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8.どっきり大作戦
ぐるぐるぐるぐる考えていると、出ていったときと同じくらいに慌ただしく麻衣子が戻ってきた。
「再確認するわよ」
扉を開けてそのそばに立ったままで、麻衣子はおもむろに口を開く。
「坂上の前でお兄さんの話はしない、わかった?」
「わかった、とか聞かれても」
「話は蒸し返さないっ。わかったわね、約束よ?」
渋々うなずいた。否定しても、麻衣子は絶対諦めないだろうから。
私がうなずくと麻衣子は満足げに笑う。
「本当は軽く化粧ぐらいしてあげようと思ったんだけど、時間がないの」
「あ、化粧といえばポーチ返さなきゃ」
「あぁ、そんなのはあとあと。いいからちょっと来て」
ひらひら手を振った麻衣子はくるりと私に背を向ける。
「なに?」
そういえば時間がないって何だろうなって思いながら後を追った。麻衣子は一直線に玄関に向かって靴を履く。
「え、どこ行くの。カバン置いて来ちゃったし」
「手ぶらでいーわよ。あとで取りに来るから。ほらおいで」
有無を言わせない麻衣子について家を出た。彼女は扉に鍵をかけて、ふらりと道に出る。
「財布もないよ」
「いらないわよ」
ちらっと振り返った麻衣子はにっこりきっぱり言い放つ。
そのまま向かったのは、最初に麻衣子が出てきた隣の家だった。
「もしかして、何か用事あった?」
「まーね」
「それなのにわざわざ誘ってくれなくてもよかったのに」
「今日誘わなくて、いつ誘うのよ」
「来週とか?」
「それじゃ意味がないし」
「何それ意味がわかんないよ」
そんなやりとりをしている間に隣の玄関にたどり着く。ためらいもせず敷地内に入り込んで、麻衣子は玄関には興味を示さずに壁沿いに進んだ。
「ちょっと、麻衣子」
人様の家でそれはちょっとないんじゃないかな。私の呼びかけに麻衣子は笑顔で振り返る。
「大丈夫、気にせずおいで」
「気にするに決まってるじゃないっ」
思わず声を張り上げてしまって、しまったと口を押さえる。知らないお宅の玄関先で騒ぐなんて常識はずれもいいところ。
「お」
と、私の大声が聞こえたからか奥からひょっこりと男の人が出てきた。
「ごめんな……」
逃げたく思いながら謝罪をしかけ、それはすべて口にできないまま終わる。
「どうも?」
大人っぽいようなおしゃれな服は着てるけどよく見たら私と同年代の男の子で、口の端を上げてぽつりと口にするその人には見覚えがあった。
ぱくぱくと口を開いたり閉じたりする私を麻衣子は振り返り、楽しそうににんまり。
「麻衣お前、黙って連れてきたろ」
昨日会った祐――じゃなくてえっと。原口、確か坂上が原口って言ってたその人。
あきれかえったような原口君に麻衣子はうなずいた。
「未夏、ここ祐司の家。そんでこれが私の幼なじみ兼彼」
「これ呼ばわりはないんじゃないか?」
原口君はそう言ったけど本気でそうは思っていない様子で、麻衣子に近づくとこつんと頭を叩く。
「うわ、いったーい。ひっどーい」
「騒ぐなよ。昨日はどうも」
「えっと、どうも」
原口君は私の存在に全く驚いていない。私は驚きでいっぱいなのに。
大体、この人は今日坂上とハロウィンパーティをするはずで、その準備はこの人の彼女が――って麻衣子が?
えええええ。
「ほらお前が説明しないから彼女、混乱してるだろ」
「説明して逃げ出したら面白くないでしょ」
「面白がるなよお前」
「あら私としたことがおほほ。逃げ出したら呼び出した意味がないじゃない」
「お前なぁ」
現状認識をしようとしている間に、麻衣子とその彼氏さんは息のあった掛け合い。
そういえば原口君の彼女の話になったら坂上はなんか口ごもっていたような気はする。てことは、坂上はそれが麻衣子だって知ってて黙ってたってこと?
「説明してから、裏に連れてこい」
「はいはーい」
麻衣子の軽い返答に呆れた顔をしたまま原口君は戻っていく。
姿が見えなくなるなり、私は麻衣子に詰め寄った。
「どういうこと?」
「――なにか続けたそうだった坂上の言葉を遮った、って言ったじゃない?」
「え?」
突然言われて、とっさに思いつかない。
少し考えて、昨日坂上に誘われたときの話だって気付く。言い負かされないように慌てて用事があるからとか言った時、坂上は確かに何か言いたそうだった。
「黙ってろって言ってたんだけどねー。未夏がうなずかないから、今日パーティに私もいるからおいでとでも言いたかったんじゃない?」
「そう、なのかなあ」
「私の怒りを買っても誘いたいと思う程度には、未夏は坂上に気に入られてるんじゃないかしら。そこだけは自信を持っていいと思うわ」
麻衣子はうれしいことを言ってくれる。でも坂上も麻衣子の怒りをおそれてるって事なのそれ?
怖くて聞くに聞けない。
「単に騒ぎたいだけかもしれないけど?」
うれしいことを言ってくれた麻衣子はかと思えばすぐに落としてくれた。坂上の性格からして、騒ぎたいだけって方が正解の気がする。そりゃ、誘っていいと思う程度には親しいと思ってくれてるんだと思うけど。
「麻衣子は私を持ち上げたいの? それとも落ち込ませたいの?」
問いかけに答えは返ってこない。ひょいと肩をすくめて麻衣子は答えずに奥に歩き始める。
「もうっ」
必要なことは何一つとして聞けていない。
だからといって聞きたいことの優先順位も決められなかった。たくさん尋ねたいことはあるけど、混乱しすぎてまとまらない。
最終的にはどうしていきなり態度が変わったかってところに落ち着くんだけど、どこからどう聞けばちゃんと説明してもらえるんだろう。混乱したまま問いかけても麻衣子にあっさりごまかされる気がして、どうしようかと思いながら彼女の後を追った。
麻衣子が建物の角を曲がるのに追いついて曲がった瞬間、目に飛び込んできたのはあの人の姿。
――少し考えれば、わかることだった。この場所にこの人がいそうなことくらい。
落ち着いた色合いの大人びた姿。センスのある私服。
立ちすくんだ私をしょうがないなって顔で麻衣子が振り返る。腕を伸ばして、私の手をつかんだ。ぐいっと強引に引っ張るものだから、体勢を崩しそうになる。
庭を観賞していたらしいあの人が、その時初めてこっちに視線を移す。
私に目を留めて、軽い会釈。さらっとしたきれいな髪を掻き上げて、微笑む。
「こんにちは」
鈴を鳴らすようなきれいな声。
「こ、こんにちは」
動揺して、どもってしまった。私を勇気づけるように麻衣子が握りしめた手に力が込められる。
「小坂さん、この子は未夏。私の親友なの」
「はじめまして」
あの人――小坂さんがもう一度会釈する。競うように私も頭を下げた。
「はじめましてっ」
同級生だって言うのに落ち着き方が違う。小坂さんはにこりと微笑んだ。間近ではじめて見るその笑みは、クールビューティとか魔女とかそんな言葉が想像できないくらい暖かい、優しそうな美人さん。
坂上が好きなのはこの人なんだって思うと、いろいろ複雑なものがある。噂だけじゃいい人と思えなかったけど、実際は優しそうな人に見える。
だから坂上には見る目があるんだなとか。こんなにきれいで優しそうな人に私が勝てるわけがないなとか。
そんな風に思って。
「じゃ、私は台所行ってくるわ」
私がぼうっと小坂さんを見ていると、紹介をしたってことで満足したのか言うなり麻衣子は私の手を離した。
「えっ」
「人見知り同士、仲良くね?」
有無を言わせずに 麻衣子がさっさと軒先から家の中に入ってしまう。私は一方的に小坂さんを知ってるけど、彼女は私のことを全く知らない。人見知り以前に何を話していいのかさえわからなかった。
小坂さんは私と同じく坂上とか麻衣子みたいに初対面からフレンドリーな会話を繰り広げる能力を持っていないらしくて、気まずい沈黙が続く。
あの二人くらいに言いたいことが思いつけばいいんだけどなって考えに考えて、ようやく思いついた。
「あ、えっと。そういえば原口君はどうしたんですか?」
「雑巾を持って、奥に行きましたよ」
お互いなんでか敬語で言い合って、顔を見合わせて。
同時に吹き出してしまった。そうしてしまうと、なんだか気が楽になる。
「奥の方の片付けをしているらしくて。手伝うと言ったら、お客さんにはさせられないって」
そう思ったのは小坂さんも同じらしくて、彼女は少しくだけた口調で言い添えた。
「協力したら早くすむと思うのに」
「でしょう? お客さんなんて上等なものじゃないし。原口君は会場を提供してくれた恩人なんだから、気を使うことないのにね」
「学校じゃなくて、何でここでパーティを?」
園芸部じゃない小坂さんでも彼氏が関わってるから知ってるだろうと思って聞くと、彼女は予想に反して首をひねった。
「さあ新君か坂上君が言い出したんじゃないかと思うけど」
「そういえば、その二人はどこに?」
話そうという気になれば意外と話は続くのが不思議だった。
「学校からかぼちゃを運んでいるころじゃないかしら」
「あんなに大きいのを?」
「幸いここは学校から近いけれど、無茶よね」
まさか抱えて持ってくることはないと思うけど、確かに無茶は無茶だ。
「元気だねぇ」
つぶやくと小坂さんは同意するようにうなずいた。
ちょっとは会話が盛り上がったけど、しばらくするとどうしても次の話のネタを振ることができなくなった。
聞きたいことがないわけじゃない。でも下手に聞いて私が坂上を好きだと悟られるのは恥ずかしくて何も聞けない。
去年の坂上はどんなだったかとか興味はあるし、聞けば答えてくれそうな気はするけど。それを坂上が好きな小坂さんから聞くのは自虐的なんじゃないかとも思うし。
話題がなくなって気まずくなりそうになったタイミングを見計らっていたように、玄関先が騒がしくなった。意外と話しやすいとはいえ相手が相手だから緊張してたのもあってああ助かったーって思った。
角を曲がって現れたのは青いペンキがはげかけた一輪車。その上にはごろごろっとかぼちゃがのっている。
それを押しているのは小坂さんの彼氏さんの、えっと篠津君、だったっけ。
見たことはない人が隣に一人、多分取り巻きさんがいて二人は私を見て不思議そうな顔をした。
そのあとで納得したような感じで口の端をいたずらに上げたのは、一応顔見知りの篠津君。
「ただいま」
「おかえりなさい」
小坂さんは篠津君に答えて極上の笑みを見せる。篠津君はそれに応じるように微笑む。一輪車をぐぐっと押して軒先に止めると彼は疲れたと言いたげに腕をぐるぐる回した。
「結局道中一度も変わってくれないのって反則だぜ、春日井先輩?」
「若いんだから働け、後輩よ」
篠津君と一緒に来たのは先輩らしい。
「一つしかちがわねーだろがよ」
「その差は大きいぞ、新」
春日井先輩は体格のいい人で、篠津君より一回りくらい大きい。太ってるわけじゃなく鍛えてる体育会系の雰囲気。
篠津君と先輩がそんな掛け合いをしている中、さらに角からさっきと同じような一輪車がひょっこり現れる。
やっぱりペンキがはげかけていて、かぼちゃがごろごろ。ただ、色が赤いところと ―― 一輪車を押すのが坂上だってところが違った。
さっきと同じように、坂上の隣にいるのも見知らぬ人。その人と話してた坂上はすぐに違和感には気付かなかったみたいで、しばらくしてようやく私を見て驚いたように口をあんぐり開けた。
「えーえええ」
驚きついでに坂上が一輪車の持ち手を放したもんだから、がごっといい音がした。その拍子に坂上の方に大きなかぼちゃがごろりと落ちていく。
「ぎゃー?」
かぼちゃに足を直撃された坂上が間抜けな悲鳴を上げる。
呆れたような顔で嘆息するのは坂上の隣の人。弾けるように笑い出したのは篠津君。
「アホだなぁ」
しみじみと春日井先輩がもらして、くすくすと小坂さんは笑う。
「ううう」
坂上は足を押さえながら悲しげにうなった。
「だ、大丈夫?」
「俺のガラスのハートが傷ついたよ。ああ、心配してくれるのは未夏ちゃんだけだ」
馬鹿なことを言いながら坂上は落っこちたかぼちゃを拾い上げる。
「大丈夫みたいね」
冗談を言える辺り、余裕がある。
「お、帰ってきたわねー」
騒ぎに気付いたのか麻衣子が出てきた。
「何馬鹿笑いしてるんだ? 新」
麻衣子の後ろからは雑巾を持った原口君が顔を見せる。げはげは笑いながら篠津君が説明を始めようとしたところを坂上が後ろから襲った。
「新が馬鹿なのは今にはじまった事じゃないでしょ」
篠津君の口を後ろからふさいで、しれっとひどいことを言う坂上にうなずいたのは聞いた原口君だけでなく男性陣全員。
坂上を払いのけて「お前らなあっ!」と篠津君が叫ぶ。
「坂上が何かやらかしたのね?」
冷静に麻衣子が状況を判断してちらっと私を見たので、一同の視線が私に集まってしまう。
「紹介するわ、私の親友の未夏。未夏、そこのでっかいのが春日井先輩、冷たそうなのが羽黒君よ」
「――お前、先輩や羽黒に恨みでもあるのか?」
「ないわよ」
原口君はきっぱり言い切る麻衣子を見て呆れたように笑った。紹介された方の先輩も羽黒君も慣れているのか苦笑している。
「えっと、よろしくお願いします」
ぺこんと頭を下げると、二人ともが頭を下げてくれる。
「ねえねえねえ!」
そのあとで私と彼らとの間に身を乗り出して声を張り上げたのは坂上。
「未夏ちゃんが昨日、今日は駄目って言ってたのって」
「麻衣子が――」
「もちろん私が誘ったからよ?」
言いかける私の言葉を遮った麻衣子がにっこりした。
「くああ!」
坂上は大仰に頭を抱えて、恨みがましそうに麻衣子をにらむ。
「それならそうと言っててくれればよかったのに」
「まさか麻衣子のお隣さんが坂上のお友達なんて思わないでしょ?」
「言っちゃったら面白くないじゃない」
ゆっくりを頭を巡らせての言葉は私に向けて。私の答えをあとから麻衣子が補った。
「そーゆー問題?」
あ、坂上が弱気につぶやくのなんて初めて聞いた気がする。
肩を落としたまま頭を振って、ふっかいため息。
「心臓が止まるかと思ったよ」
「そう言ってくれると、計画したかいがあったわー」
坂上の様子とは対照的に麻衣子はご機嫌で、ふふっと笑うと身を翻した。
「私は忙しいから、未夏のことを頼んだわよ坂上。未夏に心細い思いをさせたりしたら――わかってるわね?」
その笑みが怖いよ麻衣子。坂上も何かわかってることになってるらしいし。
「うー」
坂上はうなった。
「麻衣子、そんな風に坂上を脅かさないでよ。心細くはないし」
心細くないというのは、本当は嘘だけど。だって麻衣子が忙しいのなら坂上以外は会ったばかりの人の中に混じることになるから。
でもだからって坂上に無理に私の相手をしてもらってもうれしくない。
協力はありがたいけど麻衣子の言葉は逆方向に向かってない?
「ええっ」
うなっていた坂上が私を素早く振り返った。
「そんな、昨日とかは気が引けるって言ってたのに。あ、もしかして俺にまとわりつかれるの、嫌い?」
緊張した面持ちで問いかけてくる坂上はさっき不満そうだったのが嘘みたいだった。相変わらず仕草がオーバーで、本当に悲しそうに見える。
「そうか、よーやくお前は自分がウザイ男だと理解したか」
「ちょっと待って? ねえ新それ初耳なんだけど!」
「ああ、そうか。お前に悪いと思ってずっと言ってなかったんだけど、実はウザイよなお前」
篠津君がうんうんとうなずきながらしみじみと言うと、坂上はガーンとかつぶやいて私の方をばっと見た。
「そんなことないよね?」
端から聞いていると篠津君が言ってるのはものすごく失礼な話なんだけど、周りのみんなは普通に聞き流してるようだからいつものことなんだろう。
冗談にしてもひどいようなことだと思うんだけど。
「え、えっと、うん」
坂上は段ボール箱に入れられた子犬のように救いを求めるような眼差しを私に向けるもんだから、動揺しつつもうなずいてしまう。
「おじょーさん、こんなヤツに甘い顔するとろくな事ないぞ?」
「ちょっと新、未夏ちゃんに変なこと言うのやめてよねー」
「親切心からくる経験者からのアドバイスだぜ?」
続く軽い掛け合いを聞くとここはうなずかない方が正解だったのかな。だけど、冗談でも坂上に冷たいこと言って嫌われるのは避けたいから、うなずいたのは正解だったと思いたい。
2005.11.07 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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