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続編 4
なんでそんな反応なのか、とても納得がいかない。
リラックス効果があるという吉田のハーブティーが何か怪しげな効果を発揮したのかと疑いそうなほどに、笑みを浮かべるものだから混乱する。
「……なんでそんなにうれしそうな顔をするわけ?」
正直、ちょっと引く反応だ。
仮にも好意を持っている――と吉田自身は主張する――相手から不義理を咎められて、そんな顔をする理由が分からない。
私の頬はひきつっていると思う。だけどそんなこと気にした素振りもなく、吉田はにんまりと笑みを深めた。
「いや、だってそれ……」
「何よ」
「嫉妬だろ?」
「はあ?」
「嫉妬。やきもち。意味はわかるだろ?」
どういう意味よと叫びそうになったけど、危ういところでこらえる。落ち着いた雰囲気のお店に不協和音を奏でることには抵抗がある。
深呼吸をして気持ちを落ち着けている間も、吉田は笑みを消さない。
「それってつまり、俺のことを好きになってるってことだよな」
いやーな笑みを浮かべたままで吉田は爆弾を投下する。断言しきったよこの男!
落ち着けと自分に言い聞かせて、爆発をこらえる。私の努力をあざ笑うかのように吉田は両手をあげて「どうどう」なんて言いやがった。
「あいつは、そういうんじゃないから心配することない」
「誰が心配を!」
声を押さえた代わりに私はこれでもかと吉田を睨みつけた。人を馬鹿な言葉で翻弄しながら、余裕を持った態度を崩さないなんて憎らしすぎる。
「そこまで嫉妬してもらえるなんて、努力のかいがあったなー」
しみじみと呟く言葉がさらに神経を逆なでしてくる。どれだけ自信満々なんだ、こいつは。
吉田はにこやかに私に落ち着くように言ってくるけれど、当然落ち着けるわけがない。それを見て勝手に私のカップに自分のハーブティーを注いだ吉田が飲むように促してくる。
「まあまあ、リラックスして」
「できると思うわけ?」
睨んでもにらんでもどこ吹く風といった様子で、吉田は余裕を崩さない。
「あれはさ、イトコなんだよ。イトコ」
「気の利かない言い訳ね」
機転の利いた言い訳をするとは思うけど、相手の顔を知っている私にそんなものは通じない。
「いやマジで」
「馬鹿言わないでよ。小学生でもあるまいし、ただのイトコと仲良くお出かけなんかするもんですか。しかも同性ならともかく、異性でしょ」
知らん顔でイトコ同士は確か結婚できるわよねと続けたら、さすがに吉田は顔をしかめた。
「兄弟のように育った相手と恋愛はないだろ、恋愛は。どこかにそんな例があったとしても、俺としてはなしだな」
心底嫌そうな顔で言い切る吉田は演技派だ。
目撃したのが吉田の顔だけで、あの時玲子の顔を見ていなかったら信じていそうだ。平然と嘘をつけるからこそそれなりにできる男を気取って、修羅場を作ることなくうまいこと立ちまわってきたのだろう。
なんとなく納得しながら重い息を吐き、勝手に注がれたお茶を飲んで少しでも冷静になる努力をした。
「あれだって、じーさんの米寿の祝いの買い出しをする羽目になって、仕方なく一緒にいたんだ。だから心配しなくていい」
自信たっぷりの言葉に態度だった。
それが崩れる様を想像しながら、私は言うつもりもなかったことを口にすることにする。
ちょっとでもいいヤツだと思ったのが間違いだった。玲子の幸せを考えたのも無駄だった。
私が知っていることを吉田に突きつけて、玲子を説得しなくっちゃいけない。こんな軽い男の毒牙にかからなくても、玲子にだったらほかにいくらでもいい相手がいるはずだ。
多少は吉田を見直していた玲子だって、自分と付き合った後でも吉田が私に言い寄ってきたと聞けば、以前以上に吉田を嫌うに決まっている。
「誰が心配してるっての」
どう言えば吉田に最もダメージを与えるだろう。刃を研ぎ澄ますように言葉を探ったけれど、思ったほど冷静にはなれなかったのかナイフのような鋭い言葉は思いつかなかった。
「咄嗟にしては気の利いた言い訳だったけど、信じるとでも思うの? 私、相手の顔だってちゃんと見たんだから」
鋭さの足りない言葉でも、ようやく吉田を動揺させることには成功した。
「うちの課の園田玲子。可愛い後輩を見間違えたりしないわ。あれは本人だった。二股はしないんじゃなかったの、あんた」
「――あー、顔、見てたか」
「見てないとは言ってないわよ最初っから」
今更バツが悪そうな顔をしたって遅い。二兎を追うもの一兎も得ずって言葉を思い起こして後悔すればいい。
「あー。そうか、見てたか。それをおくびにも出さないのはさすが安永と言うべき、か」
吉田の余裕は消え失せ、私はようやく溜飲を下げる。
はああと吉田は大きなため息を漏らして頭を掻き、ちょっと待てと言い置いて携帯を取り出していくつかのキーを叩き、それを耳に当てた。
「あー、俺。俺だって俺。詐欺じゃねえって。出る前に名前の表示くらい見ろよ。仕事中? 知るかそんなもん」
どこかにかけた電話の相手はすぐに出たらしい。待てなんて言われても待っていられるかと立ち上がったところを、吉田の空いた手に手首を掴まれて阻まれる。
振り払おうにも払えそうにない強い力で、あとで痣になるんじゃないかと心配になる。睨みつけても電話に半分意識を持って行っている吉田には効かない。力も半分になればいいのに、男の力は強力だった。
「要領悪いのがいけないんだろが。いや待て、切るな。切るんじゃない」
言い募る吉田の声は大きく、私たちの姿は人目を引いた。女の手をつかむ男が電話先に懇願している。
傍から見たらどんな風に見えるだろうか――痴話喧嘩かそれに類する何かに見えるんだろうか。忌々しいことに。
電話を切られたらしき吉田は大げさに舌打ちをして、自棄になったかのようにお菓子を平らげた後にハーブティーを飲み干し、私の手首を握ったまま立ち上がった。
「離してくれると嬉しいんだけど?」
「逃げないって言うなら離してもいいけど、離した瞬間に逃げられそうだから断る」
吉田は私の手首を離そうとせず、木製のクリップで留められた伝票を掴んでずかずかとレジに突き進んだ。
これ以上の騒ぎもごめんだし、痣になるのも避けたかったので私はしぶしぶそれに従った。
吉田は万札をトレーに出して、おつりをもらうのももどかしげに足踏みをし、もらったおつりを財布ではなくポケットに突っ込んで店を出る。
「離して。叫ぶわよ」
「ここで逃がしたら後悔しそうだから嫌だ」
「警察沙汰になってもいいの?」
「痴話喧嘩に口を挟むほど警察は暇じゃないだろ」
「あのねえ」
ここは会社に近く、人通りのあるところだ。見知った人間が通らないとは言い切れない。
見られたらひどい噂が流れるとか、そういう想像はしないんだろうかこの男は。
「誤解を解く暇も与えられずに切り捨てられるのはごめんだから」
「何が誤解よ」
「もうちょっと黙っておくつもりだったんだけどなー」
吉田の手は緩むことがなく、手首が悲鳴を上げる。もと来た道を戻りながらぼやく吉田は再び携帯を取り出した。
「出ねえし。電源は切ってないようだが……なあ安永、携帯借りていいか?」
「それにうなずくと思う?」
「だよなあ。じゃあ、お前の可愛い後輩に連絡してくれ。話があるからちょっと仕事の手を休めて下に降りて来いって」
足早に進んだから、もう会社は目の前だ。
「何考えてるの?」
「誤解を解くって言っただろ。お前の可愛い後輩の園田玲子は俺のイトコなんだって、俺だけが言っても信じてくれないだろ安永は」
待ってよと私は思わず叫んだ。吉田が立ち止まって振り返る。
「あれは妹のようなもんなんだから、恋愛対象じゃない。さっきの今で口裏を合わせる暇はないってわかるよな? 俺と出かけた理由だってさっき言った通りだから思う存分聞けばいい」
苛立たしげで、相変わらず手首を掴む力は緩まないけど、吉田は自信たっぷりに言い切った。
「そんなこと急に言われて信じられると思う? あんたと玲子は接点がないでしょ!」
「部署が違うからな。わざわざ声をかけるほどこっちも暇じゃないし、会社で交流しなくてもプライベートでいつでも会える」
だけど、と吉田はため息交じりに吐き出す。
「ここ数年は女の敵に話すことはないって忌み嫌われてたからなー」
「それがなんで一緒に仲良く買い物よ」
「割と最近関係を修復したんだよ。それでも一緒に出かけることは――片手の指で足るくらいしかないけどな。その数少ない一回が、さっき言ったじーさんの米寿の祝いの買い出し」
ありゃあひどく疲れたと吉田はぼやく。
「引っ張り回されて、実質荷物持ちだぞ」
実感がこもった言葉が演技だとは思いがたく、しぶしぶ私は吉田の要請に従った。
携帯を取り出す私を見て、ようやく吉田は手首を離してくれる。赤く指の跡は残っているけれど、すぐに消えそうなのでほっとした。
あとでこれ見よがしにさすってやろうと心に誓いつつ玲子のアドレスを探しコールすると、ほどなくして相手は出た。
「美里さん? どうしたんですかー」
「今大丈夫?」
「よーやくひと段落できたので大丈夫ですよー」
いつも通りの玲子の声が明るく答える。
「つかぬことを聞くけど」
余りにも吉田が自信たっぷりでいるから、聞くまでもなく事実だと言われそうな予感は、すでにしていた。
それでも信じがたい気がするのは、玲子が吉田をひどく嫌っていたことを知っているからだ。
私は緊張で乾いた唇を舐めて、言葉を探す。
「吉田とイトコ同士だって、本当なの?」
「えっ」
結局シンプルな言葉で問いかけると、電話の先からは驚いた声が戻った。
ええーっと叫び声が聞こえた後、周囲から叱責の声が飛び、ごそごそ慌てて何かする気配の後扉が開いて閉じる音がする。
「ば……バレちゃいました?」
そして、何か失敗した時のバツが悪そうな調子が久々に届く。
「バレたというか、聞いたというか」
「あー」
玲子にしては低くて唸るような声。
「なんでそんな状況になったか意味は分かんないですけど……吉田さんは私のイトコです。お互い一人っ子だし、家も近くだから実質兄妹みたいなものですけど」
「そう。ありがと、わかったわ。ごめんね、仕事の邪魔をして」
「いえいえ、美里さんのお役に立てたなら幸いですよー。ところでそこに、吉田さんはいるんですか?」
「ええ」
代わってもらえるかと問われてうなずくと、吉田に携帯を手渡す。吉田が俺だけどと呟いた途端に、私にまで聞こえるキンキンした声が携帯から漏れてきた。
「冷静ぶって俺だけどじゃないわよおにーちゃん! 何でバレてんの? なんか問題起きそうだったの?」
「だからさっき連絡したんだろーが!」
「だったら私に喧嘩売ってないで最初っから素直に言えばいーじゃない」
「お前が詐欺はお断りだなんて馬鹿なこと言うからだろ!」
遠慮のない言い合いが電波を介してはじまる。
他人行儀に「吉田さん」と吉田を呼んでいたはずの玲子が「おにーちゃん!」と叫ぶのは、二人の真の関係を知った今でも違和感を感じる。
私の携帯を使っているとはいえ、盗み聞きもよくないだろう。少し吉田から距離をとって、やや現実逃避ぎみに本当に兄妹のようなものなのだと事実を飲みこんでいるうちに口喧嘩は終息に向かったようだった。
「わかってるよ。詳しいことは帰ったら話す」
通話を終えた吉田は私に携帯を差し戻し、一つ息を吐いた。
「安永は前、俺に聞いてきたろ。自分のどこに惹かれたんだって」
それから気を取り直したように別の話を始める。吉田と頻繁に過ごすようになった最初の一回目に聞いたことはもちろん覚えている。
吉田が非常に素直に私の疑問に答えてくれたことも、当然。
最初はきれいなのに気が強すぎる男勝りの女だから全く対象外だったなんて、褒めているのかけなしているのかわからないことまで馬鹿正直に言うので、その正直さに感心したくらいだ。
それがどうして気が変わったかといえば、同期会の数少ない機会で私の女らしいところを発見したからと言ったか。どこが女らしかったのか首をひねる私に、例えば空いた皿をこまめに片付けるところが普段の態度とギャップがありすぎて余計に女らしく見えたのだとか簡単に説明した。
手作り弁当を持って来てるってところもポイントが高いと言っていたか。
営業の人間がなぜそんなことを知っているのか聞いた時には思ったけど、吉田がひそかに玲子と繋がっていたなら、情報源は間違いなく彼女だ。
「安永が気になったのって、あいつの影響もあるんだよな。先輩の美里さんがいかにいい人なのか延々と語ってたりするわけ。じーさんちとかで話してるのが自然と耳に入ったって感じなんだけどな。あの頃は毛嫌いされてたし」
「そうなの」
「そう。つっても、安永のフルネームなんて聞いたことはあっても覚えてなかったし、同一人物とは思ってなかったんだけどな」
吉田は遠い目でどこかを見て、苦笑した。
「その美里さんに興味が出たけど、聞いたところで答えてもらえる状況じゃなかったな。だから誰のことだかちっともわからない。まあ――別に女に飢えてなかったし、積極的に探ろうなんて思ってなかったわけだが」
「それがなんで探った上に、私なんかに言い寄ろうと思ったわけ?」
「探ったってよりは、偶然安永のフルネームを目にする機会があったんだよ」
あれは衝撃だったなと吉田は目を細める。
「ちょうど手痛い別れの後で、人は中身が大事だと思ったところでな。安永のことが少し気になってた時期だった。そこでわがイトコ殿が絶賛する噂の美里さんと安永が同一人物だって知ったわけだ。これは落ちるだろ」
「……落ちる?」
「そう。わかるだろ?」
「ちっともわからないわ」
なんでだ、と吉田はぼやいた。
「まあいい。疑惑は晴れたわけだし、問題は解決だよな。そんなわけで」
そして気を取り直したように吉田は笑みを見せた。
「そろそろ結婚を前提としてお付き合いいただけると俺としては非常にうれしいわけですが、どうでしょう安永美里さん」
「な……、なにがそんなわけなのかまったく分からないんだけど」
さらりと吉田がプロポーズじみたことを告げ、反応に困って馬鹿なことを言ってしまった。
「俺と玲子が付き合ってると思って嫉妬する程度には安永は俺を好いてくれてるようだし、その疑惑はきれいに晴れたし?」
やはり踏んだ場数の違いだろう。吉田はむかつくほどに余裕綽々だ。
その言葉は真実をついているといい加減わかりつつは、ある。素直にうなずけば、寂しくない未来が開けるかもしれないということも、わかる。
「だからって、一足飛びに結婚前提なんて気が逸りすぎじゃない?」
「俺はそのつもりで安永を誘ってたぞ。最初に言ったろ」
「そんなようなことは、――ええ、まあ、聞いてた、けど」
だけどどうしても二の足を踏んでしまう。
「まだお互い知らないことは多いけど、大丈夫だろ。俺は安永の過去の男とは違って、安永が気が強いってことを十分知ってるから、それが原因でふるなんてありえないし」
さらりと吉田は私の不安を一つ振り払い、
「見た目に反して恋愛関係に疎くて、可愛いことも知ってる」
動揺させる。
馬鹿みたいに気取った恭しい仕草で動揺する私の手をとった吉田は悪かったなと呟き、さっき掴んでいた手首をつるりと撫でた。
「ちょっ、あんた、こんなところで、いきなり何を!」
ぶんと吉田の手を振り払い、私が後ずさりながらようやく文句をつけると、反省のかけらもない顔で吉田はついと笑った。
「ついでそういうことするの、あんたは」
「いや、余りに可愛いもんだからー」
「だから誰が可愛いのよ!」
「安永――いや、美里が?」
「勝手に名前を呼ばないでよ!」
「俺のことはこれから秀久って呼ぶといいぞ」
「聞け! あんたは人の話を、聞け!」
指を突きつけて怒鳴っても吉田は飄々としたものだ。
「あー、でも失敗したな。どうせならどこかで二人きりの時にやればよかった」
「だから話を聞きなさいよ!」
「なあ、そろそろうなずかないか? 一生大切にするって約束するから」
さっきの言葉以上にプロポーズじみた言葉に、私はまた言葉を失った。
そりゃあ、吉田のことは悪く思ってないわよ。アドバイスに従った吉田の思惑にはまって、たぶん好意を持ってると思うわよ。
だけどここで素直にうなずけるような性格じゃないのよ私は。そういう性格なら、もっと早くに誰かに巡り合って、もっと順調に物事が進んでたと思うわ――馬鹿な仮定の楽観的想像だけど。
誰がうなずくかと言いだしそうな天の邪鬼な口を意志の力で止めることには成功して、私は唇を結ぶ。
素直にはいなんてうなずけないけど、吉田との関係を断ち切りたくはないとは思っている。
断ち切りたくないならばうなずかなければならない。何故なら今は私に目を向けている吉田がいつ他に目を移すかわからないと思うから。
だけどそれは、素直にうなずいたところで一生ついてまわる不安だ。
「軽々しく一生なんて言ったら、後悔するんじゃない?」
「たぶんしない、と思う」
断言することなく正直に付け加えるところには、やっぱり感心できる。
敬遠していれば何も始まらないと言った安恵の言葉を思い出して、そうかもねといまさらながら納得する。
一生ついて回る不安を恐れて素直にならければ、逆に一生を後悔して過ごしそうだ。一生の不安か、後悔か。今のところ吉田の気持ちが私に向いていることは信じがたいけれど間違いないようなので、背負ったら重いのは後悔だと思う。今のところとりあえず、不安は遠いようだから。
「どうやら私、嫉妬深いみたいだから苦労するわよ?」
「ふらふらしているように見えても浮気はしたことがないから、そんなことするチャンスはないさ――仮に嫉妬してもらえると美里の気持ちがわかってうれしいから問題ないし」
吉田がにやりと笑ったのは、先ほど誤解していた私を思い出したからだろうか。私の勢いが緩んだのを見たからか、心なしか目がきらきら輝いている気がする。
赤裸々にプロポーズまがいのことをして、中世の騎士もかくやという行動をする吉田のことを、今は信じようと決める。
不安に駆られて断り疎遠になっても、一緒の会社に勤める以上、吉田の今後は自ずと耳に入る。玲子が吉田と血縁なら、なおさらストレートに入ってくるだろう。
その時逃した魚は大きかったと地団駄を踏んで後悔するよりは、やっぱりこの男は駄目だったとあとで思う方がよっぽど前向きだし。
よくよく考えてみれば、私の気持ちが今後どうなるかなんてことも、私自身が読み切れない。吉田の気持ちだけを最初から疑うというのもフェアではない。
吉田は最初から結婚前提で私を見ていたと断言したけど、私はそんなつもりもなくどこか疑ってかかっていた。
吉田が悪い奴じゃないのは十分わかったけど、恋人としてあるいは結婚相手として悪くないのかどうかまでは、だからわからない。
「そう。だったら、付き合うわ」
言った途端、よっしゃーと吉田はガッツポーズをとった。全身で喜びを表現されると、正しい判断をしたのだろうと安心できる。
この先待っているのは不安か、後悔か――そんなものではなく、幸せが待っているといい。
そんな風に思いながら、私は勇気を持って最初の一歩を踏み出した。
END
2009.10.02 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
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