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第五話 お子様と懐かしい話

 昨日は記憶を辿り辿り、タイムカプセルのことを色々思い出した。
「タイムカプセルをうめるわー!」
 道子が言い出したのは突然のことで、そう主張をはじめた道子を俺が止める手段なんて全くなかった。
 朝から荷物が多いなと不審に思っていたら、放課後になってヤツが後生大事にトートバックから出したのは四角い缶だった。
 見覚えがあるのは俺と道子がお互いの家を頻繁に行き来していたからだ。どこかの土産で、いろんな種類のせんべいが詰まっていた缶。
 余計な印刷もされていなくて、蓋の真ん中と側面に二ヶ所くらい和紙のラベルが貼ってあっただけなのを強引にはがしたあとがあった。
 シールをはがすのは難しく、気が長いとは言えない道子がそれをきれいにはがすなんて無理だったんだろう。所々無様なそれをしかし道子は偉そうに掲げたのだ。
 場所は自分の教室じゃなくて、空き教室。学校探検に余念がなかった道子が五月の初めくらいに見つけ出した場所だった。
 薄い白いカーテンが外の明るさを多少は教室内に届けているとはいえほのかに薄暗く、人の気配のない空き教室はほんの少し怖かったのを覚えている。
 でもそんな些末事に道子はこだわらない。
「何でタイムカプセル?」
「テレビで見たの」
 疑問に対する答えは簡潔で、他にはほとんど何も考えていない様子。
「何入れるの?」
 道子はやっぱりそこまでは考えていなかったらしく、「あーっ」と叫んでそれから。
 ――空き教室にあったいろんな物を、俺の制止にもめげずこれでもかって詰めたのだ。
 タイムカプセルを埋めたいのが先走って、別に中身はどうでもよかったんだろう。それは犯罪だろという言葉を思いつく前に道子の仕事は終わった。
 教師用の机の引き出しの中の新品の名札をいくつか。
 同じく引き出しからカットされた色とりどりの色画用紙。
 黒板のところにあったチョークが数本。
 あわあわしている間に用意された缶の中にちんまりと、ビニール袋に入れられたそれらの品が収められる。
 ビニールに入れたのは道子なりに保存について考えた結果なんだろう。空き教室から盗んだそれらの品だけでは大きな缶は到底満たされない。
「むぅ」
 自分の仕事結果に満足できなかった道子は不満げにそれを見下ろして、腕を組んだ。
「これじゃあ足りないわ」
 そしてうーんとうなったあとで、ヤツは手を鳴らした。
「そうだ、今日の国語のテストいれましょ。しゅーも出してっ」
「ええっ、なんで」
「い・い・か・らっ」
 暴君道子には逆らえず、俺は言われた答案を差し出した。ま、今とは違って小学校の頃は見せるのが恥ずかしいような点数はとっちゃいなかったからまだよかった――んだろうな。
 自分の答案と俺のを重ねて道子はそれを四つ折りにして、やっぱりビニールに入れ込む。紙二枚程度で空いた空間が埋まるはずはもとよりなく、さらに道子は腕を組んだ。
 さて、あとは何で空間を埋めたんだっけか。
 そこから場面は飛んで二人で穴を掘り返したイメージだけは思い出せた。
 残念ながらその位置はあやふやだが。



 人目を避けるように正門から離れたところで俺達はリムジンを降り、小学校に歩き始めた。
 鷹北ニュータウンは予想通り今ではすっかり古びていた。
 小学校の正門前は一街区、一の三棟がある。俺達の三の二棟は学校から一番遠い区画だったから学校前の一の三棟が当時はやたらうらやましかったもんだ。
 一街区は黒がイメージカラー。所々に黒を配置したおしゃれな建物は時を経て薄汚れ、おしゃれとは離れかけている。
 時の流れを切実に感じるな。
 一の三棟と鷹北東小が挟む道の先はT字路の突き当たり。幼き日の俺と道子がよく遊んだ人工川が流れる公園が横たわっている。
 その公園の向こう側にあるのが市立図書館の分館で、隣には俺達の通った保育園。そこから右に折れて真っ直ぐ進むと商店街があり、さらに俺達の住んでいた三街区に続く。
「懐かしいなあ」
「しゅーはいつまでたかきたにすんでたの?」
「小六、卒業するまでだな」
 お子様の問いかけに答える。鷹北東小のすぐ隣には鷹北中学校があって、これがあまりいい評判を聞かない中学だった。
 毎年どこからか柄の悪い生徒が入学するらしく、中学に上がる前にはと引っ越したわけだ。
 定年前にローンを払い終わりたいから少しでも早く家が欲しかったっつーのもあったらしいが。
「ふぅん」
 自分で聞いた割にお子様は興味がなさそうにうなずいた。
「まだいるとおもってたから、いなくて、びっくりした」
「俺がか?」
「うん」
「半年、ヒントがない中をよく頑張ったものだと褒めてやって欲しいね」
「俺を捜して、か?」
「そう」
 にーちゃんはお子様を見下ろして頭をなでてやった。
「しゅーかくはあったの」
「ほー?」
「あのね、さんのにのうらっかわのちゅうしゃじょーのまえ」
「おう?」
「きがあったでしょ」
「レンガ組んであって、その上か?」
「そう」
「さんるいわかる?」
「さんるい?」
 残念ながら植物の名前には詳しくない。目をすがめて考えてみても思い当たらなくて首を振った。
「悪いがわからん」
「もーっ」
 お子様は苛立たしげに地団駄を踏んだ。
「よしよし」
 にーちゃんはシスコン確定だ。お子様の頭をさらになでてやっている。それに満足したのかお子様は腰に手を当てて俺を見上げた。
「やきゅー、やったでしょ。さんるい」
 説明的にはかなり言葉不足だが、クイズのヒントだとでも思えば及第点か。
 俺達は、お子様の言った、三の二棟の裏手にある駐車場の前でもよく遊んだ。建物を出ると幅は――そうだな、三メートルから五メートルのブロックの敷き詰められた歩道があって、さらに駐車場との間にはレンガで五十センチほどは段差をつけて緑が植えてあった。
 その歩道は子供にとってそれなりの遊び場だった。範囲を決めて高鬼、鬼ごっこ、影踏み、そしてかくれんぼ。ボール遊びもよくしたし、ルールも人数も揃っちゃいない野球も遊びの一種だった。
 ホームベースは歩道の真ん中の一つのブロックと定め、一塁は建物の入り口にある、なんつんだろ。三街区のイメージカラーのグリーンに塗られた張り出し屋根の柱。二塁はホームベースから真っ直ぐ先にあるブロックの一つで。
 三塁は、ちょうど二塁の柱から真っ直ぐのところにある背の高い木だった。
「なるほど、三塁の木か」
 最初から木って言われてればまだ予測できたのに。
「さいしょからゆった」
「説明の仕方が問題だと思うね」
「むーっ」
 にーちゃんの容赦ない突っ込みにお子様はうなる。
 ようやく正門の前にたどり着いた俺達を出迎えたのは「用事のない者は出入りを禁ずる」の看板だった。
「やれやれ、仕方ない話だけれども」
「はいらないの?」
「思いっきり怪しいグループだよな、俺達」
 大学生に高校生、園児。俺は卒業生だが、にーちゃんもお子様も鷹北東小とは縁がないはずだ。
 俺一人で入ってタイムカプセルを探すなんて考えるだけでうんざりだ。とはいえ三人で行動しても悪目立ちするだろう。
「――用事があるって学校側に認めさせればいいんでしょ」
 あっさりと言い放ったにーちゃんは俺とお子様に待っているように告げた。
「職員室はどっち?」
「みぎ」
 お子様に答えをもらうとさっさと進んでいく。
 何で妙にやる気なんだあの人は。何をどう言ってどう認めさせるかさっぱりだが、よく回る口で何とかするつもりなんだろう。
 やれやれとため息を漏らして、視線を下ろした先でお子様と目が合う。
「そういや、三塁の木がどうしたんだって?」
 にーちゃんの突っ込みのあと正門に着いたから、途中でうやむやになってたんだった。
 収穫があった、とか言ってたよな。
「きのまえに、たねうえたでしょ? き、はえてた!」
 弾むような口ぶりのお子様はまるで大発見を報告しているようだった。
「んー、ああ」
 そういや、そんなこともあったか。
 あれは、どんな種だったか。俺と道子に木の生える種の存在を教えてくれたのは、ちょくちょく一緒に遊んでいたねーちゃんだった。
 「これをうめるとあしたきがはえてくるんだから」そういうねーちゃんの言葉を信じて、二人で穴を掘って種を植えた。
 水はやったか、やってないか――もちろん一日で芽が出てくるわけもなく、少し悔しい思いをしたような覚えがある。
 だまされた、と騒いだのはもちろん道子だ。
「そうか」
 その後その種が発芽したのか、たまたまその辺りに別の木が生えたのかわからないが確かに木は生えていた。
「あしたはえるなんて、うそばっかり」
「あのねーちゃんもそう信じてたんだろ」
 同じことを思い出したらしいお子様に、なだめるように声をかける。その生えた木を見たことがあるなんて、うっかり言っていたらこっちにまでとばっちりが来たような勢い。
「ま、あれだ。それも道子が実在した証拠の一つじゃあるだろ。俺もどれだけあの時の種が生長したか見てみたいな」
 さっきのにーちゃんを真似してお子様をなだめるようになでてやると、返ってきたのは不機嫌な眼差しだ。
「しゅーのほうがわたしよりせがたかいのって、おかしい」
「おかしいとか言われてもな」
 高校生と園児が同じ背丈って普通はないだろ。
 文句は口の中に止めて、慌ててお子様から手を離す。心持ち距離をとった辺りで、にーちゃんが戻ってきた。
「お待たせ」
 説得工作は成功に終わったんだろう。相変わらずの微笑みからはどう言いくるめたんだか想像もできないが、校内で借り受けたらしいでかいシャベルがそのことを物語っている。
「なか、はいれる?」
「もちろんだとも。これでも口先のスキルで生きてるからね」
 自慢げに言う言葉は、実際自慢できるかは怪しい。
 それでもにーちゃんは胸を張った。俺の疑わしげな眼差しを感じ取ったのか、さすがににーちゃんはわずかに苦笑した。
「大人の世界は意外とそういうものだよ。ある程度ホラ吹けなきゃやってけないんだから」
 ほとんど初対面だってのに「君は将来苦労しそうだよねえ」だなんて普通に続ける。俺を怒らせたいのか、このにーちゃんは。
 にーちゃんは俺の反応なんて気にとめず、手に持ったシャベルを俺に押しつけた。
「そんなに地中深く埋まってるわけじゃないんだけどな」
「おや、どういう風に埋めたか覚えているのかい?」
「まさか。小学生がスコップで掘ったくらいだぜ?」
 なかなか缶はでかかったが、ギリギリ埋まるくらいしか掘ってないんじゃないだろうか。
 ――駄目だな、いまいち思い出せない。記憶に残ってないってことは、そうまで必死に掘ってない証明だろう。
「そう深くないっていうのは救いだろうね。どの辺りに埋めたと思うね?」
 にーちゃんは俺とお子様に等しく問いかけた。

2006.07.03 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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