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番外編 シロツメクサ
時折、不意に道子のことを思い出すことがある。そのたびに未だにヤツのことを忘れ切れていない自分に嫌気がさす。
「あー」
だもんでその瞬間天を仰いで、俺は唸った。
しまった、うっかりロクでもないことを思い出した――そんな言葉が胸をよぎり、だがいったん思い出したことをそのまま忘れ去るわけにも行かず、その発端を睨み付けた。
道子が突然何かを主張することは、非常によくあることだった。よくもまあそんなに次から次へと思いつくと嫌みを言いたくなるくらい色々なことを言い出すんだから。
思いついて自己満足するだけなら別にいいんだが、あいつのはた迷惑なところはその思いつきに周りを巻き込むことだったのだ。
被害者は俺一人ではなく周りに多数いたんだけど、一番巻き込まれるのが道子のお向かいさんの俺だった。
階段を挟んで真正面の立地、性別は違えど同い年の子供がいるという両家の関係は良好で、小さい頃からしょっちゅう顔を突き合わせていたとなれば少し大きくなってからも階の違う幼なじみとは一線を画した幼なじみの関係を持つことになってしまった。
子供の行動範囲なんてたかが知れたもので、当然の如く俺達のそれは重なっていた。むしろ連れ立って遊びに行くことがデフォルト。
望んでもいないのにセット扱いなことは幼かった俺にとってひどく気が重いことだった。
なにせ、道子は小さな暴君。女ながらのガキ大将だったからな。
あの時も、小さな暴君さまは突然拳を振り上げて宣言したもんだ。
「しゅー、幸せになるよ!」
とか言ってな。
あれは当時の俺の住まいから子供の足では少しある、中央公園だったはずだ。
季節は春。桜が終わってしばらくしたころ。
今ではやろうとも思わないが、色とりどりに咲いていたつつじの花を次々に取っては蜜を吸っていた時だったか。
その遊び自体道子主導ではじめたんだと思うが、言いだしっぺが率先して「そんなことしてる場合じゃなーい」なんてべしりと手をはたいてきた気がする。
道子が何かを思いつきそれをしている途中で別のことを思いついて、やりかけだろうがなんだろうがそのことを途中で放って別のことをするなんてよくあることだった。
あれだ。人間が息をしないと生きていけないように、道子は思いつきをすぐに行動に移さなければ生きていけないんだろう。
常にセット扱いの俺はいちいち道子の行動に目くじらを立てたりなんかしなかった。そうしていては持たないくらいに道子の「思いつき」は日に何度も訪れ、俺を容赦なく巻きこんでいったからだ。
幼くして俺は忍耐やら我慢やらそれに類する何かを身に付けつつあったのだ。
俺は怒りをこらえてつつじから手を離し、道子が求めることを聞いた。道子はなんて説明をしたかな。
そう。「幸せを探す」とか言ったな。
なんだってあんなもので幸せになると言われるのか未だわからない四つ葉のクローバー。
公園のあちこちに咲いたシロツメクサを指さして、道子は宣言した。
「四つ葉をたくさん見つけるまで帰らない」と。
いやもう、あれは幼子には苦行だったぜ。
中央公園は子供には広く、シロツメクサはそこらじゅうにあった。
道子の後ろにひっつきながら目を皿のようにして探しても、なかなか求める四つ葉は見つからない。
シロツメクサって普通三つ葉だろ?
四つ葉なんてそうそうあるもんじゃない。
「絶対幸せになるの!」
なんつって必死に動き回る道子を金魚のフンよろしく追う俺のテンションは全く上がらず、時間を追うごとに下がって行くばかりだったように思う。
子供ってのは飽きやすい生き物だから無理はない。
その飽きやすい子供の筆頭だったような道子があの時ばかりは飽きもせず、地面に目をつけんばかりに四つ葉を探してた理由はなんだったんだろうな。
幸せを探すなんて曖昧な主張はきっと本当のことを言えば願いが叶わないとでも思っていたに違いない。
あの時、最終的にはどうなったんだかいまいち思い出せないのは、一応は四つ葉のクローバーが見つかったからだ。
あくまでも一応。見つかった場所が悪く川のそばで、採った途端に水に流してしまって――結果、道子が怒り狂って大変なことになった。
小さな白い花一つを忌々しく思う自分がみみっちくて嫌になる。
俺はシロツメクサから目をそらして、すぐさまそこから去ることにした。
END
2012.05.07 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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