IndexNovel私と坂上の関係

番外編1 俺と未夏ちゃんの関係 後編

 キンと冷えた朝。今朝もこれ以上ないほど寒くて、身が震える。
 元旦の朝は特別に思える。いつもと変わらないはずだけど、何かが違うように思えるのは向かう先に未夏ちゃんがいるって思うからかも。
 約束の時間は九時。それよりも数時間も早く起きて、家族で新年の挨拶をすませておせちを食べた。もちろんお年玉ももらって、懐だけは暖かい。
 早めに家を出て、待ち合わせ場所に向かう。
 市内で初詣って言ったら御津賀神社が一番の選択肢。家からは少し距離があるから早めに出ても結構ギリギリに着く。
 山間に位置する神社は坂道の先にある。その登り口が待ち合わせ場所。
 十分前、未夏ちゃんの姿はまだない。
「ふー」
 少し上がった息が白く舞い上がる。ちらほらと参拝客が坂道を登るのを横目に道路脇の電柱のそばに陣取り待ちの姿勢。
「お待たせー」
 やがてやってきた未夏ちゃんは息を弾ませて駆け寄ってきた。
 白いニット、黒いミニスカとタイツにいつものジャケット。
 うお今日も可愛いーッ。
 仮にもつきあい始めて数回のデートを重ねたわけだけど、それでも私服の彼女はいつもおっしゃれーで可愛くていいと思う。
 新年一発目に出会う知り合いが彼女だなんて幸せ、うん幸せ。うだうだ悩んでたことは去年に置いてきたみたいだ。
「あけましておめでとう、坂上」
「あ、あけましておめでとーございます」
 馬鹿なことを考えてたせいで挨拶の先を越されて、慌てて未夏ちゃんに続く。
「今年もよろしくね」
「こっちこそよろしくー」
「今日も寒いね」
 自然に歩き始めながら未夏ちゃんがつぶやく。白く上がった息が眼鏡を曇らせたのか彼女は顔をしかめて眼鏡を拭いた。
 素顔もますます可愛いよなんて言えずに、恥ずかしくなって前を向く。
「そりゃ、その服は寒そうだよ」
「だよねえ」
 可愛いからいいんだけどミニスカ。
 すらっと伸びた足がドキドキしたんだけどミニスカ!
 未夏ちゃんは俺の言葉にしみじみもらした。
「私もそう言ったんだけど」
「そう言った、って?」
「にーちゃんが絶対ミニスカがいいと主張したの」
「――あ、そうなの?」
 地雷を踏んだ!
 新年一番のネタがお兄さんですか未夏ちゃーん。
 ああくそう、ありがた迷惑な人が置き忘れた悩み事を持って来ちゃったよ。
「おにーさん帰ってきてるんだ?」
 我ながら乾いた声が出て、いかんいかんと首を振る。未夏ちゃんは不思議そうに顔を上げた。
「ううん、帰ってないよ。もしかしたら帰ってくるかもしれないけど、忙しいんじゃないかなあ。言ってなかったっけ」
「いやお兄さん情報をそんなに流されても俺困るけど」
 困ると言うよりは悲しいんだけど。小さいことを気にしてると思われたくなくてそこまでは言えずに口ごもる。
「あー、まあそれはそっかー。坂上に話してもどうしようもないよね」
「うん、そうそう」
 それを心にとどめてお兄さんネタから離れてくれると俺はうれしい。
 俺の期待を知ってか知らずか、多分絶対間違いなく知らないで未夏ちゃんは続けた。
「坂上と初詣に行くって言ったら、ぜひミニスカだって送ってくるんだよ」
「は?」
「スカート。これ、にーちゃんの見立て」
「……普通、妹のデート用に服見立てるもんかな?」
 戸惑いながら問いかける。未夏ちゃんは渋面になって首を横に振った。
「にーちゃんは変わってるって言ったでしょ」
「いやそれにしたって……」
 普通妹に服をプレゼントするか? ていうか何でサイズ知ってるんだ?
 未夏ちゃんがブラコンだとしたらお兄さんはシスコン? その間には誰も入り込めないなんて言わないよね?
 うわあ、笑えなーい。
 何とも言えない気持ちでため息ひとつ。
「せっかくだから着たの。麻衣子もジーンズは止めとけっていったし」
「ジーンズはいた未夏ちゃんなんて想像できないなー」
 あー、里中さんの話になったら気が楽だ。
 少し浮上した気分でこれまでのデートを思い返す。いつも未夏ちゃんはスカートだった。ええもうどれも可愛かったですとも。ジーンズなんて味気なくていけない。
「え?」
「いや、なにそのえって」
 未夏ちゃんが驚いた顔で言葉をなくすもんだから、どうしたのって首を傾げてみせる。
「……えーっと、普段ほとんどスカートなんてはかないよ、私」
 黙ったまま数歩進んでから、未夏ちゃんは口早に言った。
「え、そうなの?」
「うん。だって、あんまり持ってないし」
「ええっ?」
 今度は俺が驚く番だった。
「何で驚くの?」
「いやなんでって……」
 制服ももちろんスカートだし、私服もそう。あえて言うならば体育の時のジャージくらいしかスカート以外の未夏ちゃんって見たことないんだけど。
 そのことを告げると未夏ちゃんは納得したように大きくうなずく。
「そういえば、坂上と会うときは着てないね、一度も」
「普段はジーンズばっかり?」
「うん。楽だし。スカートはしわになったりするから」
「そうなんだ」
 普段はジーンズばかりだなんて、未夏ちゃんの知らない一面を知った気分だ。
 大げさにうなずく俺のことを未夏ちゃんは横目で見上げる。
「えっと」
「なに?」
「興ざめした?」
「えーっと、何が?」
 不安そうな眼差しにくらりとする。
 いきなりの言葉に心当たりはまるでないけど彼女を安心させるべくにっこり笑顔を作って、俺は優しい口調を心がける。
「その、ほら。……いつもはこんなに気合いは入ってないの、私」
 尻すぼみに小さくなる声。ちょっと目を伏せて、ぼそぼそと未夏ちゃん。
 何となくドキドキしながら俺は未夏ちゃんを見下ろした。
「それってうぬぼれちゃっていいのかな、俺」
「うぬぼれ?」
 きょとんとオウム返しして未夏ちゃんが視線を上げる。彼女に視線を合わせて俺はそう、とうなずいてみせる。
「俺のためにおしゃれしてくれてるんでしょ?」
 それってつまりそういうこと、だよなあ?
 自問して、自答してみる。
 未夏ちゃんはうっと言葉に詰まって視線をそらした。気持ち頬が赤くなってるように見える。そんなことを聞いてる俺だって同程度に恥ずかしいんだけど。
「……だってにーちゃんが……色気のある恰好しないと坂上が愛想尽かしちゃうって言うんだもん」
 顔をそらしたままの未夏ちゃんがもごもご言い訳を口にする。
 もうお兄さんがどうとかはどうでもいい気がした。
 だってそれって、お兄さんがポイントじゃなくて俺を気にしてるってことだよね。多分、絶対、間違いなく、そう。
「どうしよう、俺未夏ちゃんのことがすごい好きだ」
「なっ」
「手ーつないでい?」
「えっ」
「えいっ」
「うわっ」
 驚いた顔の彼女の手をわしっと掴む。二人分の手袋の厚みの先に彼女の手の感触。素肌じゃないのは残念だけど、まあ寒いんだし仕方ない。
 弾むような足取りで歩き始めるとしばらく戸惑っていた彼女も仕方なさそうに足を速めてくれた。
「もう、坂上。こんなに人がいるところで恥ずかしいじゃない」
「いいでしょ。たまにはこれくらい。今年一年いい年になりそうな気がするなー」
 可能なら踊り出したいくらいだけどさすがにそれは恥ずかしい。
「誰かに見られたらどうするのーっ」
「そろそろ未夏ちゃんのことをみんなに自慢したいな、俺」
「な、な……何を馬鹿なこと言ってるの坂上っ。正気?」
「もちろん正気ですともハニー」
「きゃーっ」
 こっそり耳元でささやくと未夏ちゃんが顔を真っ赤にした。
「坂上、もしかしておとそいっぱい飲んだ? 酔ってる、酔ってるでしょー?」
「正月だし紳士のたしなみだね」
「紳士関係ないわよー。ううう、坂上がおかしい」
「いつものことですから?」
「しかも開き直ってたちが悪いー」
 俺の手から逃れようとする未夏ちゃんの手をぎゅっと握りしめて引き寄せる。
「そんなこと言ったら抱きしめちゃうぞー」
 ぽそっと言ってみる言葉はもちろん冗談だ。こんな誰が見ているかもわからない場所で手をつなぐ以上のことなんてできるわけがない。
「ぎゃー」
「うわ今本気で嫌そうな声出したね?」
「当たり前だよーっ」
 本気で怯えている様子はちょっとショック。目尻に涙まで浮かんでいるのを見て手に込めた力を緩める。
「軽い冗談だったんだけど」
「全然軽くないよ、坂上……」
 あっけらかんとした声を心がけると肩に込めていた力を緩めて未夏ちゃんは力なくもらす。
「今年一年さい先いいね」
「ちょっともー坂上、私の言うこと全然聞いてないでしょ?」
「聞いてる聞いてる」
 ホントかしらと目を細める未夏ちゃんも文句なく可愛い。怯えさせない程度に軽く手に力を込めてほんの少し彼女に近付く。
「機嫌がいいついでに未夏ちゃんの進路もお祈りしておくよ。未夏ちゃんは何希望?」
「え? 進路のお祈りはまだ先じゃない?」
「来年祈っても遅いと思うよ。センターって一月じゃないっけ?」
 ちょっと強引だったけど、未夏ちゃんはそれもそうかとうなずく。
「――人にだけ聞くのって卑怯だと思うよ、坂上はどこ?」
 納得した後で鋭い切り返し。
 あーいや俺はー。できれば未夏ちゃんに近い大学がいいなとか思うんだけど。そのまんま言うのは不純だし。
「まだ詳しくは決まってないけど、工学系かな。成績と相談しなきゃいけないけど」
「私は国文科のあるところがいいな。それで司書の資格を取れるところ」
「へえ、しっかり考えてて偉いなあ」
「そうでもないよ」
 漠然と考えてるだけの俺と違って、未夏ちゃんはしっかり将来の仕事まで視野に入れている。
「希望が叶うといいね」
「坂上もね」
 方向性がわかったものの、地元なのか県外なのかまでは結局聞けない。
 未夏ちゃんの希望を踏まえて進む先を決めたいなんていったら、真面目な彼女は怒りそうな気がして、余計に。
「できれば地元がいいんだけどなぁ」
 親の希望であるそのことをとりあえずつぶやいておく。できればこの言葉が未夏ちゃんの進路決定に多少の影響を及ぼしてくれますように。
「鷹城離れるの寂しいもんね」
 神様に祈る前に早くも願いは叶ったらしい。同意を得た気がして未夏ちゃんを見下ろす。
「二人とも地元だったらいいね」
「未夏ちゃん地元狙い?」
「できれば、だけど」
 控えめに未夏ちゃんは聞きたかった答えをくれる。よし、じゃあ近場の工学部総狙いするから俺ッ。
「にーちゃんが地元離れると寂しーって言ってたし、実家がいいよねえ」
 力強く歩き始めた俺の足はその一言で途端に弱まる。
「坂上? どうしたの?」
「や、どーしたって……」
 何でそこでお兄さんが出てくるのかだけが謎だよ、未夏ちゃん。
 俺の半歩先に進んだ未夏ちゃんが不思議そうに振り返る。
「ねえ未夏ちゃん――」
「違うよ」
「まだ何にも言ってないんだけど俺」
 きゅっと目を細めた未夏ちゃんは言わなくてもわかると胸を張った。
「ブラコンじゃないからね」
 俺がそう言いそうなことがわかるのに、なんでその原因が自分の言動だってわからないんだろう。
「一番身近な相談相手なだけなんだから」
 お兄さんネタを話すのも含めて未夏ちゃんなんだろうけど、一応彼氏としてはその存在が気になって仕方ない。
 妹のデートのためにスカートプレゼントしちゃう兄って何。その辺が未夏ちゃんがお兄さんべったりな原因なわけ?
「何難しい顔してるの坂上?」
「えー、だってそうは言うけどさあ」
「ブラコンじゃないってば」
 つないだ手を振り払って軽くにらんでくる未夏ちゃんのご機嫌を損ねる勇気はなくて、俺はへらっと笑ってみる。
「彼氏としては未夏ちゃんがお兄さんラブなのじゃないかとすんごい不安で嫉妬しちゃうですがー?」
 冗談めかして口にすると未夏ちゃんは驚いた顔をする。
 途端にあわあわと挙動不審になって視線をあちらこちらに向かわせる。
「何気持ち悪いこと言ってるのー?」
 語尾が心細くは跳ね上がり、未夏ちゃんはそっぽを向く。
 あ、やばい。また地雷踏んだッ?
「いやあの、だってほら、未夏ちゃんにとっては実のお兄さんでも俺にとっては俺以外の男なわけでね?」
 慌ててフォローを開始するけど、咄嗟に口をついたのがさらに怒らせかねないことじゃないかって言った後で気付いた。
「また、妙なこと言うねえ」
 何とも言えない沈黙の後で未夏ちゃんは呆れたように言った。幸いにして怒った様子もなくてほっと胸をなで下ろす。
 と思ったら俺を置いていくような感じで未夏ちゃんの歩くスピードが上がったから慌てて追いかける。
「ごめん未夏ちゃん、俺が悪かった」
 追いついてためらった後に再び彼女の手を取って謝罪の言葉を口にする。
「そんなに心配すること、ないよ」
 それは多分許しの言葉。
「にーちゃんと坂上は別物だって、前に言ったでしょ?」
「うん、そうだね」
 でもあれからお兄さんの話を聞く度に少しずつ自信が削れていくなんて、未夏ちゃんには想像が付かないに違いない。
「坂上はずっとうぬぼれてくれてていいよ。にーちゃんに嫉妬することない」
 きゅっと俺の手を握り返して未夏ちゃんは言った。
「私が好きなのは坂上だし」
 顔をそらして最後にぼそりとそんな殺し文句。
 めきめきと自信が盛り上がってきた俺は単純野郎だ。
 スピードを上げたのは面と向かって言うのが恥ずかしかったからに違いない。そんなところがまた可愛い。
「俺も好きだよ」
 だから本日二度目の言葉をささやくと未夏ちゃんが耳まで真っ赤にした。

2006.01.01 up
続編
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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