IndexNovelお子様は突き進む!

第六話 お子様と探索を

「しゅー、どこ?」
「どこ、って言われてもなあ。八年も前だぜ?」
「しゅーしかおぼえてないんだから!」
 そんな昔の記憶を詳細に覚えてたらその方が怖いっつーの。
 文句は胸の内に止めて、俺は懐かしの校内を見回した。記憶にあるよりは心なしか小さく思えるのは俺自身が成長したからだろう。
 正門を入ると左右に四階建ての校舎。右が教室棟で、左が特別室棟。教室棟の右には校庭が広がり、特別室棟のさらに左、奥には体育館とプールがある。
 道子の発見した空き教室は教室棟の二階、一番奥だった。一通り中身を詰めたのも記憶にある限りはその空き教室。
「道子、お前はどこまで覚えてるんだ?」
「こばと」
「――小鳩」
 訂正されて律儀に言い直すと、お子様は満足げにうなずいた。
「てれびで、タイムカプセルうめるのみたところ」
「……テレビで見てやろうと思ったのか」
「そ」
「他には?」
「ちょうどいいいれものがいえにあった」
「どんなのかは?」
「せんべーのかんかん」
「ほかには?」
「しゅーとうめようっておもった」
 俺を見る眼差しに力がこもって、そこまでしか覚えていないのだとお子様は無言で主張する。
「まあ、大方外してはないが、場所の情報はさっぱりだな」
「しゅーしかおぼえてないってゆったもん」
「俺だって一から十まで覚えていられねーっつの」
 さすがに今度は小声で呟いてみる。
「どこに埋めようかなーとかは思わなかったのか?」
 気を取り直して再び問いかけると、お子様はぐるりと校舎を見回して考え込んだ。
 しばらくしてから首を横に振った。
「それがわかってたら、しゅーにきかないもん」
「うーん」
 お子様とにーちゃん、ダブルの期待に満ちた視線が痛い。
 一番に目に付くのは教室棟と特別棟、それらをつなぐ渡り廊下の真ん中にある花壇だ。だけどさすがにそこを掘り返すほど浅はかじゃなかったろう。人目もあるしな。
 他に……。
「埋めると言えば、体育館裏なんだよな。人目もないし」
「おはかじゃない」
「メダカ、埋めたりしたよな」
「そんなところにはうめないよ」
「――だよな」
 俺だってどこに何が埋まっているかわからない墓エリアを掘り返したくない。今でもそう思うんだから、八年前だってそう思ったはずだ。
「他に思いつかないんだよなぁ」
 とりあえず歩くか、そう声をかけ俺達はぞろぞろ歩き始める。左方向、体育館裏は除外していいだろう。とりあえず正門から真っ直ぐにゆっくり歩き始める。
 正門の反対側はそのまま裏門に当たる。住宅街の只中、駅から徒歩圏内にあるためか職員駐車場なんてしゃれたモノはない。裏門の左に据えられた焼却炉は時代の流れなのか姿を消していて、代わりに同じ場所に屋根付きのゴミステーション。
 そこから左右にぽつりぽつりと木が植えられている。
「この辺なら埋めそうか?」
 印象が多少変わっているせいかお子様は顔をしかめてうなった。木と木の間だったらスペースも充分だし、穴を掘り返しているときは何かの影になってた気がするから印象的にもばっちりだ。
「どうかなぁ」
 お子様はとてとてと走り近くを見て回りはじめる。
「しかし結構な広さだね、小学校と言っても」
「中の生徒がちびっ子だからって、器まで小さいわけないだろ」
 近寄ってきたにーちゃんが苦笑する。
「見つかると思うかい? タイムカプセル」
「当事者二人が位置をよく覚えてないんだ。まず見つからないだろうな」
「悲観的だね」
「そういう問題じゃないってわかってるだろ」
 仮に大まかな位置がわかっていたとしても、正確な位置がわからないなら何度も掘り返さないといけないだろう。
 その大まかな位置さえもあやふやなんだから、掘り返さなければならない回数は推測する気にもなれない。
「あんたが何で馬鹿げた証明をさせたいのかわからないけど、まず無理だろうぜ」
 にーちゃんは肩をすくめた。
「俺の記憶よりは、道子の勘に頼った方が建設的だな。間違いなく道子の指示でそいつを埋めたはずだから。あのお子様がここかもと言った場所が俺の印象と合致すれば見込みはあるだろうが――何せ八年も経ってるからな」
「誰かが掘り返したかもしれないし、印象が変わっているかもしれない、と」
「そういうことだ」
 なるほどなるほどなんてうなずくにーちゃんは、本当のところわかってるんだかわかってないんだかわからないうなずきっぷりだった。
 とてとてとお子様が戻ってきた。
 考え深げにあごに手を当てるポーズで目をすがめながら、俺の近くまでやって来る。
「ここって、こんなだったかなあ?」
「いや、焼却炉がなくなってるな」
「……くさいから、ここちがうとおもう」
「疑わしいならここじゃないだろーな。よし次行くぜ」
 可能性の高そうな右側に曲がって、くるりと校庭を囲む木々の近くを一周する。
 どこにもお子様の食指は動かず、それに伴ってお子様のご機嫌は急降下。
 いつ爆発するのか内心冷や冷やするのは俺だけだ。当人はむっとした顔をもはや隠そうとはせず、それを見守るにーちゃんはやたら笑顔。
 大人の余裕ってヤツなのか、単にそういう見栄を張ってるんだか、それともお子様のお怒りをなだめる何らかの手段を持っているんだか詳細は不明だがうらやましい。
 そんな手段があるなら分けて欲しいが、怒りはどうせ俺にぶつけるから自分は関係ない――とか、思ってそうだよな。実際それが一番ありそうな話だから困る。
「このあたりはどうだ?」
「しゅーはそーやってひとにきいてばっか!」
 とうとう腕を振りながらお子様の怒りが爆発した。
 校庭の終わり、太陽の日差しで汗だくなのがストレスなのか、もう残る候補が少ないことがそうさせたのか、ぷぅと頬を膨らませる。
 ちょっと可愛いかもと思った瞬間に振り回した腕が腹にヒットする。
「うわ、ちょっと待てお前」
 ぼかぼかぼかぼかと、連続で。慌てて両手を捕らえると睨まれた。
「俺にだって考えがあんだから」
「なによかんがえってー」
「俺だってよく覚えてないから、お前が埋めそうだって思った辺りで引っかかったら掘り返そうと思ってたんだよ」
「どこもほらなかったくせに」
「お前がどこにも引っかからないし、俺の記憶の情景にも合致しなかったからだろうがッ」
 ぐぐぐ、と今でも俺を殴りたそうな拳が動くのを、お子様に痛みがないように注意しながら捕らえるのはなかなかコトだ。
「でももうみおわっちゃうじゃない」
「まだもうちょっとあるだろ?」
 校庭から教室棟脇を抜けて、正門に至るまでの塀沿いが。
 ひょいとお子様を抱え上げて、そっちが見えるようにする。
「あそこはどうだ!」
「あんなめだつところはえらばないもん!」
 子供みたいにお子様と睨み合って、自分でも大人げないと思う。
 くつくつと肩を震わせるにーちゃんの存在が自己嫌悪を倍増させる。そこ見てるだけじゃなく止めろよと言いたいが、恥の上塗りは避けたい。
「じゃあどこになら埋めるってんだ?」
 今度はぐるりと反転して校庭のど真ん中。
「そっちのほうがよっぽどめだつじゃない!」
「それは正解だ。俺の記憶じゃどこか木と木の間だったのは間違いない。だからそこを選んで見て回ってるんだろ」
「むー」
 言い負かされたことを感じたのかますますお子様は頬を膨らませた。左右から同時に指で突いたら面白いことになりそうなくらいに。
「まだ見てないところがあるだろう」
「あっちは、お手製の墓ばかりだしなー」
「そう言ってたね」
「メダカの金魚だの――俺のいたクラスは魚系ばっかりだったけど、他のもあるかもなあ」
「だからといって、端から端まで全部魚の墓で埋め尽くされてはいないだろう?」
「そりゃ、まあ。そうだけど」
 俺はお子様を見下ろして、お子様は俺を見上げた。
 にーちゃんの指摘はわからんではない。正門から左、手前の体育館の裏がクラスのペットの墓場となっている。その奥のプールの裏なら見ておく価値はあるかもしれない。
「行っておくか?」
「うん」
 お子様の同意を得られたので俺達は再び移動をはじめた。
 体育館裏の木はなかなかでかくて、葉が体育館の壁近くまで生い茂っている。太陽からの光を遮って、暑さが軽減される気がする。
 清涼感にほど遠いのは、こもった熱気と場所柄のせいだろう。
 そこかしこにアイスの棒だの積まれた石だのが、まあいろんな自己主張をしている。マジックでなにやら書かれているようにも見えるが、雨風にさらされたのが原因か書き方がまずかったのかいまいち判然としない。遠目なのも悪いんだろうが。
 体育館裏は黙ってそそくさと通り過ぎ、プール裏までわずかのインターバル。
「この辺はどうだ?」
 お子様への問いかけを再開して、歩き始める。
「うーん」
 問いかけに否定の繰り返しが再来して、ついでにお子様のご機嫌が再び下降しはじめる。プール裏を通り過ぎ、倉庫の角を曲がったところで観念することにした。
 ただいまの時刻は四時ちょい過ぎ。見回りも残すところあとわずか。
 向かう先は職員駐輪場――その先にはゴミステーションが再び姿を見せるだろう。
「この辺はどうだ?」
 一応は問いかけて。
「どうかなあ」
 相変わらずのお子様の返答を受けて、立ち止まる。
「しゅー?」
 先を行きかけたお子様が振り返り、首を傾げるのを横目にとりあえず俺は適当な木に狙いを定めた。
「この辺なら、校庭よりも目立たないよな」
 右手に倉庫、正面手前が職員駐車場とゴミステーション、さらに先に校庭が望めるが、すぐそこは人気がないうんていだ。
「見覚え、ある?」
「どうだろなー。八年って長いぜ。記憶も薄れるし、木のヤツも成長してる」
「むー」
「正門近くは選ばないと思うんだ。体育館裏もだろ、校庭は人目に付く可能性がある。このあたり、わるかないと思うけど」
「目立たなさは一押しと見た」
「だろ?」
 俺の意図を知ってか知らずか、にーちゃんが後押ししてくれる。
 ――つまり、どこにあるかわからないで終わるよりはどこかを掘り返してお子様を満足させればいいってわけさ。
 相当歩き回ったし、遠くない未来にお子様が力尽きて船を漕ぐと信じよう。
 俺も体力勝負だけどな。
 掘り返すには結構な広さがあるからうんざりはするが、お子様が寝ちまえばこっちのもんだ。
 職員室でそれっぽい何かを準備して、それっぽい何かを詰めて見せればそれなりにお子様も満足するだろうさ。
「じゃあしゅー、ほって」
「はいはい、承知いたしましたっと」
 しばらく考え込んでいたものの、わりかし素直にお子様は意志を定めて、命令してきた。
 俺しか覚えてないって言ってたから、素直に忠告に従うのも当たり前っちゃあ当たり前か。
 最初から思いついていたらよかったんだけど、逆を言うとそれだとお子様が疲れて寝る可能性がぐっと低くなるだろうから、これがベストだと信じる。
 腕まくりをして気合いを入れ、俺は汗だくになりながら身を結ぶとはとても思えない作業に身を乗り出した。

2006.07.09 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

←BACK  INDEX NEXT→

感想がありましたらご利用下さい。

お名前:   ※ 簡易感想のみの送信も可能です。
簡易感想: おもしろい
まあまあ
いまいち
つまらない
よくわからない
好みだった
好みじゃない
件名:
コメント:
   ご送信ありがとうございますv

 IndexNovelお子様は突き進む!
Copyright 2001-2009 空想家の世界. 弥月未知夜  All rights reserved. Never reproduce or republicate without written permission.