Index>Novel>
冬語り
「じゃあ、先に行ってるね!」
中に声を掛けて家を出ると、吐く息が白い。
足を踏み出したら積もったばかりの雪がきゅっきゅと可愛らしい音を立てた。
こんな風に世界を雪が染め上げると、冬語りが始まる。寒い夜に、町中の人が集まって暖をとりながらお話を聞く。
その中心にいる語り手がフォア様だ。
「冬は日が落ちるのが早いからね。明かりを灯す油も安くない。だからこうして集まって、みんなで過ごすんだよ」
そう昔教えてくれたのもやっぱりフォア様だった。
「そんなけちくさい理由だけで町中の人がこうして集まる訳じゃないけれど」
フォア様の話は、いつも私をドキドキさせる。それはもうずっと前から変わらないことだ。
町の人みんながそう思っているだろう。フォア様は偉大な方だ。
フォア様というのは私が住む町の立った一人の神官様。もっと大きい町には神官様は何人もいるらしいけど、私の町では一人きり。
フォア様はとても賢くて、それでいて前の神官様よりもずっと気さくで明るい方。
町の中心に近い教会がフォア様のお家で、そこで神に祈りを捧げ、子供達に勉強を教えるのがお仕事。
当然私もしばらく前まではフォア様に勉強を教わっていた。
それももう、半年以上も前の話。卒業の言葉をもらって、忙しい夏の間に家の仕事を手伝い、実りの秋を越えて冬になったら、フォア様に勉強を教わっていた頃はまるで遠い昔のよう。
礼拝でのフォア様の話にもドキドキするけれど、勉強を教えるフォア様の話の方がもっと気さくでずっと面白い。
だから、礼拝じゃないフォア様の話を聞きたいと思っていた。でもそんなことをしたらなんて言われるかわからない。
フォア様は神官で賢くてやさしくてすごい方なのに、時々ものすごーく意地悪だからきっとちくりとした一言をかけてくるに違いないんだから。
だから、礼拝以外でフォア様の話を聞くのは今日が久々のこと。冬語りのフォア様も、やっぱり気さくで面白い。
進む足取りが軽いのはフォア様の話が楽しみだからでもあるし、雪を踏みしめる音が好きだからでもある。
きゅっきゅきゅ、きゅっきゅきゅ。
そうしているうちに教会が見えてくる。ほわっとしたやさしい光にほっとする。
冬の夜は静かで、ぴんと張りつめていて。その中で教会に灯る明かりはとても明るく見えて、雪が光をやさしく照り返して幻想的だった。
手に持った明かりを消して、足を速める。
さあ、今日は一体どんな話を聞かせてもらえるんだろう。
どきどきしながら私は教会の扉を開けて、いつもの席に着いた。
2004.12.23 up
関連作→はじまりの物語・名残惜しき冬
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
感想がありましたらご利用下さい。