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提案編
「んお」
時刻は午後十時を回ろうとしている。
バイトの合間の短い休み時間、まかないを食べているタイミングで電話がかかってきたのは運がよかったんだろう。
春日井次郎は空いた左手で携帯を手に取り、相手を確認した。
「よう、どうしたよ利春」
親指一つでフリップを開いて電話先に呼びかける。
「おー、早いね先輩。さすが」
「何馬鹿なこと言っている。今バイトの休み時間だ」
「こんな時間にバイトなんて先輩不潔ー!」
「切るぞ」
冷たく言い放って、春日井は食事を続けた。
「じょーだんですじょーだん」
なだめる口調になった相手に食事の音だけをしばらく聞かせて、
「先輩のバイト先が中華料理屋だって知ってますってばー」
困り切った相手の言葉に溜飲を下げて手を止める。
「何の用だ? あと十分ほどなら聞いてやるが」
「いやー、ちょっとお願いがありまして」
「お願い?」
目の前にいたら揉み手でもして迫ってきそうな声音に、春日井は気持ち電話を耳から放した。
「先輩の家って、竹林あるんですよね? 新に前聞いたけど」
「――お前はまた一体何をやらかす気だ」
「ちょっと思いついたことがあって」
春日井は目を細めて空を睨んだ。
電話相手――坂上利春はイベント好きだ。そしてその為なら常識では考えられない手間暇をかける。
「あのなあ、利春。お前は今年受験だろうが」
「息抜きだって、息抜きー」
そういうヤツのことだから、竹を切り出してきて竹馬で遊ぼうとか突然言い出しそうな予感がする。たしなめる口ぶりの春日井に坂上は軽く反論してきた。
「お盆くらいによければ、そうめん流ししたら楽しいかなーって」
「それで竹か」
「そーなんす」
やれやれと春日井は頭を振った。
「息抜きとはいっても、他にあるだろうが。手間暇かけてそうめんの流し台を作る気か?」
「むしろそこがメインイベントかと!」
春日井はそっと過去に思いをはせた。以前ハロウィンパーティをした時はかぼちゃから作った男だ。流しそうめんが食べられる場所――春日井には心当たりさえなかったが――に行って食べる、という選択肢は坂上の中に端からないに違いない。
「やれやれだ。本気か?」
「もちろん」
「巻き込まれる連中だって受験生だぞ? お前は――まあ、多少遊んでも問題ないだろうが」
始終馬鹿なことばかり言っているが、坂上はそれほど悪くはない成績を取るらしい。気を抜くのは早いだろうが、根を詰めすぎるとかえって煮詰まりそうなタイプではある。
「あー、新とか新とか新とかは大変だろうねー」
わはははははは。遠慮のない高笑いに春日井はさらに電話を遠ざける。
「でもまあヤツにも息抜きは必要じゃなくって?」
「そいつは認めるがな」
「でしょ。そんで、学校の強化講習の盆休みくらいにやりたいなーと思うんですけども」
声のトーンが落ちたので春日井は電話を耳元に持ってきた。
「――確かに家には竹林があるが、祖母のところだ」
「あ、そーなんです?」
「ああ」
「じゃあ無理かなぁ」
「聞いてみよう。あの人は人をもてなすのが好きだから、まあ悪い返事はないと思うが」
「ほんと?」
「だがちと離れてるし、交通の便が悪い」
坂上がうなって沈黙する。
「――五人までなら車で乗せてけるんだがな」
「先輩の運転で?」
「おうよ」
「五人かー。それだと人数少ないよねえ」
「だな」
「まあ、その辺はあとで検討するとして。とりあえずできるかできないかだけでも確認頼みますー」
「そうだな。今日はさすがに無理だが、近いうちに連絡する。いつがいいんだ?」
「盆休みが十二日から十六日なんで、その間で都合がいい日で」
「了解。じゃあまたな利春」
「ではではお邪魔しましたー」
明るい声を最後にぷつりと通話が切れる。何となく一つ息を吐いて、春日井は食事を再開した。
2007.08.10 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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