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夏の約束 番外編・夏の前に・北西利香

 私の友達はそろいもそろって性格が悪いんじゃないかと思う。
「菅谷君は私のことなんて何とも思ってないのかなあ」
 私のこの言葉に、目の前の友人二人はとんでもないことをはじめた。
「コメンテーターの石井さん、この発言どう思いますか?」
「んー、そうですねえ。私からしますと見ていて非常に馬鹿らしいですね!」
 手にペンケース握って変なことしないで欲しいよ。私は真剣に悩んでるのに!
「妙なコントしないでよー!」
「だーって……」
「ねえ〜」
 顔を見合わせて意味ありげに無言で意思疎通を図るのは反則だ。私にはわからない何かが二人を強く結んでいる。
 うう、私も友達なのに!
 何でこんなに一人の気分なの。これが彼氏ありとなしの差デスカ?
 二人は私の知らないうちに大人の階段を上ってテレパシーでも身につけたとでも言うんだろうか。
「もうちょっと真剣に相談に乗ってくれてもいいのに」
 机に倒れ込んで私は力なくうめいた。独特の何となく湿ったような木の香りが鼻につく。暑い中机に頬を寄せたってぺたりと張り付いて気持ち悪いだけ。
「あー、よしよし。めげるな利香」
 ぐっしゃぐっしゃと髪をかき乱すのは、フォローじゃなく追い打ちだと思う。ただでさえ遊び毛がぴょんぴょん飛び出すんだから私の髪は。
「ううう」
「からかったのは謝るから顔あげなって」
「二人してからかったんだ……」
「だから悪かったって」
 顔を上げる気にならなくて伏せていても、宥めるつもりであろう頭の上の手が止まらない。これ以上の惨状は年頃乙女として耐えられない。
 ぐわっと起き上がって、鞄の中から鏡を取り出す。ほぼ予想通りの惨状に気が遠くなった。慌てて手櫛で整えて、ピンで留め直すと多少はましになったので一応よしとするけど。
「もうちょっと遠慮してよ」
「ごめんごめん。あまりに聞いてられなくてつい」
「聞いてられないって何が? 真剣に相談してるのに!」
 唇をとがらせて抗議すると、目の前の二人は再び無言で顔を見合わせた。だからそこ、見つめ合って意思疎通するのやめてってば。
 それともその技術を身につけないと彼氏なんてできないってことなの?
「つってもねえ、見るからに両思いに見えるあんた達のこと聞いてると、のろけにしか聞こえないんだよねえ」
「そうそう。何で消極的にしてるのかわからないけど、利香が告れば菅谷なんてころりといくと思うんだけどなー」
「無責任なこと言うの止めてよ。駄目だったら話さえできなくなるじゃん!」
「違うクラスだし、夏休み前だから平気」
「うわ人ごとだと思って!」
 ひどいひどい。私の友達は血も涙もない。
「人には当たって砕けろって進めたくせに、何で自分はそうなんだかねー」
「納得いかないよねー」
 顔を見合わせる二人を、直視できなくなった。そう言えばそんなことを言ったことがある気は――する。思い切り人ごとだから気楽なもんだった。
「もしかしてそのことを恨みに思ってからかってるの?」
 どきりと心臓が波打って、ずりっと椅子ごと後ずさる。無責任なこと言ったってずっと思いながら私と友達してくれてた?
「ごめん。悪気はなかったの」
「別に恨みに思っちゃないよ。背中押してくれて勇気が出たし」
「ホント?」
「ホントホント」
「うんうん。まあ、利香は気にせず告っちゃえばいいと思うけどなー。菅谷も利香に気があるのバレバレじゃん?」
 そんなこと言われても、そうは思えないから心配なんだって。
「だって、友達が彼女募集中だからダブルデートしようって誘うくらいだよ? 菅谷君私のこと嫌いじゃないと思うけど、好きってほどじゃないんじゃないかなあ」
 目の前の二人はまた顔を見合わせて、同時にため息をついた。
「それはあの男がへたれなだけでしょ。利香を一人で誘えなかったもんだから言い訳してるだけじゃない?」
「そうかなあ」
「そーだって。どうせ人が多いんだから途中ではぐれてその後は――ってことでしょ。あ、利香いくら菅谷が好きだからって簡単に妙なところについてっちゃ駄目だからね」
「ちょっ、何の心配を」
 そういうあんたは何の心配をと問い返されたら答えられない。
「二人きりだったら向こうからアプローチがあるかなー? 菅谷もへたれのようだしそう心配はないだろうけど、それでも健全な男子高生だろうし。うっかりほいほいついて行って調子に乗らせちゃ駄目よー?」
 だから何の心配をなんて聞けるほど私はオトナじゃない。ギリギリと歯をかみ合わせて、敵前逃亡を図る。
「さっちゃーん。ひどいよ、ともちゃんときーちゃんがいじめる!」
 といっても、ひょいと横を向くだけだ。一人会話に加わっていなかったさっちゃんは私の行動にぎょっとして手を止めた。
「邪魔しないでよ。今数式が頭から飛んだ」
「べんきょーとゆうじょーどっちが大事なのさっちゃん!」
「勉強」
 何を言ってるのこの子はって顔で見ないで欲しかった。
 きっぱり言いきった後、さっちゃんは再び机に向かう。お昼ご飯をがっとかきこんでから、さっちゃんはずっとお勉強中だった。
「基本真面目な佐知にそんなこと聞くのが間違いねー」
「冷静に突っ込まないでよ」
 可愛い見た目に反して割合淡泊な性格。その上勉強好きとくればかなり取っつきにくい印象を周りに与える。距離を置くように引かれた線を乗り越えちゃえばがらりと評価は変わるけど。
 ぱっと見たところ真面目な勉強好きのさっちゃんは、ふたを開けてみればただのうっかりさんだ。休み時間の度に教科書を広げてノートに書き込んでいるのは、教科書を置いて帰っちゃって予習復習しそびれたから慌ててしているとかそういうのが案外多い。
 宿題も出た後にさっさと学校で済ませるのが彼女の流儀だ。それでもうっかりノートを持って帰って次の日忘れるとか平気でやらかしちゃうわけ。そんな風にはとっても見えないけど。
「ノート、見せたげようかー?」
 私は切実に仲間が欲しくて、唯一の独り身仲間に恩着せがましく提案する。さっちゃんは問題が解決してうれしい、私は仲間ができるとうれしい。フィフティフィフティの我ながら良いアイデア。
「いらない」
 だけどもきっぱりさっちゃんは言い放った。
「真面目だよねー。休み前だしそうそう授業も進まないのに」
「こういうのは日々の積み重ねが大事なの」
「毎日机をちゃんと確認して帰る方がよっぽど大事だと思うけど」
 仲間を増やすのは失敗したけど、新たな犠牲者を作るのには成功したみたいだ。突っ込まれたさっちゃんはバツが悪そうな顔で唇を噛んだ。
「まさか奥の方に教科書がいるとは思わなかったんだってば」
 動揺したのか言葉がどこかおかしい。助かったとは思ったけど、さっちゃんを生け贄にして助かってもそんなにうれしくない。
「それよりも」
 だから私は声を上げた。
「本当に菅谷君は私のこと、気にしてくれてると思う?」
 さっちゃんにかまうのを止めた二人は三度顔を見合わせて、迷いなくうなずいた。

2009.05.06 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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