IndexProject2007夏企画

準備編8

「後片づけをすればいいって言ったのにねえ」
 優美と未夏がお茶を運んだ流れでそのまま外の手伝いを始めてしまうと、後片づけだけでいいと思っていた麻衣子も手伝わないわけにはいかなくなったのだと言って、彼女は祐司のところまでやってきた。
「なるほどねぇ。何を話してるのかって思ったらそんなことだったか」
 手伝うと言っても道具も少なくたいしたことが出来る訳じゃない。竹の節を削る祐司の後ろ姿を眺めながら麻衣子はこれまでの外の様子を事細かに祐司から聞き出してふむふむとうなずいてみせる。
 祐司が作業の手を休めて額ににじんだ汗をぬぐう。そのついでとばかりにちらりと横目で麻衣子を見ると、彼は眉間に少ししわを寄せた。
「一人で楽しそうだな。なんだったらかわるか?」
「疲れた?」
「いや」
 首を振って祐司は作業に戻る。節はある程度残した方がそうめんが引っかかってすくいもれが少ないらしいと坂上が言っていたので、祐司は自分の感覚で適当に節を削る。
 削り過ぎなのか、もっと削るべきなのか、そうめん流しを体験したことのない全員にわからない話で、祐司は実際のところ節を残すのが正しいのかどうかも内心疑っていた。きれいにそいでしまった方がよっぽど見た目にもきれいだと自らの作業を見て思ったので。
 祐司が担当するのは長い竹の一本だ。反対側から篠津と小坂が彼らと同じく作業をしている。ハンドタオルを持った小坂が時折篠津にそれを手渡して一声二声かけていた。対するこちらと言えば――麻衣子は時折興味深そうに周囲を見回していて、ろくに労いの言葉をかけてくれるわけでもない。
 うらやましいと言えばうらやましいし、うらやましくないと言えばうらやましくない。
 もう一組の悪友カップルも、これまた坂上に未夏がアシスタントのように甲斐甲斐しく動いている。
 うらやましい反面、そんなだったら麻衣子じゃないしなあと祐司は軽く息を吐いた。
 残るカップルのもう一組、優美と武正は、悪友カップルと自分たちを足して二で割った具合に見えたので人それぞれだと祐司は自分に言い聞かせた。周囲が周囲なので自分たちが少し外れているのじゃないかと思ったが、もちろんそんなことはないのだろう。
「ねえ、祐司はどう思う?」
 一人何かを考えてはうなずいていた麻衣子が不意に尋ねてきた。
「何をだ?」
 祐司はもう一度汗をぬぐう仕草をした。作業の手を休めたのを見て、麻衣子が思い切り近付いてくる。
「水葉ちゃんが――未夏のお兄さんの彼女の妹さんがってことだけど」
「覚えてる」
「春日井先輩が未夏のお兄さんの彼女が好きっぽいって言ったのよねー。私、てっきり小坂さん狙いだと思ってたんだけど」
 どう思う、と繰り返す彼女を見て、祐司は深々とため息を吐いた。
「確かに小坂は美人だが、だからって誰も彼も惚れる訳じゃないだろ」
「そう?」
「お前も小中さんも勘違いしてたようだけど、実際俺も利春も彼女に興味なかったくらいだし。先輩だって同じさ」
 突き放すような口調になったのは、かつてのすれ違いを思い出したからだ。
「でも、羽黒君は小坂さんが好きでしょ?」
「だからって先輩もそうとは限らないだろ。大体、先輩が羽黒ほどの思いを小坂に抱いてると思うか?」
「表現の仕方は自由と思うけどねぇ」
 ここにいない知り合いの名を挙げられて祐司は顔をしかめる。
 祐司と麻衣子の関係も元々幼なじみで、小坂と羽黒の関係も幼なじみ。追う羽黒と逃げる小坂を見て一時期麻衣子と疎遠になってしまっていた祐司は胸中苦々しい物があったので、その名を聞くと何となく気持ちが落ち着かない。
「ないない。彼女のことは眼中になかったぜあの人。小坂に構いたがってた新を見て、そんな不毛なことをするよりもうちの部に来いってさんざん言ってたし」
「それって、小坂さんから篠津君を放したかっただけじゃないの?」
「間違ってないが、目的は違うな」
 きっぱりと言い切って、祐司は問題の春日井と優美をちらりと見た。
「それに――言われて考えてみると、確かに先輩、幼なじみのねーさんに気がありそうな素振りだったな」
「そうなの?」
 麻衣子の瞳が輝いて、興味深そうに春日井を見る。
 春日井は短い竹を担当して、水葉と敬太と共に脇目もふらずに作業に没頭して自分の噂話になんて気付いてなさそうだった。
「気があるって言っても、対象外なんじゃないか? 年上の女の人にあこがれる時期ってあるもんだし」
「言うほど年は離れてないと思うけど……って祐司、祐司もそうなの? 祐司の初恋って誰よ。幼稚園の……えーと、名前が思い出せないけどいつも髪を二つに分けてた先生?」
「誰だそれは」
 春日井の動向に興味を失ったらしい麻衣子が祐司には思い出せそうのない存在を次々に挙げる。顔をしかめた祐司は知るか、と短く呟いた。
「知るかじゃないわよー。私にさえ黙ってるなんてちょっとひどくない?」
「普通考えて彼女にそういうこと言うと思うのか? 喧嘩の元だろうが」
「言えないような話なわけ?」
 すごむ麻衣子の問いかけはある意味事実なので、祐司は一瞬ぐっと詰まる。
「誰なのよ。あ、もしかして家の母さんとか言わないわよね?」
「なんでだ!」
「言えないってのはすごく言いにくいからでしょ。家の母さんが初恋なんて……ああ、さすがにちょっとへこむわ」
 勝手に納得して勝手にへこむなどと言う麻衣子の目は、実際は怒りに燃えている。
 なんでだ、ともう一度心の中で繰り返して、祐司は彼女から顔をそらして渋々口を開いた。
「年上にあこがれた時期はもしかしたらあったかもしれないが、覚えてないくらいだからないんじゃないか? 初恋って言えるのは残念ながらお前だ」
 素直じゃない言い方で告げても、麻衣子は何も文句を言わなかった。

2008.01.03 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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