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コメントツボった記念サルベージ:精霊使いとっぽくない話

 見上げる空が、どこまでも青い。
 雲一つない、快晴。
 お気に入りの帽子をかぶって、その上からぽんと頭をたたく。これだけしっかりかぶっていれば風のいたずらなんかじゃ飛ばないぞって、自分に言い聞かせながら。
 とはいえ、今日は風は吹いていないけど。
 でも仕方ないじゃない、こんな日はとてもうきうきするんだから。



 私が彼と出会ったのは、数ヶ月ほど前のこと。
 あれはちょうど今日みたいによく晴れた日。あの日は今日よりもっと空は青くて、少し風が強かったようには思う。
 そうじゃなきゃ、私の記憶に残るくらい明確に出会うことはなくただすれ違っていただけで終わってただろう。
 よく晴れた日だからこそ、安心して家を出て。
 だからこそゆっくりと歩いていた。
 これが雨だったらこうはいかない。慌てて準備して出かけないと、雨の日はついたあとが大変だ。
 まあとにかくよく晴れている時は仕事場に向かう足取りも軽くなる。
 気持ちよく鼻歌なんて歌いながら歩いていると、そのとき風が吹いた。
 元々強かった風が私の髪を舞い上げて、そればかりか帽子を吹き飛ばす。
「あっ」
 しまったって思って、そう声に出すだけで精一杯だった。
 飛ばされた帽子を目だけで追う。
 それじゃあだめじゃないって気付いて、足を踏み出したのはたっぷり十秒は過ぎたあと――だと思う。
 一歩踏み出して、二歩目が続いて。
 追いかけはじめると夢のようにもどかしく足が進まない。
 対する帽子はといえば、もうずっと遠くにある。
「くうぅっ」
 諦めて、足を止めたときだった。
 本当は諦めきれずに私が見つめていた帽子が急にくいっと動きを変えた。
 風はまだ強く吹き付けている。なのに、突然風がやんだかのように帽子が落ちてきた。
 落ちたって言うよりも何らかの意志を持っているかのような動きだ、なんて思ったのはそれからずっと後のことだけど。
 私が意味がわからなくて大口を開けながら視線で帽子を追うと、帽子はすとんとまるで決め事のように当然の顔をして一人の少年の手に落ちた。
 丈夫そうな服に、やや大きめの荷物。旅人さんかもしれない。
 彼は右手で私の帽子をつかんだあとで逆の手をひらりと振って、それから笑顔で私を見る。
 私と同じくらいかな。人なつっこい感じの笑みで、右手の帽子をひらり。
「君の?」
 少し大きめの声で彼が聞いてきた。
「え、あ、うん」
 とにかくもう、何で帽子がいきなり不思議な動きをしたのかが不思議でたまらなくって、私の返答はかなり間抜けだった。
 え、なんで、どうしてって言葉が頭をとにかくぐるぐる回っていて。
 そんな私の間抜けな反応なんて彼は気にしないようだった。
 笑顔を崩すこともなく、帽子を片手に私に近づいてくる。やや早足。彼が近づいてくると次第にどきどきしてきた。
 腑に落ちない点はあるにしろ、風に飛ばされた帽子を拾ってくれた彼は笑顔のすてきな人なのだ。
 しかもなかなか整った顔つき。
「はい」
「あ、ありがとうございます」
 彼から帽子を受け取って、ぴょこんと頭を下げる。
「どういたしまして」
 顔を上げると、彼の満面の笑顔だ。
「風は気まぐれに悪さするから気をつけてね。じゃ」
「え、あ、はい」
 やっぱり間抜けな返答をする私を馬鹿にするでなく、彼は笑顔のままくるりと背を向けて去っていく。
 呆然とその後ろ姿を眺めていた私は、しっぽのように茶色い髪の毛がぴょんと揺れるのをしばらくして発見して、目を見張った。
 風が悪さって!
 急に帽子が落ちたのって!
 髪が長めの男の人って!
 少ないピースを鈍い頭で何とかつなぎ合わせて、私は結論を導き出した。
 精霊使いだ。あの人きっと精霊使いだ。
 きっとそうに違いない。
 噂に聞く精霊使いって人は誰でも髪を長めに伸ばしてるらしいし、風が悪さするって言い方が何か精霊使いっぽい。
 精霊使いなら、風の精霊に飛ばした帽子を返してもらうことだってできるはずだし。
「うわあ」
 うわあうわあどうしよう。
 精霊使い、精霊使いだよ精霊使い!
 帽子を握りしめたまんま、私はきゃーきゃーと内心のたうちまわった。
 精霊使いって言えば、誰もがあこがれる職業ナンバーワンだ。あこがれたからってなれないってあたりがきっとさらにみんながあこがれる理由。
 精霊を見ることができる一握りの人しかなれなくって、強くって優しいエリートが精霊使いだ。私と同じくらいに見えたけど実はもうちょっと年上、ってこともあるかもしれない。
 精霊使いだの魔法使いだのって人種はなぜだかみんな長生きで若作りだから。
 でもあのすてきな笑顔とかすてきだし、エリートだからそんなの関係ない。
「しまった、お礼にお茶に誘うとかしたらよかった……!」
 それは過ぎたから思いついたことで、実際彼を目の前にしたらそんなこと言い出せさえしないだろうけど。



 まあとにかく。
 晴れた日は前よりも好きになった。風があるとなおよい。だって、もう一度彼に会える気がするから。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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