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1.

 とにかく眠くてとにかくだるい。
 俺が最悪の気分だってのに、今日も問題なく太陽は昇り、雲一つない快晴。
 九月一日。一夜明けただけで夏休みが終わり、新学期が始まってしまう、ただでさえうんざりする日。
 天気がいいおかげで照りつける日差しは今日も暑くなると声高に主張しているかのようだ。
「ふわぁ……」
 眠気がこみ上げる。昨日徹夜だったものだから足取りも重い。
 人前で大口を開けることをためらうつもりは毛頭なく、あくびをかみ殺す気にはなれない。何度もあくびを繰り返しながら正門に向かって歩き続ける。
 俺の通う中之城高校は鷹城市北部の山間にあって、正門までは坂道が続く。
 なんでも先々代の理事長が土地と金が余っていたから作ってみた学校らしい。余ってたからってどんな理由だよと突っ込みたくなるのは俺だけじゃないと思いたい。
 余っていた土地だから、坂道の上に学校があることに文句をつけられないんだろう。普段はなんてことない坂だけど、さすがに徹夜明けには堪えるもんだ。
「あーあ」
 早く教室に行って寝よう。ため息をついて心に誓ったときだった。
「おはよう、篠津くん」
 後ろから声をかけられたのは。
「よう、小坂」
 いつ聞いてもほれぼれする、涼しげな声だった。振り返らなくても声の主は知れた。
 それでも頭半分振り返ると、そこには思った通りの人物がいる。
 小坂あきほと言えば中之城じゃあちょっとした有名人だと俺は思う。もちろん調べたワケじゃないから本当のことは知らない。
 夏休み明けだっていうのに白い肌の人形のようにきれいな女の子、それが小坂だ。
 羨望とやっかみ、半分ずつがこもったクールビューティなんてあだ名を持っていて、小坂はそのあだ名の通りちょっと取っつきにくそうな印象がある。
 あんまりにきれいすぎて近寄りがたいし、彼女自身が人を遠ざけているような節がある。そんな彼女と多少なりとも親しく話せるって事は俺のちょっとした自慢だ。
 四月初め、入学式のすぐあと。たまたま出席番号順に並んだ席が隣だった、その縁が未だに細々と続いている。
 家のクラスにあ行か行の女子が多めだったことか、同じくあ行か行の男子が少なめだったことか――はたまたそういう巡り合わせにしてくれた教師にだかに俺は感謝したい。神様や仏様にでもいい。
 入学直後に隣だったから、会話できる仲になったんだし。
「昨日は遅かったの?」
 あくびをしていたのを見ていたのか小坂は笑顔で聞いてきた。
 その笑顔を見たら眠気なんてふっとんじまうね。
「いやー、課題が残ってて」
 俺はごまかし笑いを浮かべつつうなずいた。
「篠津くんらしいわね」
 らしいって俺の印象ってなんなんだよ小坂、なんて思っても口に出せるわけがない。
「終わったの?」
「微妙なラインだな」
 しかめつらしい顔を俺はつくって見せた。
「一応提出できそうなくらいは埋めたけど、内容はてきとーだからなぁ」
「長い休みなんだから、計画的にしなきゃ駄目でしょう? いったいどんな夏休みを過ごしたの」
「うはは」
 さすが学年有数の頭脳の持ち主は言うことが違うな。
 夏休みは浮かれてバイトとゲーセン通いに明け暮れていた。バイトは禁止だし、ゲーセンにだって小坂はいい印象を抱かないだろう。
 俺がごまかし笑いをしていると呆れたように肩をすくめた小坂は俺を追い越して先に進んでいく。
「見捨てられたねー、新」
 直後に首の後ろに重圧と共に声が聞こえて、俺は彼女を追いかけることもできなくなって恨めしげに後ろを振り返った。
「重いからまずのけ、春」
 首後ろにぐいっと体重をかけられているから、声の主の姿はちらりとしか見えない。それでも声の主が誰かくらいは簡単にわかる。
「いやーん、新くんこわーい」
 オカマじみた高い声を出してきゃらきゃら笑うような馬鹿は中之城でただ一人、坂上利春しかいないに違いない。というか同じようなヤツが二人といたら困る。
「気持ち悪いからやめろ。ついでに汗くさい」
「ちぇー」
 重圧がふっとなくなり、代わりに利春は俺の横に並んだ。
「新学期早々ついてないなぁ。まーた小坂ちゃんに逃げられたー」
 クラス一きれいなのが小坂なら、クラス一カッコイイはずなのはこの利春だ。でも小坂にファンがいるっていうのに利春にはいない。
 コイツは自分の外見が同性の俺もうらやましく思うくらいだっていう事実に気付いていない。気付いても変わらなそうだし言わないけど、つくづくもったいないなとは思う。気ままに友人をやれるのは見た目はよくても変人でコイツがもてないからなんだけど。
 利春はふてくされたように顔を歪めて、「逃げられたのはおまえのせいだ」と八つ当たり気味に俺を横目でにらんできた。
「おまえが妙な電波を送ったのに気付いたから先に行ったんじゃないか?」
「人を電波にするなよー」
「いきなり人に後ろから寄りかかるような奴は電波認定」
「ひっでー。俺はただ小坂ちゃんとお近づきになりたいだけなのにー。なんで俺が近づいたら逃げるんだろう小坂ちゃん」
「電波が原因だな」
 心底不思議そうな利春ににべもなく言ってみせると、心外だとばかりの顔をされた。
「……君とは仲良くなれない気がするのはなぜだろうね」
「はいはい」
 適当にあしらって俺は足を早める。
「って、何で先に行くかなあ新」
「仲良くなれないんだろ?」
「言葉の綾なのに!」
 オーバーアクションで利春は腕を上下させた。
「神様仏様新様、頼むから小坂ちゃんとお近づきになれるように仲人にっ」
「結婚する気かよ」
「いやそーじゃなくっ」
 馬鹿らしくなって俺はさらに足を早め、利春をまくことにした。

2006.08.29 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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