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お誘い編 水葉視点
「ゆーこ、みーこ、敬太ーっ」
「なにー?」
ばーちゃんの呼ぶ声に部屋から階下を覗くと、玄関のところにばーちゃんの後ろ姿とその前に立つ見慣れたごつい姿があった。
「じろ兄じゃん、どしたの?」
一番手は私だったらしい。
「次郎君?」
ねーちゃんが不思議そうにつぶやく声が後ろから聞こえて、
「じろ兄? 何の用?」
最後に敬太が続く。兄弟揃ってトントンと階段を下りたところで、ばーちゃんが身を翻した。
「こんなところじゃあれだから、中においで」
「どーも」
じろ兄は几帳面に頭を下げて、靴を揃えて上がった。私より三つ年上で、ねーちゃんより三つ年下の次郎兄はうちのお隣さんだ。名前の割に一人っ子で、そのせいもあって小さい頃は家の兄弟と一緒くたになってよく遊んだ。
「久々だねえ」
「ほんと、どうしたのじろ君」
ねーちゃんと二人で口々に言うとじろ兄は「そうだなあ」って笑った。
「それがな」
居間に腰を落ち着けて、一口麦茶を飲んだあとじろ兄はそう切り出した。
「突然なんだが、みんな十六日は暇か?」
「じろ兄、どっか連れてってくれんの?」
不思議そうに敬太が顔を上げる。
小さい時こそ仲良くしてたとはいえ、最近は結構ご無沙汰している。突然やってきていきなり聞いてきたじろ兄はこくりとうなずいた。
「家のばーちゃんとこだがな」
「じろ兄のばーちゃんち?」
「おう。そうか、敬太はちびこかったから覚えてないかもなあ」
心底不思議そうな顔になった敬太を見てじろ兄は感慨深そうな声を出した。敬太とじろ兄は年も離れている。じろ兄のとこが毎年のように私たち兄弟もじろ兄のおばあちゃんのところに連れて行ってくれてたのは敬太が小学校になるかならないかくらいで、そうするとあんまり覚えてないかな。
そう言う私だって記憶はあやふや。なかなか広いお庭で、田舎ーって感じのところだった。あ、これ褒め言葉ね。
「それにしても突然ね」
「急に決まったんだ」
ねーちゃんの言葉にじろ兄はそう言う。
「私は先約があるわ」
「デートっ?」
「うるさいわねみーこ」
顔をそらして答えてくるってコトはビンゴだ。ねーちゃんは素直じゃないし、恥ずかしがりだ。
「デート? ゆっこねえって彼氏いたのか?」
びっくり眼で聞いてきたじろ兄は初耳だったらしい。
「違うわよ! 何か友達と楽しそうなことやるからおいでって言われたの!」
「何その楽しそうなことって。あのにーちゃんの楽しいことって相当楽しそう」
「知らないわよ。着くまで秘密とか言うんだからあいつ」
「うわー。すっごいらしいなあ、それ」
「だからうるさいっての」
ねーちゃんはふてくされたように頬杖をついた。
「みーこも知ってるのか? ゆっこねえの彼氏」
「うん。なかなかカッコいいのにかなり面白い人だよ」
「――なんだその微妙な人物評は」
「あいつのことなんかどーだっていいでしょ! じろ君も早く何にこの子達を誘うか教えてあげなさいよ」
顔を真っ赤にして怒るねーちゃんを見てじろ兄はびっくりした様子だったけど、気を取り直した様にこほんと咳払いをした。
「俺の後輩の一人が受験勉強の息抜きだとか言って、流しそうめんをやろうなんて言い出したんだ」
「それでなんでじろ兄のおばあちゃんのとこ?」
「竹林があっただろ。あそこで竹を切り出して、流しそうめんをやろうってな。ばーちゃんはあの通りもてなし好きだし、それならついでに井下さんところの子も連れておいでって言ったわけだ」
「なるほどー」
「みーこは好きだろ? そういうの」
「俺も好きだ!」
じろ兄は勢いよく主張する敬太に目を細めてうなずいた。
「どうだ?」
「私は暇だよ。でもホントに混じっていいの?」
「ばーちゃんが会いたいってんだ。俺の後輩達も人数が多い方が楽しいって主義だしな」
「行ってもいいよな、ばーちゃん!」
ばーちゃんは共働きで忙しい両親に代わって、私たち兄弟の母親代わりだ。勢いよく問いかける敬太に苦笑しながらじろ兄を見た。
「じろ君は迷惑じゃないかい?」
「ちっとも。後輩どもはみんな彼女連れなのでかえって助かるというか」
「じろ兄は彼女いないのか?」
「けーた、失礼なこと聞くんじゃないの!」
失礼な敬太の言葉にねーちゃんが目くじらを立てる。じろ兄はそれを見て苦笑するだけだ。
「ま、そういうわけで今日は予定を伺いに。詳しく決まったらまた伝えに来るけど、多分朝早めに出るから」
怒るなんて不毛なことはせずに、じろ兄はそう言って立ち上がった。
2007.08.24 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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