IndexNovelチョコとバナナの黄金律

チョコとバナナの黄金律 4

 チョコケーキをもらって半月少しでわかったのは、篠崎が本気で私に好意を持っているということだ。
 何度も何度も、繰り返しそんなことを言われたらもう疑うわけにはいかない。どうして篠崎が私に好意を持ったのか、それが不思議だけど。
 長期戦を覚悟しているともはっきり言われたけど、いつまでもずるずると引きずっていくのはよくない――と、思う。
 だって。
 篠崎は陸上部のホープで成績優秀で、なかなかかっこよくてそこそこおもてになる人なわけですよ。そんな人とくっつくんだかくっつかないんだか分からない状態のまんま長くいたら――ねえ。ちょっと女の嫉妬とか怖いし。ウチの校風で校舎裏にお呼び出しーとかはないと思うんだけどさ。
 篠崎とは相変わらず、一緒に下校している。
 特に劇的な何かはないけども、前よりも彼の発言内容が、ええと――濃くなった、気がする。どう濃いかというと、一歩間違えば砂を吐くんじゃないかという感じのきわどい発言が増えた感じ。
 週明け早々に先週に行った中華屋で予定通りに芋きんとんまんを買って食べた時も、篠崎がわざわざ強調するように「浅本と一緒に食べたかったんだ」ときっぱり言い放つもんだからもうどうしようかと思って、どうも出来ずにとにかく中華まんにかぶりついて「おいしいねこれ」と言うのがせいぜい。
 相変わらずと言ったけど、篠崎の言葉に私が内心びくびくしている時点で少し変わったのかもしれないなあ。
 そんな感じで毎日好意のアピールが続くから、やっぱり結論は早く出さないとって思う。
 どう結論づけるか――それが最近私が頭を悩ませていることだった。



 どうしたのと井下が私に声をかけてきたのは、休憩時間に空を見ていた時だ。
 三学期初めの席替えで手に入れた窓際の席は、外の景色がよく見える。といっても近くに校庭、遠くにはごく普通の町並みくらいだけど。
 三学期の窓際は夏のように熱くないのはいいんだけど、初っぱなは窓から忍び込む冷気で寒かった。だけどもさすがに三月に入ってからはまあまあ日中は暖かく快適。
 思い悩みながら日差しに和んで空を見上げたら雲がソフトクリームに見えてしまい、そこから篠崎を思い出してしまってつい頭を抱えたタイミングの声かけ。私は慌てて顔を上げた。
「テストの結果でも悪かった?」
「え、いや……良くもなかったけど悪くもない、よ?」
 予想外の言葉にしどろもどろで答えると、彼女は気のせいかしらと首を傾げる。
「ここのところ悩んでるようだったから、テストが原因かと思ってたんだけど」
「失礼な! 一応平均点は確保してるし!」
「暗い顔で空を見ているから、今回は何か悪かったのかなって思って――だったら、どうしたの?」
 心配そうに聞いてくる彼女に、まさか本当のことは言えない。だって、だってよ。
 篠崎に――あの、陸上部のホープな篠崎に、付き合って欲しいなんて言われているんだなんて言えないでしょ!
 私自身がいまいち信じ切れていないのに、そうそう人に話せない。別に可愛くもなく、篠崎のように成績優秀じゃない私は彼と全然釣り合ってないし、下手に話すと笑われそうな気がする。
 クラスが一緒になったこともなくて、唯一の接点は部活が一緒だってことくらいで、それも基本は男子と女子に分かれての活動なのに……ホント、篠崎は何で私と付き合いたいと思ったんだか、謎だわ。
「浅本さん?」
 不思議そうに目を瞬かせながら井下が首を傾げる。パタパタと目の前で振られる手に我に返って、私は思考の海から浮上した。
「あー、えーと、えーとねえ」
「なんだか困ってるようだけど」
 大丈夫と、心配そうに繰り返す声に私は思い直す。
 彼女とは二年になってから出席番号が近かった縁での付き合いだけど、結構仲良くしている。ちょっと取っつきにくい所があるけど――例えば、一年近い付き合いなのに未だにさん付けなところとかでたまーに距離を感じたりする――話すと悪い人じゃないってわかる。真面目で融通が利かないところがあるけど、その分信頼できるし。
 篠崎のことを話しても、絶対に吹聴して回る子じゃない。気付いたら、決断は早かった。
「ちょっと相談があるんだけど、いい?」
「え?」
 私が勢いづいて身を乗り出すと彼女は驚いたように瞬きをした。
「相談? 私にいいアドバイスが出来るとは思えないけどいいの?」
 私はこくこくうなずいた。
 友達に相談する――考えもしなかったことだけど、思いついてみると妙案だよね。一人でうんうん唸ってても堂々巡りだし、人に話して気付いたことを指摘してもらうのは悪くないと思う。井下なら冷静にそうしてくれる気がする。
「ずーっと考えてたんだけど、一人じゃ同じ所をぐるぐる回るだけでさ。人に話したらちょっとはすっきりすると思うし」
「本当にいいの? 聞くだけしかできない気がするけど」
 生真面目な彼女の問いかけにそれでもいいと私はうなずく。
「もう授業始まるから、今日お昼ご飯を食べた後くらいでいい?」
「いいわよ」
「わー、助かる! 持つべきものは友達だよね! よろしくー!」
 勢いのままに私は彼女の手を握りしめてぶんぶん振った。やりすぎたかなと思ったのは近くのクラスメイトの視線がこっちに向けられて、井下が慌てて手を引いてからだ。
「もう、大げさなんだから」
「ごめん、うれしさのあまり勢いで」
 彼女に話して解決するかどうかは分からないけど、抱え込むより気は楽になるよね。私は自然と笑顔になるのを感じながら井下に謝った。



 というわけで。お昼ご飯を食べた私は井下をさらうようにして校庭に出た。目指したのは掲揚台で、そこを選んだのは近くに誰もいないから、だ。校舎内で人目を避けても、人の耳が怖いもんさ。校庭なら誰かが近付いたらすぐ分かるから心配ない。
「私が聞いて、本当にいいの?」
 人目がないのを確認する私の後ろで井下が戸惑い気味に声をかけてくる。
「いいの」
 私は力強くうなずいた。心配して何度も確認してくれる彼女は、思った通り人に吹聴して回りそうにないし。
「あのね」
 時々強い風が吹くけど、日差しが暖かいから過ごしやすい。舞い上がる髪を手で押さえながら私は話を切り出す。
「ちょっと前に、篠崎に告白っぽいことされてね」
「しのざき?」
 どこから話そうかと思いながらとりあえず結論を先に言ってみると、井下はきょとんとした顔になった。
「えっと、篠崎だけど……」
「クラスには、いない、わよね?」
 眉間にしわを寄せる井下が本気で分かっていないようだから私は驚いた。
「えっと――ほら。一組の篠崎、知らない?」
「ええ」
 彼女が迷いなくうなずくから、私の驚きは大きくなるばかりだ。
「文化祭で、ミスターアンドミス聖華にノミネートされた篠崎だよ?」
 井下は記憶を辿るように目を閉じて首をひねる。どうやら本気で分からないようだった。
「それって生徒会主催のミスコンみたいなやつだったかしら」
「そうそう」
 文化祭の前にあらかじめクラスで男女一人ずつ選出して、一日目に学年ごとに男女二人ずつそれぞれ選んで、二日目に学年代表の中からベストオブ聖華を選ぶイベント。
 生徒会が率先してそんなことを企画して、許容されちゃうのがウチの学校だ。
「篠崎って人は、それに出たの?」
「本人は嫌々だったけど、二日めまで残ってた」
 最初はクラス代表が選ばれるって時点で本当に全校的に公平かはわからないけど、それにしたって学年で二位以内に入る篠崎はすごい。さすがに学校一にはなれなかったんだけども。
 一日目の選出が終わった時点で勝ち残ったメンバーの顔写真はは、次の朝には学校のあちこちに貼られたポスターに並べられて載ってたし、あれだけ貼られてたら顔と名前くらい覚えていても良さそうだけど。
「記憶にないわ。文化祭の時は部活が忙しくて」
 申し訳なさそうに井下が言うので、私は慌てて頭を振った。学年でも有名な篠崎なのに知らないとは――すごく驚いたけど、よく考えてみたらそれも不思議じゃない。
 テレビでよく見る有名人にだって疎いのが井下だった。だから学年の有名人に疎くてもしょうがない。いつも同じ階で生活しててもクラスが違って面識がなければ、記憶に残らないのも当たり前だ。
「その篠崎って人は、去年一緒のクラスだったの?」
「ううん、部活が一緒で。ウチの部のホープでさ。引退した部長にはちょっと負けてたけど、かなり早いの。引退までには元部長を追い越すんじゃないかな」
「へえ、そうなんだ」
 緩やかな相づち。それでどうしたのなんてがっついて恋バナを聞きたがらない辺り、やっぱり私の選択は間違ってなかった。
「去年の秋頃から部活帰りに時々――その、一緒に帰ったりとかするようになったんだけど」
「うん」
 午後の授業までの残り時間を気にしながら、私はこれまでにあったあれこれを説明する。井下は時々相づちを打ちながら最後まで聞いてくれた。
「それで、向こうがいいと言ってるとしても、いつまでも引きずるのは悪いから、どうしようかと思って」
「そうなんだ」
「迷ってるんだ」
 誰にも言えなかったことを聞いてもらえて、ほんの少しすっきりする。どうしたらいいとアドバイスを求めたかったけど、聞くだけしかできないと言った井下には聞けなかった。
 彼女の恋バナなんて聞いたことないから、彼氏もいないと思うし。冷静な指摘を期待してたけど、経験がないのにアドバイスなんてできない……よねえ。
 お互い何も言えなくてしばらく落ちた沈黙を、先に破ったのは井下だ。校舎にかけられている時計で時間を確認して、「そろそろ戻ろうか」って。予鈴まで時間はあるけど、私は素直にうなずいた。
「私で役に立てるような話なら良かったんだけど」
「ううん、聞いてくれただけで気が楽になったから、助かった」
 どこか困ったように言う彼女に頭を振って答える。
 帰る足取りが鈍ってしまうのは、結局迷いが晴れそうにはないから。
「どうしたらいいかなあ」
「浅本さん、私思ったんだけど」
 途中で独り言のつもりでささやいたつもりだったのに、隣の井下はその声に反応する。
「へ?」
「的はずれだったら申し訳ないけど」
 間抜けな声を上げる私に構わず、彼女は丁寧に前置きをした。
「貴方はその人が嫌いじゃないのよね?」
「もちろんよ。いいヤツだもん」
 篠崎が嫌いだったらそもそもこんなに迷ってない。内心びくびくしながら一緒に帰ったりせずに、きっぱりお断りをしているはずだ。
 そんな経験がないから、実際そうなった時もどうしようってうろたえるかもしれないけど、きっと。
「困るくらいの好意を向けられたら、嫌になりそうだと思うんだけど」
「うーん。困ってるけど、好かれるのはうれしいかなあ。苦手な人に好かれても嫌だけど、篠崎は嫌いじゃないし」
 一番最初に誤解しそうになったのは――や、実は誤解じゃなかったらしいんだけど――、やっぱり篠崎が嫌いじゃないからだ。
 うん、たぶんそう。
「それは、好きってことじゃないの?」
 井下の声は自信がなさそうに響く。
「――好きか嫌いかって言われたら、好きに分類するけど」
 相づちを打ちながら彼女は迷うように視線を空に向ける。
「何を言っても無責任なことを言っちゃいそうで悪いけど、感じたことを言っていい?」
「いい、って――何か気付いたことがあったら教えて欲しいよ、参考までに!」
 あまりにも真顔でこっちに視線を戻してくるからドキリとしたけど、私は慌てて声を張り上げた。
「そうね、参考にするくらいがちょうどいいかな。私はその人を知らないし、こういう話には疎いから」
 本当にいいか聞いてくる井下の言葉に被って予鈴が鳴る。私は慌ててうなずいた。
「いい、いいよ。一人じゃ行き詰まってたし、何か気付いたら言ってくれそうだったから相談したんだから、どんどん言って」
「どんどんは言えないけど。浅本さんが悩んでいる時点で答えははっきりしてるんじゃないかしら」
「え、なんで?」
 井下の言うはっきりした答えが、私には分からない。反射的に問い返すと彼女は軽く首を傾げて、答えを探す様子を見せる。
「うーん、上手く言えないんだけど……前に心理テストをしたことあったよね」
「あー、なんかあったかも。結果はよく覚えてないけど、その結果に何か出てた?」
「私も自分の結果を覚えてないくらいだから、人のなんて覚えてないけど」
「そ……そうだよねえ。でも何で心理テスト?」
 悠長に話をしている暇はないのに、遠回りをしている気分。井下はそれだけじゃないけどねと呟いた。
「これでもかってくらい設問があったの、記憶にある?」
 慌てて思い出そうとしてもあんまり記憶に残ってない。
「どうだっけ。みんなで答えをルーズリーフに書いたよね」
「そうそう。浅本さん、苦手な分野の設問は適当にえいって書いてたのよね。そのくせ、好きな分野のはどれも選べないって言いながら真剣に唸ってたから私には印象的だったな」
「そうだったっけ?」
「そう。どうでもいいと思ってるんだったら、浅本さんならすぐに答えを出しているんじゃないかしら。そうじゃないから迷ってるんじゃない? 好きだから」
 そうじゃないなら――どうでもよくないから迷ってる、って、それは当たってた。恐ろしいくらいにピタリと真実を突かれた。
 でも、でもよ。その理由が好きだからって。
 今まで自信がなさそうだった井下がいきなり断定口調だったのでびっくりする。
「心理テストの答え方で心理って読めるもの?」
「心理学を勉強している人なら読めるかもしれないけど、私はそうじゃないから的はずれかもね。好きなものの中で迷うんだから、選びきれないところは今の状況と一緒でしょう」
「そうなのかな?」
「そう思うわ。浅本さんがその人を嫌いじゃないなら、その気持ちが友情なのか恋なのか愛なのか迷ってるんでしょ?」
「あ、愛は選択肢に入ってないんだけど!」
 私がさんざん迷っていたことは整理されたけど、結局綺麗にスタート地点に戻されてしまった。
 今までの友情を守るか、未知なる恋に船出してみるか――出すべき結論は二択、か。
「浅本さんが思うとおり、早いうちに返事をした方がいいと私も思うわ」
「うん。ホワイトデーにはちゃんとしようと思うんだ」
「タイミングとしてはいいかしら。返事が長引けば長引くほど期待は膨らむからね。いい返事ならともかく断るなら早めにしないと、彼の中で選択肢が増えるといけないから」
「どういうこと?」
 もうすぐ本鈴が鳴ってしまう頃なのに、気になった私は思わず井下の前に出て足を止めた。
「次の休憩時間にしない?」
 井下も足を止める。私は頭を振った。
「教室は目の前だから、鳴って飛び込んだらすぐだよ」
「もう時間がないから手短に言うけど」
 時計を確認した井下は溜息混じりだった。
「あんまり長いこと待たせたあげく断ったら、彼としては浅本さんの前に居づらいんじゃないかしら」
「居づらい、って」
「だって――あ」
 本鈴が間延びした音を奏で始めて、説明をしかけた井下は短くごめんねと呟いて教室に駆け込んだ。真面目な彼女だから仕方ないことだけど、見捨てられた気分で呆然と見送ってしまう。
 説明なんて必要はなかったから、いいと言えばいいんだけど。ガツンと頭を殴られたような衝撃に襲われたような心地だったから、愕然と立ちすくむしかない。
 告白した篠崎が、その告白を断られたら。いくら私がこれまで通りを望んでも篠崎はそうじゃなくなるかもしれない。
 オブラートで包んだようにやんわりと井下は言ってくれたけど、気付いた。
 選択肢は友情と恋の二つじゃない。一緒にいるか、いないか――その二択。彼女は本当はそう言いたかったに違いない。
 前提条件がひっくり返されて、ぐるりと世界が変わった気分。衝撃が抜け切らなくてぼんやり立っていた私は教師にせかされて教室に駆け込んで席に着く。始まった授業には全然集中できなかった。
 結論は早く出さないといけないってずっと迷ってた。でも、今は迷いなんて忘れてしまいたかった。



 なぜならば、結論を出したくないと思ったから。
 それは、つまり、その……冷静に私の話を聞いて、迷いつつもアドバイスをしてくれた井下が途中断言した言葉が、的はずれでなかったってことだと思う――たぶん、だけど。

2008.03.14 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

←BACK INDEX NEXT→

感想がありましたらご利用下さい。

お名前:   ※ 簡易感想のみの送信も可能です。
簡易感想: おもしろい
まあまあ
いまいち
つまらない
よくわからない
好みだった
好みじゃない
件名:
コメント:
   ご送信ありがとうございますv

 IndexNovelチョコとバナナの黄金律
Copyright 2001-2009 空想家の世界. 弥月未知夜  All rights reserved. Never reproduce or republicate without written permission.