IndexNovel私と坂上の関係

番外編7 放課後にデートを

 その日、坂上は朝から張り切っていた。
 どれくらい張り切ってたかって言うと、とってもだ。登校途中で出会った時から今にも踊り出しそうな感じで、どうしたんだろうと横目で見守っていたらそのうちこんなことを言い出した。
「今日は一緒に帰るよ!」
 そう言う声まで弾んでいて、反応に困った。
 私と坂上は毎日ほぼ一緒に帰っている。ほぼ、というのは放課後すぐ帰れる場合のみということで、どちらかが遅くなる場合はお互い待つようなことをせず帰るようにしているってことなんだけど。
 お互い受験生だし、相手を待って時間を無駄にするわけにはいかない。単語帳の一つでも広げたらいいんだろうけど――別にほとんど毎日一緒なんだから、そこまですることもないということになっている。
「いつも一緒に帰っているような……」
「ああ、違う違うー」
 不思議に思って問いかけると、坂上はオーバーに首をぶんぶんと振った。
「今日はデートしようデート」
「でーと?」
「そう! たまには寄り道もしようよ」
 ねっとにっこり提案されたら嫌なんてまさか言えない。たまには息抜きしないとねと自分に言い聞かせながらうなずくと、坂上はくるりと回転して「やったー」と叫んだ。



 その日一日はとてもゆっくり過ぎた。楽しいことが先に待っているからなのか、いつもより時間が過ぎるのが遅いように思う。
 待ち合わせはいつも変わらない階段の手前。まだ来ていない彼をしばらく待つと、すぐに廊下を走る勢いでやってきた。
「こら、坂上。走るんじゃない」
「走ってないですよー。こう、すごいスピードで足を前後にッ」
「それを走ると言うんだ馬鹿者」
「いてっ」
 近くにいた先生に頭をはたかれて坂上は亀のように首を引っ込める。
「せんせー、それ体罰」
「愛の鞭と言え」
「えー」
 私は受け持ってもらったことはない先生だけど坂上とは気心が知れているらしく、二人は軽いやりとりをして別れる。
「お待たせ、未夏ちゃん」
 近寄ってきた坂上はついさっきまで先生に軽く説教されていたとは思えない底抜けの笑顔。
「急いでても廊下を走るのはまずいよー」
「限りなく早足のつもりだったんだけどな。もうちょっと修行しないと」
「何の修行なんだか」
 うははと笑う坂上は朝と同じようにハイテンション。いつも通りに階段を下りて校門まで向かう間もいつも以上に元気いっぱいだった。
「それで、どこに行くの?」
 あいにくと今日は曇り空。風も少し吹いていて、首筋から冷たい空気が入り込んでくる。
 もう秋だなあと今年何度目かの実感。
 衣替えの合い服期間はもう冬服かあって思ってたくらいなのに、半月ちょっとですっかり夏は遠ざかってしまった。
 あんなに早く去って欲しいと思っていた夏が今では恋しいくらいだった。今が一番過ごしやすいはずなのになあ……。
「寒い?」
 私が身を震わせたのを見た坂上が顔をのぞき込んでくる。
「うん、ちょっと。今日で十月も終わりだもんねえ」
「だねぇ」
 明日から十一月で、今年も残り二ヶ月を切ろうとしている。入試まで、あともう少ししかない。
 私も坂上も公立を第一志望にしていて、かつ推薦入試には縁がなかったから一般狙い。麻衣子は私学の推薦を受けていて試験まで半月くらいしかないから、私が「もう少し」なんて言ったら「三ヶ月あったら十分よ!」と言うけど。
 この先どうなるのかなあって、漠然とした不安がある。勉強だって頑張ってるし、その甲斐あって模試の成績も、まあ……志望校に手が届きそうにはなってきている。もうちょっと足りない気はするけど。
 進学できるなら私立でも構わない、でも出来れば公立にっていうのが両親の希望で、それは坂上の方も一緒。両親の希望にも沿えるように進路を考えたら、学部こそ違うけど二人の志望校が一緒になった。
 市立鷹城大学――私にはちょっとレベルが高いけど、坂上と大学でも頻繁に会える可能性があるなら、受験する価値はある。
 夏にあれこれオープンキャンパスを回ったけど、坂上と同じ大学をひいき目で見ているのか他はどこも一並び。だったらますます頑張らなきゃと思う。
 あれこれ話しながらたどり着いたのはいつも使うバス停で、坂上はバス待ちの列の最後尾に着いた。
「どこに行くの?」
 デートって言っても、この時間から行けるところはそう多くない。私も坂上も家が遠いし、学校近くの商店街でもなければバスの沿線上に他にデートできそうなところはない。
 一瞬神社が近いかなと思ったけど、神頼みするならお正月の一緒の方がいいだろうし。
「あのファミレス?」
 夏の講習後によく言ったファミレスは二つ先の停留所の近くだけど……坂上は首を横に振った。
 そこでちょうどバスが来て、私はどこに行くとも知らないまま後ろの人に追い立てられるようにバスに乗り込んだ。
「じゃあ、どこに行くの?」
 人が多い時間だから寄り添うようにしてつり革につかまりながら、坂上を見上げる。
「へっへー。鷹城図書館下」
 私がいつも降りる一つ先の停留所の名前を告げて、彼は楽しそうに笑った。
「図書館下?」
 坂上からすれば、図書館は家からかなり遠い。なのにどうしてだろうって一瞬思ってから、何となく期待したような彼の顔を見てはっと思い当たった。
「それって、去年行った」
「図書館前のカフェ、覚えてる?」
 私はこくりとうなずいた。
 そこは思い出の場所だった。坂上と両思いだってわかる前に、最初で最後じゃないかと思いながら行ったところ。「デート気分だね」なんて言われて、とてもドキドキしたところだ。
 あれから何度か図書館には行ったけど、一人で入るのは敷居の高い店だったしカフェ自体には行っていない。いつも横目で見てはまた坂上と来たいなあなんて考えてた。
「今日はハロウィンだしさー」
「ああ、そうだったっけ」
「うわ未夏ちゃん興味なさげなんてひどっ。ハロウィンだよハロウィン。俺たちの思い出のイベントだよ」
 つり革にぐっと体重をかけるようにしながら坂上は私に顔を近づけて、熱っぽく主張した。
「言うなればハロウィンは俺たちの記念日」
「ロマンチックだねえ、坂上」
「そーゆーわけでもないけど。っていうか未夏ちゃん全然考えてもなかった?」
「……ええと、すっかり」
「がーん」
 坂上は大げさなアクションでしょんぼりと落ち込んだ。
「えっと、ほら、受験生だし、そこまで考えが至らなかったというか……ね?」
 ハロウィンってクリスマスほどメジャーなイベントじゃないし、うっかりしちゃった。うう……時事問題もあるだろうし、そろそろ新聞も少しは読まないとなあ。新聞にハロウィンのことが書かれるかどうかは知らないけど。
 私の言い訳に坂上は仕方ないなあって顔をして、あっさりと許してくれた。
「来年からは忘れたら許さないぞー」
 なんて、さらっと続けるから坂上はすごい。
 来年もこうやって一緒にいられたらいいなって、すごく思う。うん、来年の手帳を買ったら忘れないように十月三十一日にハロウィンって書いておこう。そうしたらきっと、忘れない。
「うん、来年は忘れないよ。じゃあ、来年もまた、あのカフェに行く?」
「それ、いいね!」
 坂上は「ハロウィンにカフェデート、いいねえいいねえぇ」ととても乗り気。
 手帳にはハロウィン、坂上とデートって書こう。私はそう心に誓った。

2007.10.31 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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