IndexNovelチョコとバナナの黄金律

チョコとバナナの黄金律 6

 そして、ホワイトデー。
 二日前から少しずつ準備したお返しを手に、私は登校した。
 用意したのは手作りのロールケーキ。散々悩んだ末に決めて作ったものだ。甘いモノ好きな篠崎には甘いモノで返すべきだと思ったし、手作りをもらったんだから手作りで返すべきだと思って、お母さんにもアドバイスをもらいながらチョコチップ入りバナナロールケーキみたいなものを作った。
 お菓子は気が向いた時しかしたことがなかったけどそれなりのものができたし、篠崎の好きなポイントは押さえてあるし、味見した感じは大丈夫だと思う。
 それでもドキドキするのは――あれだけ甘いモノを熱く語る篠崎の批評がやっぱり怖いからかな。
 カバンの中に入れた保冷バック入りのロールケーキをつぶさないように一日過ごし、いつも通り部活後に待ち合わせて普段のように校門に向かう篠崎を止めて、私は人目のつかないところに彼を誘導した。
「今日、ホワイトデーだから、この間のお返ししようと思って」
 そう言ったら、篠崎は大げさに目を見開いた。
「浅本が覚えてるとは思わなかった」
「失礼だなー。大体、バレンタインのお返しを男子達がしてくれた時点で忘れてたって気付くよ」
 陸上部女子有志のチョコのお返しを、篠崎は忘れずにやっていたんだからそれは間違いない。
 失礼なことを言う篠崎を軽く睨みつつ、半面私は恐る恐る保冷バックを取り出す。さらにその中から色気も素っ気も可愛げもないラップに包んだロールケーキを取り出すと、篠崎の目の色が変わったのが分かった。
「うわ、それは――手作り、か?」
「うん」
「浅本の?」
「うん、まあ。私的にはおいしくできたと思ってる」
 ごくりと篠崎の喉が鳴り、私は少し手を引いた。
「甘いモノマニアの篠崎が期待するほどじゃないかもしれないからね?」
「いやいやいや」
「期待しないでよ?」
 篠崎は大げさに頭を振って私の言葉を否定するから、差し出すのが怖くなる。
「浅本が、俺のために作ってくれた事実が味よりも重要だ」
「それはそれで何か違う気が」
「料理は愛情って言うだろ? 愛情がスパイスというか、ええと――まあとにかく食べたい」
 誤魔化されている気がしたけど、せっかく作ってきたんだから食べてもらわなきゃしょうがない。私が渋々ラップをはがしている間に篠崎は近くに手を洗いに行って、戻ってきた。
「ずいぶんたくさん作ったんだな」
「篠崎ならこれくらい軽いでしょ?」
 できたての彼氏に渡すなんて正直にお母さんに言えなくて、バレンタインの友チョコのお返しって作ったからたくさんだなんて本当のことは言えなくて、誤魔化しながらケーキを差し出す。
「いただきまーす」
 にこやかにケーキをつまんだ篠崎は豪快にかぶりついた。
「ん!」
「ど……どう?」
「うん、うまい」
 味見をしてたから大丈夫だとは思っていたけど心配でもあったから、うれしそうに篠崎が言ってくれて安心した。
「もう一つ、いい?」
「全部いいよ」
「マジで?」
 彼はもう一つ手に取ると、最初よりは慎重にケーキにぱくつく。
「クリームにチーズが混ざってる?」
「そう。クリームチーズに生クリーム混ぜたのと、普通に泡立てた生クリームで、ダブルクリームっていうの? そんな感じ」
「おもしろいな。生地にチョコと――クリームの間にココアも入ってるか?」
「うん。よくわかるね」
 もちろんと篠崎はうなずきながら二つめをお腹に入れて、三つめをつまむ。気に入ってもらえたと思うとうれしくなる。
「ワインじゃないけどソムリエみたいだね、篠崎。お菓子のソムリエでも目指したら?」
「フードソムリエってヤツか? そんなので身を立てるのは難しいんじゃないかなー」
 ふと思いついて言ったことにまともな返答があったことに驚いていると、篠崎は手に付いたクリームをなめてハンカチで拭いてから真顔になる。
「それに、さ」
 声を潜めて、篠崎が私の耳に口を寄せる。
「俺どっちかっていうと、パティシエになりたい」
 耳をくすぐる内緒話に驚きながら私は離れていく篠崎の顔を見つめた。
 篠崎が?
 成績優秀でかっこよくて陸上部のホープで他に何にだってなれそうな篠崎が?
 馬鹿みたいに心の中で繰り返したけど、すぐにそれは落ち着いた。
「篠崎らしいかもね、それ」
 真顔だった篠崎は唇をくいっと持ち上げて「だろ?」と笑う。そして次の瞬間にがばっと私に抱きついてきた。
「だから俺、浅本が好きだ」
「はっ、何が? 何で? というかケーキがつぶれる!」
 あまりのことに声を張り上げる私に対して篠崎は冷静で、ちょっと離れて「それは大変だ」ってラップごとロールケーキを私の手からさらって脇に置いた後にもう一度がばり。
「なななな、なんでこんなことすんのー?」
「それまで言わなきゃわからないか?」
「いや、だって。だってさ……」
 口ごもる私の頭を篠崎はぽんと叩いて、それから離れる。
「まあ仕方ないよなー。浅本だし。これからも気長に行くから、よろしくな?」
 やっぱり何となく篠崎が失礼なことを言うけど、私の作ったロールケーキの残りををうれしそうな顔で「これは晩ご飯後のデザートに」なんてしまうのを見ると帳消しにしてあげようって気になる。
「そーだね。応援してあげるから、篠崎がプロになったら色々作ってよ」
 私が言うと篠崎はにっこりした。
「修行中だって味見してもらうのは大歓迎だ」
 このお付き合いってヤツがこれからどうなるか分からないけど、こんな風に一緒に過ごしていたらあっという間にパティシエになった篠崎を見ることが出来そうだ。
「わー、やった」
 私は大げさに手を叩いて目の前で笑う篠崎の頭に想像で白い帽子を被せてみる。元がいいからとても似合う気がして、楽しみになった。





 篠崎が念願のパティシエのたまごになり、私が想像した以上に似合うパティシエ姿を目にしたのは彼が高校卒業後に製菓学校に入学し卒業してからのことになる。

−END−
2008.03.26 up
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

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