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精霊使いと魔法国家
1章 3.妙なお兄さん
太陽が地平線の先に落ち、お茶を運んでもらったのが片手で数えられないくらいの回数になり、腹が減ってきて。
そろそろ今日中に手紙を渡すのを諦めようかと本気で思い始めた頃。
鳴らされた扉のノックのリズムがこれまでと違ったので、俺はくつろいでいた体勢を正して「はい」と返事をした。
扉を開けたのは案の定、これまでお茶を運んでくれたのとは違う人物だった。
「お待たせしました」
入ってきたのは二十代半ばくらいの青年。
「どうも」
その顔に浮かぶのはにこやかな笑みで、俺が立ち上がって頭を下げると笑みはそのままにちょっとだけ目を見開かれる。
まさか俺みたいなのが待っているとは思わなかったんだろう。
でもそれはほんの一瞬で、彼はますます笑みを深めて近付いてきた。客に不愉快な思いをさせないように驚きをすぐに収めてしまえる辺りが貴族なんだろうな。
彼は笑顔のまま俺に右手を差し出して、
「セルク・アートレスです」
名乗る。
反射的に握手を交わしながら、俺も名乗った。
「ソート・ユーコックです。お忙しいところに突然押し掛けて申し訳ないです」
軽く頭を下げると、気にしないでいいとでも言わんばかりに彼は椅子を俺に勧めて自らもどっかりとソファに身を埋めた。
「いやいや。どうせ彼女が無理を言ったんでしょう」
うなずくわけにもいかなくて、曖昧な笑みでごまかすと予想はついているのか彼は笑みを深めた。
レシアの言うとおり、長い髪は茶色に近い金の色。俺よりも長いくらいの髪を、よく見えないけれど紐か何かで結わえてある。
優しげな光をたたえる瞳もやっぱり聞いていたとおり青い色で、大体笑っているという彼女の評価も間違っていないようだった。
ただ、変な人っていう表現だけは当てはまりそうもない。
普通の優しそうなお兄さんって感じだ。
俺がじっと観察しているのを、笑顔のまま受け止めたそのお兄さんはちょっと首を傾げて口を開く。
「何か顔についているかな?」
「いえ、大体彼女が言ったとおりの人だなあと思って」
「大体、ねえ」
そう漏らして、頬杖をつく。
それは貴族様らしからぬどこか適当な動作で、今までの態度とは全く違っているように見えた。
それから浮かんだ笑みがわずかに変化して、その表情の変化は彼を数歳若く見せる。
何かを面白がっている、子供のような顔。
「どーせ、レシィちゃんのことだから俺のことをおもしろおかしい人とでも言ったんでしょ?」
そう言う口調までもが変化している。
やっぱり貴族って言い方に違和感を覚える軽い口振り。
「違う?」
変な人だと言っていた、なんて言うに言えなくて口をつぐむしかない俺を追求するのは諦めて、彼は再び表情を変えた。
そのすぐ後に扉を叩く音。
「失礼いたします」
聞き慣れたリズムでノックされた扉を開いたのは、今日何度か見たメイドの少女だった。
静かにテーブルにお茶を出して、一礼して去っていく。
何とも言えない沈黙が室内に満ちて、それを破ったのはこの屋敷の主の方。
「はー」
肺の奥から出しているようなため息を吐き出して、さっきの彼を若く見せるにやりとした笑みを再び浮かべて俺を見る。
「まあ実際、俺は変わってる方だしね」
「兄代わりのような存在って言ってましたけど」
当たり障りのないことを言うと、あからさまに彼は目を見開いた。さっき俺の姿を認めたときよりもその驚きは大きい。
「いやー、それは明らかに嘘でしょ。俺にとっちゃそんな感じだけども――まあいいや、それよりも彼女の手紙を渡してもらってもいいかな?」
軽い口振りの中に、さっきまでの真面目な姿が見え隠れする。
「レシアは、貴方に直接手紙を届けるのはややこしいと言ってたんですけど」
俺はそう呟いて、この屋敷の主だって名乗るお兄さんをじっと見た。
「――俺が偽者だとでも疑っているんだろうか」
「あえて直接、と言ったのには何かの理由があるんじゃないかと思います」
執事にでも預ければいいところをあえて当人に手渡ししろって言うんだから。
彼はそれを聞いて笑みを深める。それはさっきまでの軽いノリとは無縁の、師匠が俺を見守っているときのようなそんな大人の微笑み。
――最初に入ってきたときと、同じ。
あえてレシアが変な人と言った、その変な人が浮かべそうにないような大人な笑顔は、見た目が聞いていたとおりでもどこか疑わしく思うのに充分だ。
「理由があるから、俺はそれを間違いなくこの手にするために万全の手を取ったつもりだよ。人の手を煩わせることになるから、すぐに受け取れるようにと自筆で書面まで作った」
優しく諭すようにお兄さんが言ってもなお疑いを捨てきれない俺に、仕方なさそうに彼は肩をすくめる。
「どうしたら信用してもらえるんだろうね。俺は間違いなくセルク・アートレスで、君の預かった手紙の受け取り主なわけだけど――なんだったら、契約神様に誓おうか?」
「そこまでしなくてもいいです」
言葉と瞳の色は真剣で嘘をついているように見えなくて、俺は慌てて頭を振った。
ただ、レシアが言った変な人とは思えないところに引っかかりを覚えるだけで。
このお兄さんはレシアの言うとおりの見かけだし、芯は真面目そうだけど確かにちょっと妙な人だ――妙なノリでしゃべったりする辺りが。
結局、間違いなくついたハズの屋敷で主と名乗る人間が現れたらどっちにしろ信用するしかないから、俺は自分にそう言い聞かせた。
……悪い人でもなさそうだし。
そんな風に思いながら、荷物から例のでかい封筒を取り出す。
「うわ、でかっ」
彼が思わず漏らした感想は俺と似たようなものだった。
彼は俺の手からそれ受け取って立ち上がる。
「今日の宿は決まっているかな?」
「いや、このあと探そうかと」
そして何の気無しに聞いてくるので、俺も何気なく答える。
「じゃあ、探すことはないよ。部屋は余っているから家に泊まって」
「いや、そういうわけには」
いきなりそう言うのは、本当に自分が当主だとアピールする意図もあるんだろうか。
「いーからいーから。善意で言っているんじゃないしね。明日以降のご予定は?」
「特にないですけど」
「よし、それなら何日か家にいてくれるとありがたいね」
「そういうわけにもっ!」
最初に素直に答えるんじゃなかったと後悔をしている間に、彼は扉を開けて執事を呼んで手早く指示を出している。
「あの、宿はきちんと探しますから」
「もう準備させたから遠慮しない。善意で言っているんじゃ無いって言ってるでしょ?」
「お気遣いは、必要ないですから」
と言うか何だその「善意で言ってるんじゃない」ってのは。
いつも通りの口調で言ってやりたいのをこらえて言うと、彼はひらひら手を振る。
「いーからいーから。おにーさんは善意じゃなく下心から言い出してるんだから遠慮しない」
「下心って何ですか! 」
聞き捨てならない一言に思わず突っ込むと、彼はにやりと笑う。
再びソファに腰掛けるように俺を促して自らも座り込むと、ペーパーナイフで封を開きながら中身を取り出す。
目の前でされたら、中身も否応なく見えてしまう。折り畳まれた数枚の便せんと、でかい封筒よりはやや小振りの厚い封筒が2つ。
「実のところ、俺もただの仲介人なんだよね。レシィちゃんが本来手紙を届けたい人は別にあるわけ」
封筒を俺に見せつけるようにしながら、彼はそう言う。
「で、きっとこの宛名の主はレシィちゃんの現況を聞きたいんじゃないのかと気を回してみたわけで」
「はあ」
「だから予定がないなら、家に滞在して欲しいんだけどどうかな?」
「といっても、俺は彼女のことにそう詳しい訳じゃないんですが」
「彼女に出会った人に、実際どんな様子だったか聞きたいと思うんだよ。――ということでいい?」
にっこにこしながら彼は俺の目をのぞき込む。
笑顔な割に妙な迫力がこもっている、そんな瞳で。
ただの変な人じゃないし、普通の優しそうなお兄さんだなんてとんでもない。これは食えない人って言うんじゃないか?
「……ご迷惑じゃないのなら」
「じゃあきまりー。悪いねー、無理言っちゃって」
「いえ、これから宿を探すのも大変でしょうから、助かりますけど」
それは間違いなく本音ではあったけど、この微妙によくわからない人のお世話になるのに気が重くなってきたのも間違いなかった。
「ここから宿がありそうなとこも遠いし、きっと家に泊まった方が楽だよー」
俺の内心に気付いているのかいないのか――なんとなく気付かれている気がするんだけど――彼は言いながら自分宛らしい便せんを開いて内容を確認している。
変わらない笑顔が一瞬だけ真顔になって、それから口を歪めて。
便せんと新しい封筒2つを元のようにしまい込んで再び俺を見たときには元のような笑顔だった。
「家のコックは料理上手だから」
「……え」
「食べるのが好きだって書いてあった。いやー、レシィちゃん鋭いねえ。俺の行動まで読まれてるや」
ご機嫌な様子で彼が立ち上がるのを俺は呆然と見上げた。
わざわざ何書いてるんだレシア!
「じゃ、案内するよ」
「ありがとうございマス」
答えた声は我ながら何とも言えない響きだったけど、食えないお兄さんは気にした素振りもなく俺を先導した。
2005.02.24 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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