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番外編5 それはつまり春同士
運命ってやつを俺は感じたね、うん。
あれは四月のはじめ、高校二年の最初の一日のことだ。
うちの学校じゃ、毎年クラス替えがある。三年だけは進路を見越した分け方だけど、二年時のそれはたいした意味はない――らしい。
クラス替えにわくわくするのは俺だけじゃないと思う。このわくわく感をどう説明していいんだか思いつかないけど、とにかく俺はその日早くに学校に着いた。
何組になるのかとか、どんなメンバーがいるのかとか、早く知ろうが遅く知ろうが意味はないんだろうけど、とにかく早く知りたくてさ。
そんなことを言うと、祐司辺りに馬鹿にされそうだけど、やっぱり新学年新学期新クラスっていうのはわくわくするわけ。
早めについたっていうのに校門を入ったところにはそれなりに人がいて、そのほとんど全員が何を見ているかっていうと、どこかの教室から出してきた移動式のホワイトボードやら黒板――それに貼ってあるクラス発表の紙だ。
校門の正面にある植え込みの前に小さいボードがあって、右矢印の左には二年、左矢印の右には三年と大きめに書いてある。だから迷わず右に行って、同級生の後ろからボードを覗く。
やっぱり大きいわかりやすい字で、旧クラスの名簿の名前の横に新しいクラスが書いてあるって説明がされていた。
新しい名簿は新しいクラスにあるってことだろう。俺は旧一年一組の名簿の前にたどり着いて、知り合いに挨拶を交わしてからそれを見る。
自分の名前を探してクラスと確認して、ついでとばかりに友人どものクラスも確認する。
俺の新しいクラスは二年二組。新や祐司、小坂ちゃんは四組、羽黒は三組。
面白いくらいに別々になったと思ったのは覚えてる。
それに、新が小坂ちゃんと同じクラスなんてあまり面白くなかったな。あれだよ、二人が別々のクラスになってだ、そんでもって俺と小坂ちゃんが同じクラスだったりしてたら、そりゃもう面白かったと思うよ、新が。すごい悔しがってさ。
少しばかり残念に思ったけど、新しいクラスにかける意気込みがそれでなくなったわけじゃない。
中之城高校は主に四階建てだ。教室がある本校舎は一階に職員室や事務室や用務員室があり、二階以上がクラスルーム。下から上にかけて平均年齢が若返っていく――つまり、一年の去年は四階に教室があって、二年の今年は三階に教室が移ることになる。
去年は一組で階段隣の角部屋だったけど、二組は逆隣。角部屋に比べて少しばかり狭いように感じる。手前側の扉から中に入って、左にある黒板のど真ん中に新しい名簿と席順表が貼ってあった。
自分の出席番号と席順表とで確認して、導き出した席は左から三列目、前から四番目。なかなか悪くない位置。
間違えるなんて間が抜けてるからしっかり確認して、俺は授業がない分軽い鞄を机に投げ出して、そこに座り込んだ。
朝早いこともあってか新しいクラスメイトの姿はまだない。ふと気づくと朝が早かったからうとうとしてて、放送の音にはっとした。
ピンポンパンポーンってのを皮切りに、始業式の案内が流れる。
「よし、じゃあいこっかー」
「あ、うん。ちょっと待って」
なんてなことを左隣の席の子とその友達が言っているのを聞きながら俺は立ち上がった。
「何で朝イチで本読んだりしてるかなあ」
「だって、好きだし」
友達同士、一緒のクラスになったってことだよなー。うらやましい。そんな風に思いながらちらっと見たら、隣席の子の顔は見えたわけ。
それが未夏ちゃん。
第一印象は可愛い子だーって感じ。
その時――里中さんに急かされてわたわたと新書本をカバンにしまい込もうとしていた未夏ちゃんは、顔もそうだけどさ、その行動がなんか可愛かったんだよね。動き方っていうか、なんだろ?
隣の席の子が可愛いってのは、微妙に盛り下がった気持ちを盛り上げる原因にはなったけど、その時はそれだけ。
教室を出て、そろぞろ歩く同級生に紛れて校庭に出て、出席番号順に並んでも、隣は未夏ちゃんじゃなかったんだよね。
彼女の方が出席番号が早いから、隣の席でも番号は離れてるってわけ。
校長のやたら長い話が終わって、帰り道に新を見つけてからかいに行って、そのあと教室で始まったホームルームでは当然のように自己紹介をやらされた。
教室の左端前と、右端後ろでじゃんけんして負けた側から自己紹介。
途中までは真剣聞いてた。でもやっぱり集中力ってヤツは長続きしないもんでさ。
自分の番が終わったら何となく気が抜けて、軽く意識を飛ばそうかななんて思いながら頬杖をついた。
実際、ちょっとうとうとしてたけど。
がたりとすぐ近くでする音にハッとして顔を上げる。隣の席が動いたら、さすがに気付いてしまったらしい。
緊張した面持ちで教壇に出たのは隣にいた未夏ちゃんだった。
顔なんか真っ赤でさー。眼鏡の奥の瞳がやたらと動いているようなイメージ。そんなにはっきりと見えた訳じゃなくて、おどおどしてる様子から想像しただけだけど。
ぼそぼそっと自己紹介して、彼女はぺこりと頭を下げた。声もあんまり大きくなくって、俺に聞こえたのは「未だ夏じゃないと書いて未夏です」って可愛い響きの名前だけ。
時間も短かったから、名前と字の説明くらいしか言わなかったんじゃないかな。
万事控えめな未夏ちゃんだし、名前くらいしか言わなかったこともあるし、彼女に衝撃を受けたのは俺だけだと思う。
真っ赤な顔のまま席に戻った彼女を俺はこっそり観察した。イスに座って、ほっとしたように肩で息をして、その後で自分の次に教壇に立った前の席の子の自己紹介を真剣な顔で聞いていた。
どこがって言われたら困るし。
何がって聞かれても困るけど。
その時にはもう、彼女が好きになりかけてたんだと思う。
だって未だ夏じゃないんだよ。つまりそれって春ってことだよ。
俺の名前は利春で春だしさ。
つまり春同士って意味じゃないそれ?
何となくうれしくなっちゃってさ、ホームルームが終わった瞬間に声をかけてしまった。
「ねえねえ、可愛い名前だね」
にっこりと言ってみせると、彼女はとても驚いた顔。わたわた慌てる仕草が決定打。
しょっちゅう話しかけるのがよかったのか、交友関係があまり広くない未夏ちゃんと親しく会話が交わせるようになったまでは順調だったんだ。
でもそれで問題が発覚するなんて予想外だった。
――まさか、未夏ちゃんがブラコンで、お兄さんと俺が何となく似てるから親しく話してくれるなんてさ。
知らなければ無邪気に喜んでいられたのに、知ってしまうと、なんかちょっと悲しい。
2007.05.19 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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