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4.親友のたくらみ
にーちゃんに喜びのメールを送ると、電話じゃなくってメールで答えが返ってきた。
「了解。こちらは本日修羅場。我が方、戦力不足にて援助を送る余裕がない。明日結果の報告を求む」忙しすぎて壊れてるのか、変なノリだった。
にーちゃん、貴方どんな戦いを繰り広げてるんですか。
とりあえず、「任務了解。当方明日に万全を期すために今から寝ます」とだけ返信して、言葉の通りすぐに寝た。
明けた翌日お昼休み。
麻衣子にも経緯を説明すると、彼女は呆れたように嘆息した。
「どーしてそんな約束しちゃうのかしら」
ため息のあとの言葉は呆れたような響き。
「だって、坂上とデート気分って誘惑が」
言いかけると、あーあって声を上げて麻衣子は私の言葉を止める。
「私は坂上だけは駄目だと思うんだけどなあ」
ぶつぶつと文句をもらす麻衣子は、離れたところにいる坂上をきっとにらみつけた。
「私もそうは思うけど」
その事実は否定できない。坂上があの人を未だ好きなのは、間違いようがないんだから。
「せっかくの機会だし、もうちょっと夢を見たっていいじゃない」
「はー」
さっきよりさらにふっかいため息。
「前向きなのか後ろ向きなのか微妙よね、未夏って」
「後ろ向きだとは思うよ。だって、告白する勇気はないし」
坂上は私なんかに告白されても困ってしまうだろうし、なにより今の関係を崩したくない。
「本気ならいっそのこと、当たりにいったらいいのに」
「砕けたらどうするのよ。麻衣子こそ反対してるんだかしてないんだかわからないこと言わないで」
麻衣子は珍しく言葉に詰まった。
「未夏が幸せになれるってのなら、坂上とくっついてもいいかなとは思ってるわよ、今は」
「は?」
私は呟いて、まじまじと麻衣子のことを見つめてしまった。
いつもの教室、いつもの休憩時間。
正面にはお弁当を食べる麻衣子。
いつもの情景だけど、麻衣子の発言だけがいつもと違う。
慌ててほっぺたをつねってみると痛くて、そうすると今の言葉は夢じゃない?
「いま、なんて言ったの?」
春からこっち、ずーっと麻衣子は否定的な事ばかり私に言い続けてきてた。
だから信じられなくて問い返した。
「それが未夏にとって幸せなのなら、ね」
自分に言い聞かせるかのように麻衣子は口にする。
「どうしたの、突然」
そんな珍しいことを言って、一体どうしたんだろう。私がまじまじと見つめると、麻衣子は居心地悪そうに身じろぎする。
「未夏が坂上を好きになって、結構時間が経つしね。本気かなって」
「何を今更」
本当に今更、そんなこと言われても。
「麻衣子が最初に私に坂上を意識させたんじゃない。麻衣子にやめといた方がいいっていわれなきゃ、私ここまで坂上を好きになってないかもだよ」
「それがやぶ蛇だったことは認めるわ」
渋々麻衣子は言った。
「先回りしすぎだったって事も認める。あと、未夏の邪魔をし続けた事実もね」
「邪魔とかは思ってないけど」
「いーえ、かなり邪魔したわよ」
麻衣子はきっぱりと言い切った後に、素早くごめんねと謝ってきた。決まり悪そうに目をそらして、中断していたお弁当を一口二口。
「謝ってるような態度じゃないなあ、それ」
指摘すると、麻衣子は動きを止める。そうは言ってはみたけど、素直じゃない麻衣子が私が気にしてもないのに謝っただけで充分だった。
「大体、邪魔したなんて思ってないから気にしないで」
ほっと麻衣子は息を吐き、再び手を休める。
「最初はさ、未夏が坂上をお兄さんの代わりにしてるんじゃないかって思ったのよ」
それからささやくような声で口火を切る。
「否定してるけど、未夏はブラコンだとしか思えないし。お兄さんへの思いを、坂上の恋心だって誤解してるんじゃないかなって」
「ちょっと待って、何かものすっごい誤解してない? にーちゃんへの思いって何それ」
麻衣子の言葉に引っかかりを覚えて、私は彼女をまじまじと見た。
「誤解かも知れないけど、未夏の態度はそう思わせるものだったって私は強く主張するわ」
麻衣子は悪びれなく胸を張る。
「よく話題にするから未夏のお兄さんがどんななのか気になるし。だから帰省したときにちらっとお兄さんを見たいなって言ったら全力で拒否だし」
指折りそんなことを言って、麻衣子はからかう瞳で私を見据えた。
「たとえて言うなら、そうねえ。大好きなお兄さんに、私なんか紹介したくないってそんな感じ。嫉妬してるみたいだったわ」
「それこそ誤解だって!」
私は必死に否定した。
「あのねえ、にーちゃんを紹介して麻衣子との友情にヒビが入るのが嫌だったの。それだけよ」
「要するに私とお兄さんがひっついたら嫌だって事でしょ? それが嫉妬じゃなくって何なの」
「違うし! 麻衣子だろうが坂上だろうが、男女問わずにーちゃんに会わせたくはないよ。にーちゃん相当普通じゃないから」
にーちゃんに会わせて、それでこれまでの関係が壊れるなんて嫌すぎる。
「それが嫉妬じゃなくってなんだっていうの。それに未夏は私があなたのお兄さんが変人だったくらいで親友やめるくらい薄情だって思ってるの?」
「う。思ってない。それは思わないけど」
でも、ちょっと怖い。
「思わないけど不安って事は、やっぱり嫉妬でしょ」
私が言い淀んだのを見て、麻衣子はきっぱりと断言した。どうあってもそういう方向に持って行くつもりらしい。
「違うって。だいたい、にーちゃんには彼女がいるんだから」
私が新たなるにーちゃん情報を提示すると、驚いたように麻衣子は目をぱちくりさせた。
「あら、それは初耳。私にも実は彼氏がいるの。だから心配は無用よ。先に言っておけばよかったかな」
「そっちの方が初耳だし!」
うふ、なんて麻衣子は微笑んだ。
「だって言ってないもの」
「聞き捨てならないんだけどそれ」
「まあそんなことはどーっでもいいのよ」
麻衣子はきっぱり言い切ってずいと顔を近づけてきた。言わなくても顔に「これ以上聞くな」って書いてある。
「どうでもいいって、そんな」
抵抗を試みても無駄だった。麻衣子はさらにずいっと顔を近づけて、聞くなってアピールする。
「今は未夏の話でしょ。お兄さんに彼女いるって、ほんと?」
「自分は言わないくせにそれ聞くの?」
「いるの?」
「いるけど」
ごめんなさいにーちゃん。貴方の妹は意志が弱いです。
たぶん、よっぽどのことがない限り貴方に会わせるつもりはないですが、麻衣子に余計なことくっちゃべりそうです妹は。いつか出会っちゃうことがあったらごめんなさい。
現実逃避でにーちゃんにテレパシーを送る試みも麻衣子の前では無効だった。
「会ったこと、あるの?」
「――地元の人だし、会ったことあるよ」
「ふぅん」
麻衣子はようやく元のように私との間に適正な距離を取って、目を細めた。
「だったらさ、試しに聞いてみていい?」
しばらく何か考えたあと、麻衣子は再び身を乗り出した。
「何を?」
気持ち後ろに下がって、ちょっとやそっとじゃ答えないぞって自分に言い聞かせる。
「お兄さんの彼女に会ったとき、どう思った?」
「なんでそんなこと」
「それに素直に答えたら、全力で協力するわよ」
麻衣子は一瞬坂上に流し目を送り私に視線を戻す。
「にーちゃんの彼女の話と、そこがどうつながるんだか」
「いいから吐きなさい」
「尋問じゃないんだし!」
抵抗したけど麻衣子の迫力の前にそれは無力だった。
再びごめんなさいにーちゃん。貴方の妹はにーちゃんの情報を脅しに屈して売り渡します。
「どうって、あんな変わり者のにーちゃんの彼女にしては真面目でいい人だったな。にーちゃんは彼女にメロメロでねえ。目に毒だった。ほんとなんであんないい人がにーちゃんなんかと……」
「ストップ」
「自分で聞いておいてそれはないよ麻衣子」
「いいからストップ。じゃあ第二問」
今のは第一問だったの? 聞こうと口を開きかける私を麻衣子は手で制した。それに応じる私も私だけど、それじゃ駄目だって再び口を開く前に麻衣子が言う方が早かった。
「坂上があの人を見てるの見て、未夏はどう思う?」
「何でごろっと話が変わるの?」
「いいから真面目に答えて」
「どう、って」
私は坂上の方を見た。ぐだぐだ話している私達とは違って、とっくにお昼を食べ終えてるらしい。
友達とも話さずに、机に向かって真剣な顔。追試対策の勉強をしているのかもしれなかった。
「ちょっと、未夏?」
答えない私に麻衣子が呼びかけてくる。
待ってって呟いて、私は坂上があの人を見ている様を想像した。
「どう思うって言われても、悲しいというかイライラするというか、でもあんなきれいな人相手じゃ仕方ないかなあと思ったりとか」
「それもストップ」
「自分勝手だなあ。第三問は?」
「ないわよ」
「あ、そう」
言うなり麻衣子は自分の世界にこもっていった。ぶつぶつ言いながら何か考えてる。
それを見ながら私はお昼ご飯を再開した。卵焼きの残りを食べて、コロッケをぱくつく。ジャガイモかと思ったら、中がかぼちゃで驚いたりして。
「うん、約束通り協力するわ」
しばらくすると麻衣子は自分一人すっきりした顔できっぱり言い放った。
「今の質問にどんな意味があったのよ」
「未夏の中でお兄さんよりも坂上が別格って事はわかったわね」
「そうなの?」
「そうなの」
麻衣子はきっぱりうなずくけど、私にはわからない。
「さんざん邪魔したお詫びもかねて頑張るから。とりあえず放課後、頑張れ」
「何も頑張ることないけど」
「一応デートでしょ。未夏のかわいらしさを全力でアピールしたら、坂上ごときイチコロよ」
「これまでと全然言うことが違うんだけど」
一体麻衣子の中でどんな変化があったのか、知りたい。今まで坂上は駄目だとくどいくらいに言ってたのに。
「今までの私は偽者よ。これからは、本気の本気でくっつけに行くから」
いや、やっぱり知らない方がいいかも。うふふ、と笑う麻衣子の顔はなんだか鬼気迫ってるように見える。
麻衣子の変化の理由がわからないまま、とりあえず怖いのでうなずいておいた。
何をどう頑張ればいいのか、ちっともわからなかったけど。
「はい、これ貸しておくわ」
放課後がやってきてクラスメイト達が部活に行ったり帰ったりしている中、私のところにやってきた麻衣子は言うなり机の上に青いポーチを投げ出した。
「なに、これ」
「化粧ポーチ。ちょっとはしていきなさい」
「えええええ」
私はポーチと麻衣子の顔を見比べた。
「無理ッ。無理無理!」
化粧なんてやったことがない。
「無理じゃないわよ。未夏はその辺に疎すぎ」
「だって」
「だってじゃないわ。あとねえ、前々からもー気になって気になって仕方なかったんだけど」
麻衣子はじっと私を見て、すっと手を挙げた。
「な、なに」
近づいてくる麻衣子の手が恐怖で私はじりっと後退した。机と机の間のわずかな隙間でその手から逃れられるわけもなく、あっさりと麻衣子は目的を果たした。
「コンタクトにしたら?」
愛用の太縁眼鏡を麻衣子は取り払って、私の顔を観察する。
「えー、怖いじゃないそれ」
「じゃあ授業中以外は眼鏡はずせ。眼鏡ない方が可愛いよ、未夏は」
「ありがと?」
麻衣子はすっと私に眼鏡を返してくれた。
「不思議そうな顔するんじゃなーい。ほんっと着飾ることを知らないというかもったいないというか、この子は」
ぶつぶつと麻衣子はぼやいてる。
「ねえ、明日暇?」
ぼやいたあとの突然の問いかけに私はこくんとうなずいた。
「暇と言えば暇かな。たまってる本を読もうかとは思ってたけど」
「じゃあ、家に遊びに来ない?」
「いきなりねえ。何たくらんでるの、麻衣子」
麻衣子はとっても楽しそうな笑みを浮かべた。
「いいこと?」
「何かその含み笑い怖いんだけど!」
「まあしっつれいねー。いいから明日、家に遊びにおいで。詳細はあとでメールするわ。今日の話も明日じーっくり聞くからそのつもりでね」
深まった笑みが本当に何かたくらんでそうで、怖い。
「お姉さんにぜーんぶ任せてくれたらいいのよー。これまでのお詫びもかねて頑張っちゃう」
「誕生日私が先なんだけど」
「その辺は気にしないっ」
麻衣子はじゃあ約束だからねと念を押すのでうなずいて答える。
彼女が何をたくらんでいるのかと思うと怖いけど、遊びに行ったときに必ず出してくれる手作りお菓子はその恐怖に打ち勝つおいしさだ。
麻衣子は家庭科部だし、その辺手慣れてるから。
「じゃあ、健闘を祈る。今日うまくいかなくても落ち込むな。お姉さんがばっちりバックアップしてあ・げ・る」
うってかわってノリノリの麻衣子の中で、一体何があったんだろう。全然わからない。
「ちゃーんと可愛くしていきなさいよ。じゃあ明日ねー」
言うだけ言って麻衣子はうきうきした足取りで教室を出て行った。
残ったのは私と化粧ポーチ。
私は呆然とポーチを見下ろして、途方に暮れた。化粧なんてしようと思ったことさえない。
子供の時はあこがれたけど、高校生になった今は別に化粧なんてどうでもいいんじゃないのって思ってるから。
まだ子供でいたいって気持ちの表れなのかもしれないなんて、自分では考えてる。
化粧なんていかにも大人みたいで、したら絶対くすぐったいような気分になるに決まってる。私みたいな意見は少数派だって知ってるけど。
乗り気になった麻衣子がしろって言うんだから、坂上は化粧してる子が可愛いって思うかも知れないけど――でも、化粧ってどうやってするの?
興味が全くないからやり方さえわからない。格闘したところで、可愛くなれるとも思えない。
「大体、化粧したくらいで坂上があの人を忘れて私を好きになってくれるとも、思えないしなあ」
そうだったら毎日だって化粧品と格闘してもいいんだけど。
誰もいなくなった教室で言い訳のように呟いて、私は麻衣子のポーチをカバンにしまい込んだ。
うん、これは明日返そう。
2005.10.29 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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