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番外編 スピーチの陰で

 部長が思い込みと推測で話しを作り上げていたのを聞いて、肝が冷えた。
 いつもより愛らしく触れば壊れそうなくらい着飾った彼女に天にも昇るような心地だったのが、一気に地上に引きずり降ろされた。部長はもう少し場を読める人だと思っていたのに、今まで知らなかった姿を俺に見せている。おっさんの新たな一面なんぞ知っても微塵もうれしくない。仕事の場ではスマートでよくまとめた話し方をするのに、今日のこれはどうなんだ。
 異動の前に想いも告げられず長年悶々と彼女を忘れられなかったという事実にくらべて部長のスピーチは遥かに美談に仕上がっている。顔に似あわず案外、ロマンチストな一面があるのかと上司の評価を新たにした。だからどうというようなことはないのだけど、現実逃避だ。
 想像による前向きなスピーチを止めたいのは山々だったが頼んだ手前そんなことができるわけもなく、胃をキリキリ締め上げられるような心地で話を聞き、終わったときには心底ほっとした。部長の美談は自分の弱気を思い起こさせて、そのギャップに落ちこみそうだ。
 長い話に飽きた他の招待客から失礼でない程度の拍手。部長は満足そうに元のように座った。びっちり予定が詰まっている式ではないから時間を気にしなくても構わないといえば構わないが、乾杯を前に長時間のスピーチはいろんな意味でご遠慮願いたかった。
 こんなに大きく読み違えているとは、俺もまだまだ修行が足りない。部長の話がこの後の公式になり、あれこれ聞かれると思ったらうんざりだ。あの辺りのことは真相は闇の中とばかりにそっと秘めておくつもりだったのに。
 由希の顔を確認すると、若干こわばってはいるが自然体でいるようで安心した。彼女の上司をはじめ、会社の連中が彼女の普段とのギャップに驚いていた顔を思い出し、俺はスピーチを忘れようと努力する。
 性格なのか、常々地味にしている彼女だが、今日は特別に綺麗だった。いつもそんな風にされていれば気をもむだろうが、今日限定なら安心だ。さあ他の連中にも本当の彼女がどれだけ魅力的なのか吹聴するがいい。名実共に彼女を自分のものに出来たからには、余計な心配はしなくていいんだから。

2009.10.14 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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