IndexProject2007夏企画

車待ち編

「おはよ」
「おう」
 早めに家を出ると、同じように早めに出たらしい祐司の姿がそこにあった。
 時刻は六時をやや回ったところ。七時半に最終の待ち合わせと言われれば、時間の余裕を見て早めに拾ってもらわなければならない。
 夏とはいえ、朝も早いと少し肌寒い。空を見上げると雲一つないが、昼の暑さを想像して麻衣子はこっそり顔をしかめた。
「小坂さんと篠津君は?」
「もう少ししたら来るんじゃないか?」
 この場で拾ってもらう残り二人の家は麻衣子と祐司の家からそれぞれ北と西にある。
 向こうは車とはいえ、面識のない未夏の兄に余り面倒をかけるのも申し訳ないから、ここで集合することにしていた。
 ふうんとうなずいて、待つことしばし。並んでやってきたカップルはいつ見ても微妙に違和感がある。学年一の美人と見た目はいいものの間が抜けた男。
 挨拶を交わし、さらに待つことしばし。見慣れないシルバーのワンボックスカーがぴたりと彼らの前で止まった。
 麻衣子は未夏が隠したがっていた兄の姿を確認しようと運転席に視線を向けて、目を見張った。車に乗っているのに麦わらは何だ、麦わらは。
 呆然としたのは麻衣子だけではなかったらしい。祐司も驚いたように運転席を見ている。
「おっはよー。みんな揃ってるねー」
 元気よく坂上が降りてきて、未夏もそれに続いた。最後に運転席が開いて、未夏の兄が降りてくる。
「どうもはじめまして」
 落ち着いた声音で一礼する。確か、五つほど年上だったか。かつて親友から聞いた情報を思い起こしながら麻衣子はこっそりと麦わら帽を目深に被った青年を観察した。
 背が高い男は一礼して、麻衣子を含めた不審そうな視線に気付いたのか首を傾げる。
「にーちゃん、帽子」
「えー、でも未夏ぅ」
 未夏の突っ込みに青年は渋る声を上げる。その口ぶりが微妙に坂上に似ていて、麻衣子は未夏の人物評価があながち間違っていないことを悟った。坂上は今時麦わら帽を堂々と被るほどおしゃれを捨ててはいないが。
「いいの?」
「みんな私の友達だし、坂上の友達だよ」
 妹を見下ろした兄はややしてこくりとうなずいた。ひょいっと帽子を持ち上げて、きれいに一礼する。
 まるで正装でもしているかのような、そんな態度。
 現れた顔はひどく整っていた。にっこりと人好きのする笑みを浮かべながら、先ほどよりは軽く帽子を被り直す。
「妹がいつもお世話になってます。兄の武正です」
 兄妹だけあって未夏に似た印象があった。眼鏡をかけているのもより似て見えるポイントだろうか。
 麻衣子は呆然と兄妹を見比べた。
「にーちゃん、この子が里中麻衣子、その隣が原口祐司君、そのさらに隣が篠津新君で、最後が小坂あきほさん」
「どーもよろしくねー」
 気楽に武正はへらりと手を振る。
「ま、詳しくはおいおいってことで、乗って乗って。外は暑いでしょ」
「うん、そうだね。時間もないし」
「そだねー。ほらみんな乗るんだ」
 一番に運転手が席に収まり、運転手の妹とその彼氏がみんなを中へと追い立てた。車内はほどよく冷えている。耳慣れた音楽が流れていて、麻衣子はくらりとした。
「よしじゃあしゅっぱーつ」
 未夏が言っていたように、兄の言動は坂上に似ている。普段であれば彼が言いそうなことを言いながら運転手が車を走らせはじめたのを見つつ、麻衣子は思う。
 前の席に座る親友めがけて麻衣子は身を乗り出した。
「ちょっと寄り道したあとで聖華校に行くからねー」
 そんなことを言う武正をちらりと見たあと、口を開く。
「未夏、あのさ――」
「うん?」
「未夏のお兄さんって」
 麻衣子は少し言い淀んで、自分らしくないと思い直す。
 と、その時曲に乗せて運転手が歌い始めた。
「長い長い流し台〜。とても長いそうめんの物語〜♪」
 曲にぴったりの声とリズムで、それに乗るのは妙な歌詞。
 唖然と麻衣子は言葉を止めた。篠津があまりの歌詞に吹き出して、爆笑をはじめる。
「何その凶悪な歌はー!」
 呆然とその声に聞き入ってしまった自分を麻衣子は恥じた。勢いよく叫び声を上げると、ぴったりと声が止まる。
「ダークブルーの替え歌だけど?」
「そんなん聞きゃあわかるわよ!」
「おー。すこしばかり古い歌なのによくご存じで」
「嫌いじゃないからね!」
「え、そーだったの麻衣子?」
 びっくりした様子で振り返る親友を見て、麻衣子は肩を落とした。
「それなりにね。未夏に言ってもさっぱりわかりそうにないから言ってなかっただけ」
「いい判断だねえ」
 のんきな声を上げる未夏に麻衣子はぐっと顔を寄せた。
「ねえ未夏聞いていい? 未夏のおにーさんどーもコナカタケノジョーにそっくりなんだけど。顔も声も!」
「……うん」
「いやうんじゃなく」
「よくそんな風に言われるんだよねえ」
 あっさりとうなずく未夏に対して、武正はけろりとつぶやく。
「それは俺的に非常に迷惑なので、以後禁句ね?」
 くるりと振り返った武正は目だけは笑っていなかった。
「コナカは鷹城出身よね。公表されてないけど、噂は聞いたことがあるわ」
「西小から中央中を経て鷹城高卒業後に城上大学に進学。一年の時に留年して、現在四回生でございまーす」
 運転中なのですぐに前を向いた男から気楽な口ぶりで返事がやってくる。
「未夏が家から離れた中之城に進学したのは俺が原因なんだよね。だからそういうことは言わないでもらえるとありがたいんだけど?」
「――なるほど」
 納得して、麻衣子は引き下がった。
「だから未夏はおにーさんと私を会わせたくなかったわけね」
「えっと、ごめんね?」
「私が悪かったわ」
 多くは言わずに麻衣子は謝った。素直じゃなく偉そうな声だったけど、未夏は充分に真意を察したらしい。ふんわりと笑って首を振った。
「なんとなくわかったけど……何でいい曲を自ら台無しにするかなぁ」
 腕を組んで背中をぐっとシートに押しつけるようにして、麻衣子は納得がいかなくてそれでもぼやいてしまう。
「うーん」
 鈍い顔で首を傾げる親友にだけ聞こえるように、
「コナカはキャラはアレだけど、歌に関してだけは真面目だと認識してたんだけど」
 そんなことを呟いてみる。
「にーちゃんは昔からてきとーに歌うの好きだったからなあ」
 それに対する答えはそんなもので。
「今はきっと流しそうめんにわくわくしてるんだよ」
「――なるほど」
「家からずっとあんなだったの」
「……それは、苦労するわね」
「いつものことだけどね」
 文句を言われたからか、武正はふんふんと鼻歌を歌いながら運転を続けている。もしかしたら心の中でまだ妙な歌詞を乗せているのかもしれなかった。麻衣子は一瞬想像しかけて、すぐにやめた。
 幻滅して聴けなくなったら少し嫌だなと思う程度には麻衣子はコナカタケノジョーが好きだったので。

2007.08.29 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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