Index>Project>2007夏企画>
準備編9 水葉視点
「いってらっしゃーい」
見送りを受けて、私たちは歩いて坂を下り始めた。
そうめん流しをする竹の準備が終わって、後は組み立てるだけ。水を流すホースがいるんじゃないってねーちゃんの彼氏が言ったものだから、ねーちゃんから私におはちが回ってきた。
何度か来ているし道がわかるでしょって理由を付けて断りにくくするなんてねーちゃんは策士だと思う。じろ兄が荷物持ちを買って出てくれたからむしろ私行く必要ないんじゃないってちょっと思ったんだけど。
じろ兄ばーちゃんちの前の坂は、結構急だ。コンクリートで固めてあって、所々に砂利がある。転けたことはないけど来るたびにいつも転けたらどうしようかって考えるくらい。足元をしっかり見て下ること数分でちゃんとした道路に出る。
ホースが売ってそうなホームセンターまで十分かな、十五分かな。暑い中歩くのかーって思うと出たばっかりなのに後悔が沸いた。行きは目的地がクーラー効いてそうだけどさ、帰ったら外でそうめん流しでしょ。汗で死ねそう。
「お店までけっこうあるんだから車出してくれたら良かったのに」
「出ないでない」
私が文句を付けるとじろ兄は簡単に否定した。
「なんでー」
「隣に車が置いてたろ」
「動かしてもらえば良かったじゃん」
「帰った頃には竹が組まれてるだろ。組上がった途端に壊す気か?」
「あー、そうか」
言われればそんな気がする。暑さで頭が回ってないかなあ。
手でぱたぱたと顔を歩きながら大人しくじろ兄と並んで歩いた。この辺りは店っていう店がほとんどなくて前はホームセンターなんてなかったし商店街ももっと向こうだったから、歩いて十分か十五分で着けるんだからよしとするしかない。
もう何年ぶりかなあ、ここに来たの。田んぼが多くて緑が多いのは変わってないけど、大きなホームセンターとスーパーが道路を挟んで向かい合うように出来ている。そこだけが変に人工的で、周りの昔ながらーの日本家屋と全然合ってないように見える。
じろ兄ばーちゃんは歩いて買い物に行けるんだから便利だって満足してるから、見た目をそんなに気にしてないっぽいけど。確かに昔はバスで行くしかなかったってことを考えると楽なのかなー。ばーちゃんの足で歩くには遠い気がするけど……元気だわ、じろ兄ばーちゃん。
暑いからおっくうなのか、少し話したらじろ兄は口を閉じる。私は汗をぬぐいながらその横を歩く。
「バテたか?」
「バテそうかなー。今日はホントに暑いよね」
「雨降らなくて良かったな」
「そだねー。ちょっとくらい曇っても良かったけど。暑いじゃない?」
じろ兄は体格がいいもんだから見てるだけで結構暑苦しい。体感温度も私と違うんじゃないかな?
「確かにあっついな」
重々しくうなずいてじろ兄は首に掛けたタオルで汗をぬぐう。それからまたしばらく黙って歩いた。
「それにしても、世間って狭いよねー」
「――そうだな」
目的地までおよそ半分、沈黙に耐えかねたふりでさりげなく口火を切ると、じろ兄は明らかに顔をしかめた。何のことを言ってるのかわかったんだと思う。小さく溜息が続いた。
「ゆっこねえと彼氏は……うまく行ってるのか?」
「いってると思うよ」
眉間に縦皺を寄せてじろ兄は渋い顔。
「車の中でも聞いてたよね」
「みーこが混ぜっ返したから結論は聞けなかったけどな」
「う、そうだったっけ?」
うへへとじろ兄に誤魔化し笑いを向けると呆れた顔で見返された。
「じろ兄は心配性だよねえ。っていうか、ねーちゃんのことが好きなの?」
「なっ」
絶句するじろ兄を見ると答えは明確だ。暑い中のウォーキングをしたかいがあったと思う。
「じろ兄、ねーちゃんの彼氏の存在を知った時から気にしてたもんね。それが一緒にそうめん流しをすることになったら微妙だよね」
「ま、待てみーこ! 勝手に納得するな!」
「違うの?」
「ゆっこねえに似合うのはもうちょっと落ち着いた大人の人なんじゃないかと思って納得いかないだけだ」
「それってねーちゃんのことが好きだから納得いかないってだけじゃないの?」
聞いてみると、じろ兄は断固として首を横に振った。
「違う」
「そうかなあ」
「そうだ」
「それにしてはねーちゃんの彼氏に敵意があふれてた気がするけど」
口にするとじろ兄は思い当たることがあるのかうぐっと言葉に詰まる。
「やっぱり?」
「違う! えーとそれはほら……あこがれの人の……」
「ねーちゃんにあこがれてんの?」
「いやそういう訳では! 大体俺には他に好きな……」
「好きな人がいんの?」
「待て、今のはナシだ!」
嘘がつけないじろ兄は口を滑らせかけては言葉を止める。最後は目的地にたどり着いた流れで「ホースがどこか探そう」なんて言って誤魔化そうとしてきた。
「話が途中だよじろ兄」
「早く探さないと遅くなると奴らはきっとうるさいからなあ」
そっか、じろ兄には他に好きな人がいるのかー。今日一緒に来た後輩さん達の誰か、なのかな?
や、でも、じろ兄は態度に出ちゃうとこあるからそれはないか。明らかにねーちゃんの方気にしてたし。気になる。すんごい気になるけど……深く聞くわけにもいかないか。今日私たちが呼ばれたってことが、じろ兄が片思いで好きな人を呼べるような状態じゃないって証明してるようなもんだし。
2008.01.07 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
感想がありましたらご利用下さい。