IndexNovel恋愛相談

 何かで発散しようにも、何もできない週末だった。誰かに相談を持ちかけたくとも、その日すぐに会える友人は残念ながらいなかった。それなら電話でもと思ったけど、あいにくと相談を持ちかけたい相手が多忙だったから仕方ない。
 相談者には向かない相手に限って旦那は休日出勤で子供が寝たから暇なのーなんて電話をかけてきたけれど、世間話に終始するだけだった。うっかり口を滑らせた日には、嬉々として一から十まで聞きだされて面倒なことこの上なかったと思う。
 久々の長電話。話好きの彼女の相手に多少は気はまぎれたけれど、二時間も話していなかったし、終わってしまえば忘れるような会話だった。
 それよりも、吉田の言葉の方がよほど重く残ってしまう。
 さわりだけでも話せばよかったかしらとちらりと考えて、慌てて頭を振った。恋ってヤツに積極的だった彼女に相談した日には、ぐだぐだ言わずに前へ出ろと言われそうだった。
「仮に騙されているんだとしてもいいじゃない。逆に弄んでやっちゃえ!」
 付き合いもいい加減長くなっているから、言いそうな言葉だって想像が付く。
 私をなんだと思ってるんだかとため息を漏らしかけて、想像に何を突っ込んでいるんだかと自嘲するしかなかった。



 長電話の他は、休日のルーチンワークをこなすことに終始して、ウィークデーはいつも通りにやってきた。
 いつも通りでなかったのは、日々吉田を見かけることだった。
 吉田は常に笑顔で、欠かさず私に声をかけてくる。その態度はあからさまで、噂好きの玲子はのみならず周囲も沸き立った。
 そりゃあいい見物だと思う。これまで去る者を追わなかった吉田が私なんかに執着を見せる様は。
 一応は終業後、人目はそうない時に現れるのだけど、完全に他人の目を排除できるわけはない。
 吉田の様子は、それまでの一歩引いた様子からは少し前進していた。これまでにないツーショットに当初訝しげだった周囲の視線はそのうち少しずつ変化していった。吉田に好意的な目もあれば、私に同情する目もあった。敵対的な視線を感じることが増えた気がするのは、吉田のバックボーンを考えれば当然なのだろうか。
「どう考えても本気ですよね、吉田さん」
 昼休憩、デスクを片付けてのランチタイム。コンビニで買ってきたサンドウィッチのパックを開けながらにこやかに言ったのは玲子だ。
 私の隣の席が開いているのをいいことに、勝手にデスクを間借りしてお昼を広げている。
「他人事だと思って」
「まあ、実際かなり他人事ですし」
 さらりと冷たいことを言いながら玲子はオレンジジュースにストローを突っ込んだ。
「じゃあ人ごとでそんなに楽しまないでよ」
 だからあんたあいつのこと嫌ってたわよねとじろりと睨みつけると玲子は大げさに肩をすくめる真似をした。
「軽い男は好きじゃないですよー。でも一途に頑張るのなら応援してあげていいと思います」
 確実に楽しんでいる口ぶりだった。
 多少は経緯を知っている玲子は週末に相談相手の候補に挙げていたんだけど、持ちかけなくてよかったわ。実ははっきりと告白めいた事を言われているのだと言った日には、ますます勢いがつきそうだ。
「応援ねえ……もしかして玲子、本当に応援なんてしてないわよね?」
「どーゆーことですか?」
 不思議そうに玲子は首をかしげる。
「吉田に余計な情報を流していないわよね?」
「何言ってんですか。余計な話なんて何一つしてないですよ私」
「――そうよねえ」
 狙ったかのように吉田が毎日目の前に現れるから誰かが私の帰宅情報を流しているのかしらとふと思ったけど、玲子と吉田にはあまり接点がないしそれをするメリットもあまりない。
 面白がってはいても、積極的に何かするほどのことではないだろうし。
 基本仕事場にこもっている私の前に顔を見せるのは吉田にとってはそう困難なことではないと思う。
 時々帰宅途中に狙いすましたかのように姿を見せるのはたまたまだろう。そう思いたい。たまたま向こうの帰社が遅くなって、偶然出くわすのだろう。
 まさか遅くなったついでに私のことを待ち構えているわけがない。
 一応仕事には害がないし、強引に何かされるわけじゃないから肉体的にも害はないけど、精神的には厳しい毎日だ。
 半ばストーカーじみているヤツの行動を思うと、ストーカーにならないように忠告しておくべきだったとつくづく思った。
 他人事だからこそ簡単にアドバイスした過去の自分を蹴りつけてやりたい。
 まさかあの吉田が私なんかを気にいるなんて全く思ってなかったからこその、軽い言葉だった。
「そろそろ諦めてくれればいいんだけど」
「私の見たところ、今回の吉田さんは百パーセント越えで本気ですよ」
「迷惑な話だわ」
 本当に迷惑な話だ。振り回されるこっちの身にもなって欲しい。
 私はため息をついて会話を打ち切ると、気乗りしないままお弁当に手を出した。



「で、何が不満なの?」
 週末、何とか都合を付けて家に顔を見せてくれた長い友人は、私の簡潔な説明の後そう聞いてきた。
「それなりにできるイイ男に言い寄られたら万々歳じゃないの?」
 あまりに簡単に言われて私は絶句した。
「だってさあ」
「大体、美里は深く考えすぎなのよ。だから男がなかなか寄ってこないの」
 元々ズバリと言い切るところがある安恵は、長い付き合いもあって容赦がない。
「中学の頃は恋にあこがれて、高校になったら恋に恋してて、大学で似合わないキャラを作って玉砕して、社会人になってすべてを敬遠して」
 指折り数えるように安恵は私の痛い過去をあげつらう。
 似た者同士だと言われることもあるけど、私と安恵とじゃ刃の鋭さが違う。すべてがぐりぐりと私の傷をえぐるようだった。
「本気なんでしょ、向こうは」
 ひとしきり言って満足した様子を見せて、安恵は口調をふっと和らげた。
「美里を可愛いって評価する相手はレアだと思うわ」
「レアというか、あり得ないと思う」
「どちらかというと、きれい系だもんねあんた」
「そういう意味じゃなく!」
「あら褒めたんだからお礼くらい言えばいいのに」
「あのねえ」
 一番相談相手に向いているかと思ったのに、安恵と話すのも疲れる。肩を落とす私を無視して安恵は空いたグラスにワインを注ぎこんだ。
「前も言ったでしょ。学生時代、あんたは余計なことをしなけりゃよかったの。史子や由希子の真似をしたって、美里が可愛くなれるわけないでしょ」
 満たされたグラスをひらひらさせながら、耳に痛い言葉が再開する。
「素のまんま、本当のあんたを見てくれる相手が現れるのを待ってりゃよかったの。あんたがどーしよーもなく一言多いところがあって意地っ張りだってわかって向かってくる相手をね。見つかってよかったじゃない」
「よかったじゃない、じゃないわよぅ」
 あっさりきっぱり言い切る安恵に向けて私は唇を尖らせた。
「そんな顔したって無駄。言ったでしょ可愛くないって」
 安恵は私をちらりと一瞥して、さっき切り分けたばかりのサラミを数枚つまんだ。
「レーズンバターが食べたいけど、ある?」
「ないわよ」
「あら残念」
「さらっと話をそらさないでよ」
「本気で食べたいんだけどねえ」
「おつまみは十分に用意してるからそれで我慢してよ。そして話をそらさないで。何のために来てもらったと思ってるの」
 来てもらっておいて文句を言うのもどうかと思うけど、これくらいは許容範囲。安恵は別段気にした素振りもなく、何やら考えるふりをした。
「美里の話を聞きに? でも、もう十分聞いたでしょ。そろそろ楽しんでもいいと思わない?」
「相談に乗ってもらうためよ!」
「一応アドバイスもしたわよね?」
「アドバイスというかぐっさぐっさと色々言われただけの気がするけど」
「だって美里相手だし」
 平然と言ってのける安恵の言葉は、私にとっても一応は許容範囲内。
「たまにはもうちょっとオブラートに包んでくれてもいいと思うけど」
 だけどとりあえずは文句を付けてみた。
「包んでも意味ないでしょ。それに、美里相手にアドバイスしても無意味だし」
「無意味って失礼な……」
 気のない様子で安恵はサラミをつまみにグラスを傾け続けている。その様子をじっと見据えていると、さすがに視線が気になったらしく大げさにため息をつかれた。
「実際無意味でしょ。美里は話を聞いてほしいだけで、本当はアドバイスなんて求めてない。親身になって言ってみても、結局自分の出した結論をひっくり返すことって、絶対ないもの。言うだけ無駄、でしょ?」
 それよりも久々なんだから別の話をしましょうよなんて言われても、素直に言葉を飲み込むことはできなかった。
「無駄かどうかはわからないじゃない」
「それはそうだけどねえ――」
 唸るような私の声に安恵は視線をどこへともなく向ける。
「素の美里に目を向けて、それをアピールした男なんてこれまでなかったようだし? 新しいパターンじゃあるわね」
 安恵は右手の人差し指をすっと立てて、私に向けた。
「美里自身、それで勝負しようとしてなかったわよね?」
 そっと中指が人差し指に寄りそう。
「それでまともな恋しようってのが、無理な話よ。上っ面だけで付き合っても長続きしないのが道理」
 薬指に小指が加わって、安恵はひらりと右手を振る。
「なんで美里が素の自分を否定するのか意味不明だけど、悪くはないと思うわよ。一言多いって言っても私ほどじゃないし、料理もできるし。将来の独り身生活に備えてマンション購入資金を貯めたいなんていう前向きか後ろ向きかよくわからない理由があったとしても、ほぼ毎日お弁当手作りなんてマメさもあるし、それで考えるとほら、生活設計もできてるってヤツ? そこそこいい奥さんにはなれるんじゃない?」
 そうして新たに指折りいいところを上げられても素直に飲み込めないのは相手が安恵だからだろうか。微妙に皮肉じみた言い方が、褒め言葉にスパイスを添えている。
「相手の男はそういうところになんとなく気付いたんじゃない?」
「だから、そこまで親しくないんだってば」
「それを理由に断るなんてもったいないと思うけどねえ」
 安恵は大げさなほど大きなため息をつくと、気だるげに頬づえをつく。
「あのね、美里。親しくないからって敬遠してちゃなんにも始まらないわよ? まずはお友達からなんて言ってたら大抵、本当に友達止まりなの」
 もっともらしいことをもっともらしく言って安恵は私に流し目をくれる。
「それに――言うと意地になりそうだから、これは言わないでおこうと思ってたんだけどさ」
「何よ」
 意味ありげな前置きを置いてわざとらしく言葉を切られれば、何を言う気なのか気になるってものだ。
 続きを促すと安恵はにんまりと人の悪そうな笑みを浮かべた。
「その吉田って人のこと、嫌いじゃないんでしょ。嫌なんだったらきっぱり断ってるはずよ、美里なら」
「一応同期だし、しこりを残したくないだけよ」
「何言ってるんだか。頻繁に周りをうろついて迷惑なだけの単なる同期にそんな温情をかけるほどにはあんたは甘い女じゃない」
「どういう意味」
 自然と固い声が口から滑り落ちた。
「要は、結構気に入ってるのよ美里は。その吉田ってヤツのことが。だけど自信がないから後押ししてほしい、そういうことでしょ」
 私の様子には気付かないふりをして、安恵は笑みを深める。長い指先がからかうように私の鼻に触れて離れていく。
「そんなことっ」
「あると思うわよ? 言うと意地になるから言わないでおこうと思ったんだけどねえ」
「だったら最後まで言わないでよ」
「言おうが言うまいが、意地になってるみたいだったからねー」
 文句を付けても気にした風もなく、安恵はあっさりと言い放つ。
「ま。気軽に付き合ってみなさいな。女の扱いにも慣れてそうだし、美里のいいところもわかってる節があるし、案外いいんじゃない?」
 不安だったらこの安恵さんが見定めてあげてもいいわようなんて、上機嫌な言葉が続いた。
 私は何も言い返すことができずに、きろりと彼女をにらんでからやけ酒をあおった。
 お酒の勢いって、怖い。
 お互い遠慮がなくなって、あれこれと言い合った。言い合ったと言っても、主に私が爆撃のような安恵の言葉に言い負かされるだけだったけど。

2009.10.02 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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