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番外編1 俺と未夏ちゃんの関係 前編
ハロウィンから二ヶ月くらい。
それは俺が未夏ちゃんとつきあい始めてからの期間になる。
そりゃもう、光速のように過ぎた日々だった。楽しい時間は早く過ぎるように感じるって言うけど、まさにそれ。
この二ヶ月を思うと残り時間の少なさを感じ取らずにはいられない。今年も今日を残すだけで、それから。新年に入って三ヶ月もすればクラス替えだ。
来年一緒のクラスになれる保証は全くない。未夏ちゃんはどう考えても文系だし、俺は理系だから。天地が逆転しても文系と理系は同じクラスになれないだろう。
来年は受験だとか、進路が違うとかそんなことを考えるとさすがの俺も脳天気なことを言ってられない。
未夏ちゃんがどこの大学に進むのかとか、そんなことが気になる。できれば近くならいいけど、干渉するようなことを言って引かれるのが怖くて聞けない。……へたれだよなあ。
でも、弱気になるのも仕方のないことだと思う。言い訳じゃなくって、そう思う。
本人は否定したけど、俺は彼女の進路以上に聞きたくて聞きたくてたまらないことがある。
「未夏ちゃんは本当にお兄さんよりも俺が好き?」
って。
この一言だけはどうしたって聞けない。未夏ちゃんの親友である里中さんはゴールデンウィークが開けてからこっち、数えるのもばからしいくらいに未夏ちゃんがブラコンなのだと俺に吹き込み続けていたんだ。
パーティの日に彼女自身が否定して、俺は俺だって言ってくれたそれで満足したつもりだったけど。
その後の二ヶ月間に本気でそうなのか疑わしいことがたくさんあったら満足できなくなるし、自信もなくなってくる。
最近のそれは、クリスマスに起こった。
クリスマスといえば、恋人達のビックイベントだと思う。キリストさんに悪いとかどうとかそういう話は置いておいて、日本のクリスマスなら絶対そうだ。
サンタを信じていた子供の頃以来、はじめてドキドキするそのイベントの当日は楽しかった。
可愛い彼女と二人で、これでもかってくらいにきらびやかな街を歩くのにときめかないとしたら何かの間違いだ。
未夏ちゃんだって楽しみにしてくれてたみたいだし、めいっぱいおしゃれをしてくれてた。
パステルカラーのニットに、茶系のスカート。スカートよりも濃いめのジャケット。
着慣れないからってもじもじする彼女がどれだけ可愛らしかったかみっちりじっくり聞かせてあげたいところだけど、もったいないから誰にも言わない。
よく似合うねえなんて咄嗟に言えなくて、いつも通りの世間話をしながら予定のコースをたどる。
まずは映画館で二時間半、キャラメルポップコーンを片手に映画鑑賞。
いつもよりもちょっと背伸びしたおしゃれな店でランチ。
ふらふらウィンドウショッピングの後、カフェに入って席に着く。
注文を終えて一息ついて、タイミングを見計らってプレゼントを手渡す。めいっぱい驚いた顔の未夏ちゃんがあわあわする様は可愛らしくて、里中さんにさんざんからかわれながらアドバイスをもらった価値はあるなって思った。
片手に載るくらいの小さい箱に、ピンクのラッピング。未夏ちゃんはそれをこわごわと手にとって、開けていいのと言わんばかりに俺を見る。
「どうぞ、開けて」
笑顔つきで言ってみせると赤いリボンに彼女は手を伸ばし、その途中で止まる。
「ええと、あの」
「どうかした?」
首を傾げる俺にうなずいて、未夏ちゃんもカバンからプレゼントらしい包みを出してきた。
「ありがと」
「こちらこそ、ありがと。あ、開けるね?」
「うん」
差し出されたその中身が俺だって無性に気になるけど、まずは未夏ちゃんの様子を確認してからだ。
彼女は慎重に手を動かして、するりとリボンをほどいた。包み紙を止めたテープをこれまた慎重にゆっくりをはいでいく。
不思議なくらいに豪華に包まれていた箱が姿を見せ、未夏ちゃんはゆっくりと箱を開いた。
「うわぁ」
目を大きく見開いて、未夏ちゃんは俺を見た。
「ありがと、坂上。かわいいね」
「どういたしまして」
里中さんのアドバイスは、簡潔なモノだった。
「未夏は可愛いものが好きなの。可愛いアクセサリーにしたらいいわ。シルバーだったらそんなに高くないでしょ。未夏は持ってないしね――身につけてるの、見たことないから」
さすが親友、ポイントは外してなかったらしい。一日がかりで歩き回って指輪やらペンダント、ネックレスを見て回ったかいはあったらしい。
ただ普段身につけていないアクセサリーを本当に気に入ってもらえるか自信がなくて、シルバーのストラップに最終的には落ち着いたけど。
「すごくうれしい」
銀でできた天使の羽を持ち上げて未夏ちゃんはそれにうっとりと視線を寄せる。
気に入ってもらえたことに安堵して俺ももらったプレゼントを開けた。
温かそうな手袋。
「学校の行き帰り寒いでしょ?」
はにかみながら未夏ちゃんは言うので、一も二もなくうなずいておく。確かに冬になって登下校が寒い。
未夏ちゃんほど寒がりじゃないから凍えるほどってことはないけど、俺と同じように未夏ちゃんが悩んでくれたはずのプレゼント、うれしくないわけがない。
ここまでが最高潮で、その後一気に落とされた。
「にーちゃんに相談したらその辺りが妥当じゃないかって」
何で今このタイミングでお兄さんなの未夏ちゃん。
「よろこんでもらえてうれしいな」
「うん……」
そりゃあ俺だって里中さんにアドバイスもらったんだから、未夏ちゃんがお兄さんにアドバイスをもらってても責めるべきじゃないのはわかる。わかるよ?
でもさー、なんていうかさー、一日に一度はお兄さんの話を聞いてしまうと俺でなくてもへこむと思う。
俺が内心ショックを受けてることに気付かずに、未夏ちゃんはせっせとストラップを付け替えている。
――そういや、携帯もお兄さんが買ってくれたとかって言ってたよなあ。よりによってその携帯につけるストラップを選ぶことなかったんじゃないか? 俺……。
「できたっ。ほんとありがと、坂上ー」
未夏ちゃんはあくまで笑顔で携帯を振った。
「こっちこそありがとね」
「あとでにーちゃんにお礼のメールをいれとこっと」
「――ほんと、仲がいいよね」
もはやそういうしかない俺に未夏ちゃんはまあねとうなずく。
そんな未夏ちゃんにだから進路の話なんて余計に聞けない。
県外にいるお兄さんの大学を狙ってるとか聞かされたら、絶対へこむ自信がある。
未夏ちゃんとお兄さんの親密さは周りで他に聞いたことがないくらいなんだ。あり得る話だと思ってしまうとさらに聞けない。
年越しを一緒に迎えようと連絡を入れたら駄目だって言われたこともそれに拍車をかける。
年末年始って言えば大学だって休みじゃないか。
お兄さんがいるから駄目なのかって勘ぐりたくなってしまう。
そりゃあ女の子だし、門限あるだろうし仕方ないとは思うけど。でもさあ、でも、お兄さんがいるっていうのが大きいんじゃないかなとかさ――どうしても思うよなぁ。
晩ご飯を食べてそのまま居間でテレビを見る。家が必ず見るのは歌番組。
これじゃないと年を越せない、両親はそう信じている。その信仰に抵抗する気力はないし、そもそも他の何かを見たいなら自分の部屋に引っ込んで好きな番組を見ればいい。
未夏ちゃんに断られちゃったから他に何か積極的にしようとは思えない。カウントダウンも大イベントだと、思うんだけどなあ。
クリスマスの日に断られて、うだうだ思い悩むこと数日。
何か悪いモノを食べたんじゃないかと親にまで心配された。らしくないとはわかってるけど、彼女に関してだけはあっけらかんとできないのはきっと惚れた弱みってヤツだ。
よく知らない歌手が次々に現れて、次々に歌っている。それを聞き流しながら携帯を開いて閉じて、メールを打ちかけてはやめて。
今何してるのなんて気軽に聞いてお兄さんが帰ってきて話しているなんて言われたらみっともなく嫉妬してしまうだろうし。
あーあ、どうしようかなあ。
傷口に塩を塗るようなことはしたくないけど、未夏ちゃんと連絡は取り合いたい。
開いて閉じて、ボタンを押してはやめて悩んで悩んで悩みに悩んで。
結局送れないうちに先に携帯が鳴った。けたたましい電子音に母さんが目をつり上げる。
「今、タケノジョーちゃんなんだから静かにしなさい」
「はいはいはい」
いい年して若い歌手にきゃーきゃー言うのはみっともないんじゃないか?
言ったら倍返ってくるだろうから、静かにメールを開く。
うわ、未夏ちゃんからだし!
「こんばんわ。カウントダウン行けなくてごめんね。坂上は何してる? 家はみんなでテレビだよ。もう少ししたらおそばを食べて、年が明けたら寝ます」
お兄さんの話が出てこなかったからほっと胸をなで下ろして、返信画面を開く。
返事の仕方で地雷を踏むってこともありうるから、悩む。
「こんばんわ。家はもうそば食べたよ。日付超えたら俺も寝るかな? 明日は初詣だし、寝坊したら大変だ」
無難な文章を作り上げて、何度も見直す。これでにーちゃんがどうこうって返ってきたら落ち込んでいいと思う。
実際は今一緒のこたつに入ってるんだとしても、頼むから言ってくれるなー。
念じながら送信する。
しばらくしてさっきと同じく電子音が響いたけど今度は母さんも何も言わない。
「そうだね。朝は寒いからなかなか布団から出られないよー。年明け直後は電波が悪いって聞くから、新年の挨拶は会うまでとっておくね。よいお年を」
また来年、なんて返事をしてほっと息を吐く。
仮にお兄さんと一緒にいるとしても、俺のことを忘れずに未夏ちゃんの方からメールをくれたんだからいいんじゃないか?
そうやって自分を慰めるとちょっと勇気が出た。
2005.12.31 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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