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番外編 三枝さんにはかなわない

 三枝さんにはかなわない、俺は改めてそう感じた。



 長い就職活動の末に内定を取り付け、意気揚々と入社した俺の教育係となったのが三枝友紀という人だった。
 入社後半月ほど続いた新入社員教育をかったるいものとしか感じなかった生意気な俺は、きっと仕事を始めてもすぐにそれが身になるものと信じていた。
 その思いを煽ったのは当時から営業部のエースだと名高かった三枝さんが俺の教育役になったからだ。エースをつけてもらえるなんて俺の才能がすごいからじゃねってもんだった。
 だが、生意気だった俺の鼻っ柱を折ったのは他ならぬ三枝さんだった。
 できるという前評判のわりに、三枝さんはぱっとしない印象の男だった。そんな男がエースだなんて底の知れた会社かもなんて思いあがりかけた俺は、だけどすぐに悟る。
 俺の生意気な内心を見抜いていたのかもしれない。三枝さんは確かに普段はぱっとしない印象だったが、ひとたび仕事となると人が変わったかのようで、やることなすことすべてが的確だった。
 思い上がった新人にあからさまに何かを言うことはなかったが、その仕事ぶりを見せつけられて浮かび上がった頭をガツンと地面に押しつけられるような衝撃を受けた。
 出来ると思うなら見て覚えてやれ、言葉もなくそう言われているような気がした。
 言葉でそんなことお言われたら反発したと思う。だけど見せつけられたら、やってやろうじゃないかって思わざるを得なかった。いいようにやる気を煽られたんだろう。
 実際には放っておかれることもなく、手取り足取りってほどではなくてもそれなりに色々教えてもらえたんで、頭が上がらなくなってしまった。懐柔されたと言ってもいいかもしれない。
 三枝さんは誰からも一目置かれているから、そう悔しくはないが。
 俺が支社勤務になったのと三枝さんの海外勤務もあって一緒に働いた期間はそう長くない。地方の荒波にもまれてそれなりに成長したつもりの俺も、海外という嵐にもまれたらしい三枝さんには当然追いついてないし、まだまだ追いつけそうな気がしない。
 常々そう感じてたが、それでも新たにやっぱりかなわねえなあと感じたわけだ。



 三枝さんが結婚するのだとやにさがった顔で告げた時、反射的に社交辞令でなく祝福の言葉を述べた俺も、次いでその相手が経理のお局だと聞いて思わず表情が固まった。
 英語が苦手なのだと言いながら三年も海外勤務をこなした営業部きっての出世頭。そんな三枝さんが今も昔もたいそうもてていることを俺は知っていた。
 恋愛ごとには興味がない素振りの三枝さんはすべてをスルーしているように見えたが、帰国後すぐ結婚を決めたってことはどこかにいい人がいたのかと思いきや、相手はよりによって、あの経理のお局だぞ。
 入社直後のペーペーだった頃の俺でも、経理の鬼局のことは知っていた。仕事は的確で間違いはないが、愛想ってものがまったくない堅物。ミスの一つもあれば冷たい視線が漏れなく刺さる。急ぎの書類以外はできるだけ彼女を避けるってのが営業部内の常識だ。
 当時確かに三枝さんとお局が付き合っているって噂がまことしやかに流れたが、真相は怪しいと俺は思っていた。
 三枝さんはオフのことを大っぴらにするような人じゃないが、それでも教育役の先輩としてつき従っていればプライベートな事柄の一つや二つ聞くこともあるし、聞かなくてもなんとなくわかることもある。
 十中八九、職場恋愛が面倒だからスケープゴートを仕立て上げたのだと認識していた。
 それが日本に帰国後、数ヶ月もせず結婚だなどと!
 火がつくような焼けぼっくいが二人の間にあっただなんて、記憶をいくら掘り返してもないというのに。
 昔も現在も二人が時々社食で席を共にしていることは知っていた。だけどそれ以上の何かを感じることは、まったくなかった。もちろん席を一緒にしたわけじゃないし、遠目で見ただけだ。だけど二人の間に艶めいた素振りなんてないことくらい見ればわかる。
 三枝さんは仮に付き合っていたとしても社内で羽目を外すことはないだろう。お局の方もそういうことを表に出すタイプじゃないのは親しくなくてもわかる。変に三枝さんにだけ愛想を振りまくのを見るのも逆に怖いと思った。
 社内で羽目を外すことはないと思われた三枝さんが見るからにやにさがっただけで驚愕に値するのに、その原因はあのお局との結婚だというのだから俺の驚きは天を突きそうだった。
 人それぞれ好みはあると思う。思うが、あのお局は誰から見ても明らかにアウトだろ。
 綺麗な人なんだろうなとは思うけど、愛想がないしいかんせん地味すぎる。俺にとっては年上だから論外だが、他にも選り取りみどりの三枝さんがあえて手を出すような人とは思えなかった。
 頭でも打って混乱でもしてるんじゃないかとひどく心配したが、三枝さんはいつも通り仕事はきっちりこなし疑惑を否定する。
 どことなく浮かれた風に出勤し退社することが三カ月続き、現実は現実と受け止めることにした。とはいえ、時折社食で見かける二人の温度差が激しいように思えて、差し出がましく忠告したくもなったが。
 そしてなんとなく苦いものを噛みしめたような心地で、結婚式に参列した俺はビビったね。



 経理のお局が似合うわけがないと信じていたウェディングドレスでめっちゃくちゃ幸せそうにほほ笑むのを見てさ。
 なんだよあれ。
 見慣れない似合うとも思えない白いドレスに身を包んで、いつも通り愛想がなかったお局にもう少し幸せそうにしろと内心文句をつけていたのに、一瞬でそれがひっくり返った。
 結婚式場などという幻想じみた場所が見せた幻じゃないかとこっそり手の甲をつねると痛いから現実であると飲み込んで、チャペルを退場する後ろ姿を呆然と見送る。
「嘘だろ」
 ああやっぱり俺が見たのは現実かとどこかから聞こえてきた声にもう一度思う。
 なんだよあれ。
 いつものイメージに似合わない可愛らしいドレスを着て三枝さんと並んで歩くお局は、お局だなんていうのが申し訳ないくらい可愛くて幸せそうで、心底綺麗に見えた。
 今の姿だけを写真に収めて見せたら誰も三枝さんの隣にいるのがお局だなんて気付かないくらいに微笑みだけで別人に見えるなんて、化けすぎだろ。
「女って怖ぇ」
 隠し玉がでかすぎて、出てもない汗を思わず拭ってしまう。
 三枝さんが浮かれてたのはお局がプライベートじゃちゃんとあんな風に笑える人だからか。
 それを見抜いてあの難攻不落の無愛想なお局を口説き落とした三枝さん恐るべし。
 俺はうっかり尊敬する三枝さんに忠告をしなかったことに胸をなでおろした。

2010.11.11 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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