Index>Novel>チョコとバナナの黄金律>
チョコとバナナの黄金律 3
篠崎からもらった遅めのバレンタインの贈り物は、その日の晩にきれいになくなった。小さめのサイズで食べやすくて、勉強の合間に手を伸ばせばあっという間。
気になる体重は……うん、まあ。甘さ控えめだし、チョコがダイエットにいいとか聞いたこともあるしセーフって事で。とりあえず怖くてまだ体重計には乗ってないけど、部活で走り回ってるんだから多分大丈夫と思う。
で。
それから、私と篠崎の関係がどうなったかと言えば、特に何も変わらない。
一日経って、二日経って、三日経って……。
あまりに何も変わらないものだから、あれはやっぱり夢だったのかなと思うくらい。唯一私の手元に残る現実の証が、くたびれた紙袋一つなのが現実感のなさに拍車をかけている気がするのね。
男の子にどうこう言うのもあれだけどさあ。一応私だって女の子なんだからもうちょっと可愛い袋に入れていてくれればなって思うわけですよ。
プロにラッピングしてもらってとは言わないけど、百均か何かでも売ってるじゃない、可愛いラッピンググッズ。
そういうのだったら、もうちょっと、ねえ?
気の持ちようが変わると思うんだけど。
そんなだから、バレンタインも結局し逃している。二月の十四日が過ぎたらそれまでが嘘のようにチョコレートコーナーが姿を消すんだよね。スーパーにもコンビニにも、冬はチョコモノが多いんだけどそれだとなんか違う気がするし。
篠崎はあれからちっとも変わらないし、唯一変わったと言えば、部活帰りに毎日一緒に学校を出るくらい。
って言っても、普通に話して普通に別れるから言うほどのことでもないのよねー。
だから、どういう反応をしていいのか困ってるから、バレンタインのかわりにコーナーが出来たホワイトデーに何かをすればいいかなって結論を先延ばしにしてみてる。
篠崎は甘いモノ好きだから、そこさえ押さえておけばそうそう外すことはないと思うし。
今日も私は着替えを終えると、篠崎と合流した。彼は大抵着替えが早くて、いつも同じ木の下に立って待っている。
相変わらず寒いし、よく待っていられるなって思えるくらいなのに待っていてくれるのが、私への好意の証明のような気もするけど――正直、よくわからない。
篠崎はあまりにいつも通りだから。
「お待たせー」
私が小走りに近寄ると篠崎は大抵笑顔になる。
「なあなあ、浅本」
今日の笑顔は今までの中でもピカイチ。不思議に思って首を傾げると、篠崎はますます笑みを深めて続けた。
「今日、ちょっと寄り道いいか?」
「Milk Cafe?」
その笑顔が私を喫茶店に誘う時のそれに見えたから尋ねてみると、篠崎は虚をつかれたような顔になって首を横に振る。
「そっちでもいいけど、別のとこ」
「別の所?」
ふっとあの時の言葉を思い出した。
篠崎が学校近くのMilk Cafeに私を誘う理由は口実だったらしい。一人で学校近くの喫茶店でデザート食べるのはさすがに抵抗があるから付き合って欲しいって。
甘いモノへの期待に膨らんだ笑顔で別の所に誘うというのは……それは、ええっと。
実はあの笑顔は、私への好意の表れだった――とか、ですか?
思わず心の中で丁寧に問いかけても、当然篠崎は答えをくれない。ふと胸の中に生まれた疑問で体中が熱くなった。
寒いのに、なんだか熱い。緊張するんだけど緊張するんだけど緊張するんだけど!
「そう。浅本、中華まんは好きか?」
顔が赤い気がしてまともに篠崎を見れないのに、彼の様子はいつもと変わらない。
「……えーと、肉まん?」
「それ系統」
冷えた空気の助けを借りて私が何とか平静を取り戻して聞き返すと、返った答えは微妙なもの。
「系統って、あんまんとか?」
喜び勇んであんまんにかぶりつく篠崎が頭に浮かんで、再び問いかける。
「あんまんって、粒あんとこしあんの二種類あるよね。篠崎はどっちが好き?」
「いや、あんまんってわけでなく――いや、あんまんならどっちも嫌いじゃないけどさ。こう、なんてーの? 浅本はああいう皮に包まれた系のあれは好きかなと思って」
「好きだよ」
この間は志半ばで篠崎がケーキを渡してきたけど、コンビニで肉まんを買って暖まればいいと思ったくらいだし。
それを説明するのはつい数日前のあれを蒸し返すことになるから単純に私はうなずく。ならよかったと篠崎はほっとしたように呟いた。
「なにか気になるのがあるの?」
「そう」
篠崎は迷いのない足取りで歩みを続ける。
「ちょっといい情報を手に入れたんで、行ってみたいと思ってさ」
「いい情報、ねえ」
浮かれた様子の篠崎が大上段に情報なんて口にするのが面白い。
いい中華まんの情報って。それはどんなのだーって思うし、そんなのでわくわくしているなんて子供みたい。
あ、悪い意味じゃなくって、可愛いなってさ。
篠崎が浮かれる中華まんのいい情報はなんだろう。肉まんではないようだし、あんまんでもないみたい。コンビニに色々おもしろまんがあるのは知ってるけど、そういうのかなあ。
「――甘いやつなの?」
「浅本にしてはいい判断だな」
「してはは余計なんだけど」
篠崎は私の文句を笑って受け流す。駄目だ、全然効いてないよ。
「なんだと思う?」
どういえば分かってもらえるように言えるのか考えているのを止めるように篠崎が聞いてくる。なんだと思うって言われても、甘いにも色々あるからわからない。
ホント、手を変え品を変え色々中華まんは出てるんだもんさ。期間限定なんてあおり文句に思わず手を伸ばしたくなったのは一度や二度じゃなかった。
「なにかなあ」
でも、残念ながらその一つ一つをいちいち覚えていられるほど私の記憶力はよろしくない。甘い中華まんを思い浮かべようとすればするほど、肉汁たっぷりの肉まんしか想像できなくなった。
篠崎は簡単に種を明かそうとせずに首をひねる私を笑って見ている。そんな感じで歩いていると、すぐに商店街に突き当たった。
どうやら目的地は商店街の中らしく、だけど正確な場所を知らないのか彼は左右に広がる商店街を確認する。よしとうなずいて動いたのは右へ。
最終目的地は、中華料理屋の目の前だった。貸店舗の看板の目立つ寂れかけた商店街の中にある中華料理屋だからか見た感じが古い。
そんな店の前のテーブルの上にコンビニの中にもよく置いてある中華まん入れっぽい四角いガラスの箱と、蒸し器が置いてある。
不用心なことにそこには誰もいない。中華まんの種類だとか、料金だとかも全く書いていないから商売をする気があるかどうかも分からないくらいなのに、ガラスの箱の中にはたっぷりと中華まんが収まっていた。
季節柄、よく売れるのかなあやっぱり。
近付いてじっと見てみても、白い皮の中に包まれた中身は一見して分からない。何が入ってるんだろうと考えた直後にロシアンまんなんて言葉を思いついて慌てて首を振った。
中に何が入っているか分からないロシアンまん――想像するだけならいいけど、食べるのはご遠慮したい。
店員さんには分かるようになってるか、それとも篠崎が食べてみたいと思えた何かだけが一杯つまってるってことだと考えた方が幸せだ。
「ねえ」
それでも不安が消えなくて篠崎に呼びかけたのに、彼はと言えば期待に胸を膨らませた様子でためらいなく店の扉を開けて声をかけているところで気付いてもらえなかった。
すぐに店の人が出てきて、私は下手に問いかけることも出来なくなる。ウチのお父さんと同じくらいのおじさんだから、店主さんなのかも。
「いくつにする?」
種類を聞かないのは、一種類だからなのかロシアンまんだからなのか。思い返すと篠崎の言い方はいかにも微妙だった。
「二つ」
緊張する私に気付かず、篠崎は平然と答えている。
「二百四十円」
愛想のないおじさんが平坦な声で告げる。篠崎がポケットに手を伸ばした。私も慌てて財布を出す。
「付き合わせちゃったんだから出すよ」
「いやいや、そういうわけにも」
あんまり実感はないんだけど、篠崎がある意味下心アリ――いや、深い意味じゃない、ないよ? ないったらね――なんだと知ったからにはさすがにやったなんていってごちそうになるわけにはいかない。
私が百二十円を差し出すと、仕方なさそうに篠崎は受け取って、まとめておじさんにお金を払う。
「どーも」
受け取ったおじさんはガラス箱を開けて手早く二つ味の知れない中華まんを取り出し、それぞれの手に手渡してくれた。
「来週は芋きんとんだから」
それを捨て台詞のようにして、おじさんはさっと店内に戻っていく。愛想もない上に意味不明。
ほっこりあたたかい中華まんを私は呆然と見下ろした。えーと、今の言葉が来週は芋きんとんまんって意味なんだとしたら、今週のこれはなに?
「――篠崎」
試しに割ってみればすぐに分かるんだろうけど、なんとなく勇気が出なかった。中華まんから篠崎に視線を移すと、彼は既に中華まんにかぶりついている。
「ん?」
私の呼びかけに慌てたように篠崎は中華まんを咀嚼して飲み込んだ。
「なに?」
「えーと」
篠崎の手の内を見れば、聞くまでもなく何まんなのか想像できた。茶色いクリームは、多分チョコクリームだと思う。
「チョコまん?」
せっかく慌てて食べてくれたんだからなんでもないと言うことは出来なくて口にする。と、篠崎はにやっと笑って首を振った。
「正確にはチョコバナナまん」
「はあ」
「チョコとバナナに勝る組み合わせはなかなかないと思うんだ俺」
「好きだねえ、篠崎」
にやりと笑って楽しそうに口にするから、私は思わず苦笑する。篠崎は甘いモノが好きで、その中でもとりわけチョコとバナナが好きらしい。
最初のチョコパフェの時もなにやら語ってたし、この間の手作りケーキの組み合わせも好きだから選んだんだろう。で、今もわざわざチョコバナナまんを狙ってきたわけだ。
「だってさ、この組み合わせを考えたヤツは天才だと思わないか?」
彼が変に真顔になるから余計おかしかった。高二の男の子がチョコとバナナの組み合わせを考えたヤツが天才って、すんごく子供っぽくない?
子供っぽいけど可愛いなんて言ったら怒られそうだから思わず開けた口を誤魔化すために私は中華まんにぱくついた。口にした瞬間にチョコとバナナの味が口いっぱいに広がる――まあ、おいしいけど。ちょっと甘ったるい気はするなあ。篠崎の甘いモノ好きは、どうやらこんな甘さをものともしないらしい。それか、チョコとバナナへの愛情で気にならないのかな。
「それを中華まんに押し込めたセンスもなかなかだよね」
「この皮には何でも合うと思うけど」
「あー、それもそうか――てことは、芋きんとんも期待できるのかな」
篠崎の呟きに私はうなずく。
「――浅本、来週も食べに来ないか?」
「え、来週も?」
私は思わず問い返した。甘ったるいチョコバナナまんを見下ろして、顔を上げたら篠崎が残念そうな顔をしているもんだから思わず「いいけど」と続ける。
温かいチョコとバナナはちょっと微妙なところがあるけど、芋きんとんなら温かくても平気だろうしね。
「やった」
途端に彼はガッツポーズ。子供みたいな無邪気な笑顔を浮かべるから心がほくほくした。
「好きだねえ、篠崎。ここなら一人で来ても平気だろうに」
でも、思わず口にするとその笑顔が瞬時に消えた。
篠崎は何度か口を開いて、閉じて。それから溜息を漏らして頭を振った。
「なあ――俺この間はっきり浅本と一緒に行動したいってこれでもかって言ったはずなんだけど? そりゃ好きそうなモノを食べたいから誘ったってのも間違いないけど」
何でわかんないかなあと続ける篠崎は不満げ。
「長期戦なのは、じゅーぶん、覚悟してるから。ほんの少しでいいから、言葉に気をつけてもらえるとありがたい、な」
「気、気をつけて、って……」
「ここなら確かに一人で来れるけど、浅本と来たいんだ俺は。いいか、一緒にだぞ?」
「そうなの?」
「そうなんだよ。それで納得しろ。だからとりあえずは一人でとかそーゆーことは言ってくれるな、な?」
あまりに真剣に言われたから、私はこくこくとうなずく。
「できるだけよろしく」
「わかった。頑張る」
何をどう頑張るのか自分でも意味不明だけどそううなずいて、私はチョコバナナまんの残りをかじりつつ、歩き始めた篠崎の横に並んだ。
2008.03.07 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
感想がありましたらご利用下さい。