精霊使いとその師匠〜ある日の朝の食卓で

▼ そういや、師匠って謎すぎるよなー。

 よく考えてみりゃ、俺の知る限り師匠ってまともに働いてないんじゃないか……?
 腕を組んで、んーっと考え込んでも、やっぱりそんな気がする。
 師匠の一日といえばほとんど俺と変わらない。朝飯を食って、午前中に庭に出て、昼ご飯を作って食って、それから俺にあれこれ教えてくれて、夕飯を作って食って、夜は大抵読書。
 教えてくれる内容はいつも違うし、もちろん飯は毎食違う。師匠が読んでる本だって、毎日とは言わないまでも違う。
 でもその中に家のこと以外の労働は含まれてない。
 師匠の教えてくれた中には、人は働かないと生きていけないぞってこともあったんだけど。
 その教えと師匠の実際の行動は一致しない。
 そんなことを考えながら朝食を作り終えた頃に、師匠は起き出してきた。
「ようおはよー。いいにおいだな」
 厚めに切ったハムを焼いたのと、庭でとれた野菜の炒め物。作り置きしてるパンを添えた朝ご飯。
 本当はスープでも作りたかったけど、タイムアップ。
 にこにこと師匠は笑顔で定位置に腰掛けて、俺たちは二人で手を合わせた。
「なあ師匠」
「おう」
 慎ましやかな食事に手を伸ばしかけた形で動きを止めて、師匠は首を傾げた。
「どうした? 味付けに失敗するようなメニューじゃないよな?」
「いや、そうじゃなく」
「ならよかった」
 師匠はハムをナイフで切り始める。
「で、なんだ?」
「ふと気付いたんだけど、師匠って働いてないよな?」
 口にフォークを突っ込んだ状態で、師匠は再び動きを止めた。
「……お前、どの口でそんなことを言うんだー?」
 やがてその手をゆるゆると下ろすと、師匠は不機嫌に顔をしかめつつ、左手を伸ばした。
「ぎゃー、いひゃい、いひゃいってばししょー」
「お前が馬鹿なこと言うからだろが」
 俺の頬をこれでもかってくらいに引っ張ってから、師匠は手を引っ込めた。
「いてー。頬が引きちぎれるかと思った」
「自業自得だ。お前なー。俺がどれだけ細やかな心配りでもってこの家を維持管理してると思ってんだよ。この間、外壁だって修理したんだぞ?」
 師匠は大工でも食っていけると思う。俺が町から仕入れてきた材料で、手早く崩れかけた壁を直してたし。もっと前は雨漏りをした屋根も直してた。
「それは知ってる」
「だろ? 昼だって夜だって俺が飯作ってるんだぞ。それでもなお働いてないとは何だ?」
「そうじゃなくって、対外的に仕事を持ってないなってことなんだけど」
 師匠は不機嫌な顔をやめて、一度目をぱちくりさせた。
「ソートが知らないうちに対外的なんて言葉をさらりと使うようになるとは……」
「なあ、師匠それ俺を馬鹿にしてねえ?」
「いやいや。弟子の成長を喜んでるんだ――にしても、お前がそんなこと聞いてくる日が来るなんて思わなかったな」
 師匠はしみじみと呟いた。
 それ、一体どういう意味だ? なんかやっぱり馬鹿にされてるような気がしてたまんないんだけど。
 炒め物に手をつけながら師匠はふうとため息一つ。
「今更そんなことに気付くなんて、お前も相当鈍いよなー」
「やっぱ馬鹿にしてるだろーっ!」
「いやいや。世間知らずに育ったのは俺の育て方が悪かったからだなきっと」
「今更そんな反省されてもッ」
「まあそれはそれで面白いからよし」
「俺の人生的によろしくない気がするんだけどそれっ」
 師匠はすがすがしいまでの笑みを浮かべて俺の肩に手を置いた。
「大丈夫だ」


 ▼ 「無意味に断言されても!」
 ▼ 「なんか誤魔化そうとしてないか?」

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