姉さんは歯を噛みしめました。
「それに、手段は知りませんが胸を押さえて男物の制服を身につけた姉さんにそんなこと言われても」
「だっから冷静に答えるんじゃなーい!」
 もう一度姉さんの拳が僕の腹を襲いました。軽くはあっても、半分は本気です。
「それに私の事情って何だ。家庭の事情でしょうが家庭の」
「姉さんがそう乱暴だから父さんが心配したんでしょう」
「だからっていきなり転校させるとかないでしょう!」
「いきなりって……。物は壊すわ、強烈なスキンシップをするわで学校からの苦情が相当貯まったからだと思いますけど」
「悪かったわね!」
 姉さんはダンと机に拳を振り下ろします。
「姉さんが素直に反省して大人しくしたら、父さんだって強硬手段には出なかったと思いますけどねー」
「まさか学期途中で転校させられるとは思わなかったわ。あのいかれオヤジめ」
「それが嫌だからって、僕を身代わりにする姉さんもどうかと思いますけど」
「夏休みに入るまでよ。アンタは転校なんてしなくていいんだから、私に半月くらい寄越しなさい。それくらいならボロが出ないでしょ」
 僕の遠回しな申し出を姉さんは直接的に拒否してふんぞり返りました。
「ちょうどいいじゃない。奥手なアンタに女の子とのスキンシップの練習機会をあげてるんだから」
 しばらく前に僕に面倒なことを押しつけた時と同じ理屈を振り回し、姉さんは一人満足そう。
「自分と同じ顔を持った姉がいたことに感謝するといいわ。男の身で女子校に侵入なんて、たいした栄誉よ」
「世間的に見ると、ただの変態だと思います」
「しゃらーっぷ」
 姉さんは僕の唇に指を突きつけて、目を限界まで細めました。
 僕がこれまで女の子と話すのが苦手だったのは一番身近な姉さんがこんなだからで、これからは姉さんの思惑に反してある意味姉さん以上に強烈なあの2Bの女の子達のおかげでますます苦手になりそうな気はひしひしするのだけど。
「アンタは黙って夏休みまで私と入れ替わる、おーけー?」
 生まれてこの方姉さんのわがままに屈しないことのなかった僕には首を縦に振るしかありませんでした。
「よしよし、わかってるじゃない。アンタに多くは期待してないけど、何があったかは毎日逐一報告しなさいよ。集合写真でも撮って名前を教えてくれるとベストだけど。あ、そうだとりあえず貧乳疑惑だけは撤回しておきなさいよ。出来なかったらわかってるわよね?」
 十中八九殴られるんだろうなーと思いつつ、僕はゆっくりうなずきました。


 夏休みまで二週間強。目的は目立たず、男だとばれないように過ごすこと。
 お祭り騒ぎが大好きそうな彼女たちが、中途半端な時期に転校してきた格好の獲物を逃すわけがないとは思いますが……それは僕の正体がばれる危険性が高いということに他なりませんが――それでも僕はわずかな希望を胸にするしかなかったのです。
 そう――夏休みに入ればお役ご免、来学期からは何かと騒ぎを起こしがちな姉さんと一緒に学校に通わずに済むのです。
 姉さんの最後の我が侭くらい、弟として叶えてみせようじゃないですか。そう思えばどんな困難にも立ち向かえそうな気がしてきます。ええ、してきますとも。

2008.12.11 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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